さっきまでグズグズ俺を突き刺していた痛みが、突然ぎこちなく空に浮いた。 赤い色をした俺のカケラが、胸からどんどん流れていって、 俺は急に空っぽになったんだ。
自分の心臓の音もしないし、身体の重みも感じない。 なのに網膜が受け取る世界は、かつて見た何よりもずっと綺麗。
まさか今まで、嘘っぱちの世界にいたのかしら。 いいえ、信じるもんですか、
そんなこと。しっかりした土台に立って、初めて俺はベジータになるんだから。



「・・・・・っ」
無様に地面に寝転がったまま、姿勢を変えることもできなかった。 無力さを自覚する元気もない。 浮きながら落ちていくような、何とも言えないむず痒さ。
ああ今までここには何度も立ったわ。
振り返れば暗い奈落の底、目の前にはぼやけた地平線。 どちらにせよ安寧からは程遠い。



恐怖?まさかそんなもの、俺から生まれる筈がない。 未練?そんな醜い感情、俺が抱くと思う方が間違いだ。

ああだけど、
最後に見たい景色の一つや二つ、 あっても悪くはなかったかもね。


指先からスルスルと逃げていく、ついさっきまで俺だった何か。 周りに誰もいないことが、今じゃせめてもの救いだわ。
やかましいのは嫌いなの。
霞む、ふわりと浮き上がる。
濁る、ゆらゆら落ちていく。
うっとり夢を見るような。
瞼の向こうに新たな世界。
俺も星になれるかしら。
美しくも禍々しい赤。
時間がとおのいて。
ワタシはだぁれ。
「ベジータ!」
鼓膜が震えた。
聞き慣れているような、初めて耳にするような、焦りの滲んだ男の声。 笑えるほどクリアな世界、 一条の光が差して、とうとう天からのお迎えかしら。 ああ見たい景色の一つや二つ。

「大丈夫か!?・・間に合って良かった」
本当は俺が、腕を伸ばしたかったの。 輝くような頬に触れて、薄い唇を合わせたかった。 そのまま空気に溶けてしまいそう、綺麗な綺麗な俺だけの天使。 ああこんなときだもの、俺にだって見たい天使の一人や二人。
「ベジータ・・」
彼はゆるりと微笑んで、俺の名前を声に乗せた。 俺はぐったり弛緩して、全身が微笑みに浸かったみたい。 ねぇこれ以上の幸せなんていらないの。
戻ったところでくだらない日々、磨いた牙も擦り減るばかり。時間つぶしに興味は無いわ。 だから終幕の口づけを。
似合わないなんて言わないで。嘘にまみれた天使の引き金、請うても罪ではない でしょう。