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あの頃は、そのぬくもりも手を伸ばせばすぐそこにあるものだった。 ++ きみのぬくもり ++ あの「事件」で、兄さんが右手と左足を、そしてぼくが身体を失ってから4ヶ月がたった。 「アル、わりぃ。肩貸してくんない?」 「うん。もう家に戻る?」 兄さんは、あの過酷な機械鎧手術を乗り切って、今リハビリをしている。 「あぁ。やっぱまだ5分以上歩き続けるのはキツいな。」 「そりゃそうだよ。普通に生活できるようになるまで3年はかかるって言われてるのに、たったの4ヶ月でこれだけ歩けるようになって、ばっちゃんもウィンリィも驚いてる位だよ?」 そう言いながら兄さんの肩に腕を添えて、ぼくたちは家に向かって歩きだした。 兄さんの回復力と、辛いリハビリにも音を上げない精神力には、ぼくも本当に驚かされる。 それと同時にすごく心配になるけれど。 「いつも言ってるけど、無理はしちゃダメだからね。」 「無理なんかしてねぇ。心配すんなって。」 絶対に無理しているのに、兄さんはいつもそう言う。 「‥‥‥‥‥‥。」 「ほら!大丈夫だから!さぁて、昼飯食ったらまた外で歩行訓練だ。いっぱい食うぞー!」 黙っていたぼくに、そう言って笑って見せる。 だから余計に心配になるのに。 「今日はもう、やめといたら?」 「だぁから平気だってば!今日は天気も良いし、外にいた方が気分もいいからさ。」 やっぱり兄さんは笑っていて。 きっとぼくがいくら止めても聞かないんだろうな‥‥‥。 「そっか。じゃあぼくもつきあうよ。」 「うん、サンキュ。よっし!家にとうちゃーく!」 「ふふ。じゃあ、お昼ごはん用意するから。座って待ってて。」 「ああ。」 兄さんを椅子に座らせて、ぼくは兄さんの食事を用意するためにキッチンへと向かった。 ****************** 午後になって、再び兄さんはリハビリを始めた。 ぼくはいつものように、兄さんの傍につきながら、ふと空を見上げる。 本当に、良く晴れている。 兄さんに言われて、こうして空を見上げるまで気付かなかった‥‥。 あの日から暫くは、機械鎧手術で苦しんでいる兄さんのことで頭がいっぱいで、あんまり意識していなかったけれど。 ぼくは最近になって、自分の体が無い、ということを実感するようになった。 太陽の暖かさ。 吹き抜ける風の心地よさ。 雨上がりの空気のにおい。 そういった、生きている人がごく当たり前に感じるものを、ぼくは感じることができない。 まるで、夢を見ている時のように。 僕だけが外界からガラス越しで隔てられているかのように。 この世界に「いる」という実感がなくて。 でも、何よりも辛いのは、いくら兄さんに触れてもそのぬくもりを感じることができない、ということ。 いつでも傍にいるのに、目の前にいるのに、何度も触れ合っている筈なのに、兄さんのぬくもりを感じることができない。 このままいつか、あのぬくもりも思いだせなくなってしまうのだろうか‥‥‥。 「‥‥‥ル‥?アル!アルフォンス!」 兄さんが呼ぶ声に、ぼくは現実に引き戻された。 「な…何?兄さん。」 「いや、ぼーっとしてたから。」 いつもどおりの口調だけど、その顔には少し心配しているような表情を浮かべていて。 「あ、ごめん。ちょっと考え事、してたから‥‥。なんでもないよ。」 「そっか‥‥‥‥。」 慌ててそう取り繕ったぼくに、納得のいかない表情をしながらも、兄さんはそれ以上は何も訊かなかった。 「うん‥‥。えっと‥‥‥そろそろ休憩する?」 「そうだな。じゃあそこの木の影のところで座るか。」 「そうだね。肩貸そっか?」 「いや、いい。歩けるから。」 そう言葉を交わしてから、ぼくたちは2人でゆっくりと木の根元まで行き、腰を下ろした。 「ねぇ、兄さん。」 「なんだ?アル。‥‥って、うわ!」 ぼくは兄さんを呼ぶとほぼ同時に抱き上げ、ぼくの膝の上に、向かい合わせになるように座らせていた。 そして、そっと兄さんを抱きしめた。 「ど‥‥どうしたんだよ?アル‥‥‥。」 急に抱き上げられて、しかも抱きしめられたことに驚いたのか、兄さんは赤くなって慌てている。 だけど‥‥‥ 「なんとなく‥‥、兄さんにこうしたくなったから‥‥‥。」 「‥‥そっか‥‥‥‥‥。」 ぼくの不安を感じ取ったのか、兄さんはそう言って、ぼくの背中にそっと腕を回してくれた。 それでも、やっぱり兄さんのぬくもりを感じることはできなくて。 寂しい。 怖い。 温かい手で、もっとぼくに触れて。 生きているって、実感させて。 「兄さん‥‥。」 「なんだ?アル。」 「ん、なんでもない‥。」 いくら触れてもぬくもりは分からないけれど、ぼくが呼びかければ、こうして応えてくれる。 それが少し嬉しくて、ぼくは小さく笑った。 「アル。」 「なに?」 「なんでもない‥‥。」 兄さんもぼくを呼んで、ぼくが応えると嬉しそうに笑ってくれた。 「アル。アル‥‥。」 「兄さん。」 存在を確かめるように、お互いを呼び合う。 兄さんがぼくを呼んでくれる、そしてぼくの呼びかけに応えてくれる、その声が。ぼくの中にある寂しさや不安を、少しづつ、消してくれて。 心が、温かい。 抱きしめる手からは、やっぱり何も感じられないけれど。 それでもぼくは、今確かに兄さんのぬくもりを感じているんだと、そう、思った。 「大丈夫だよ。ぼくは、生きているから。」 そう口を突いて出た言葉に、兄さんも優しく微笑って頷いた。 「そう、だな。」 「うん。そうだよ。」 そう言って2人で微笑い合いながら、暫くの間、ぼくたちはそのまま抱きしめ合っていた。 あの頃は、そのぬくもりも手を伸ばせばすぐそこにあるものだった。 今は、どんなに触れ合っていても、それを肌で感じることはできないけれど。 それでも、心にぬくもりを分け合うことは、できるから… 大丈夫。ぼくは、生きている。 Fin. *********** このお話が鋼で一番書きたかったお話でした。 難産だったけど自分なりに精一杯頑張ったので、お気に入りな作品です。 「生きている」という台詞に思いを込めてます。 作成日:04年7月13日 サイトup日:05年10月11日 戻る |