コンビニに行くにも学校に行くにも通らなければならない道というものがあり、
それが例の桜の近くだった。
ちらと横目に桜を見て、人影がないことに少しばかり安堵する。
再び会う確率など少ないものだが、
夜中に桜を見に行くほど桜が好きで、
あまつさえ自分を桜の精と称するような奴なら居るかもしれない。
しかしこちらとしてはもう会いたくない。
頭のいかれた奴に付き合ってやる暇も余裕もねぇんだよ。
と心の中で思いながら通り過ぎたところで、
背後から声がかかった。
「あれ、あんたこの前の人だよなぁ?」
「……」
人生というものは思うようにいかないものだ。
ため息をつき、しかし振り向かずに無視を決め込んで足を進めた。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」
一度遠くなった声が再び近くなった。
堪えて無視し続け、歩くスピードも速め続ける。
どちらかといえば、もう全速力で走っていた。
「ま、待ってくれってば!」
がしっと肩を掴まれるが、
それでもあの長身を2、3メートル程引き摺ったところで、
残念ながらスタミナ切れとなり進めなくなった。
「離せよ」
息を荒くさせながら、政宗は漸く振り返った。
ポニーテールに着流し姿は変わっていない。
困ったような焦ったような表情を浮かべていたが、
政宗が振り返ったので男の表情は安堵のそれになった。
「何か、用か?」
まだ息切れしたまま政宗が無愛想に尋ねた。
勿論、
こっちはてめぇなんかに用はねぇんだよ、
と含ませておいた。
「せっかくまた逢えたのに、無視しないでくれよ」
全速力で走る政宗を追いかけてきたというのに、男の方は少しも息を切らしていない。
どんだけスタミナがあるんだ、この鈍感は。
と心の中で八つ当たりをした。
「俺は会いたいなんて思ってねぇんだよ。
他の奴を当たれ」
遠慮無くそう言い捨てると、男は困ったように頭を掻いた。
「んー、そうしてもいいんだけどね…」
男がじっと見つめてくるので、政宗は一歩後ずさった。
「……何だよ?」
「俺が見える奴ってのも珍しいから」
「……」
例のホラの続きか。
政宗は冷たい目で男を見る。
政宗は幽霊は信じるが、
八百万の神々云々などは信じていないのだ。
 男は政宗の冷たい視線に気にすることなく笑顔を返した。
「だからそんなあんたにプレゼント」
そう言って、右の手に持っていたらしいそれを政宗の目の前に差し出した。
「……何だよコレ」
「何って、桜だよ」
小さな枝の先に、小ぶりの桜がついていた。
花の数はそれほど多くはないが、
開ききったものから、まだ蕾のものまで様々にある。
「……」
仄かに香る匂いと淡い色合いに、政宗はしばし呆けたように見つめていたが、
再び我に返って言葉を言おうと口を開きかける。
が、その前に男が、桜を差し出していた手を動かして、枝を政宗の耳に引っ掛けた。
「ああ、よく似合ってる」
そう言って、ぽかんとしている政宗にまたにっこりと微笑みかけた。
「……」
その笑顔に些か怒りや毒気を抜かれ、
代わりに政宗は諦めたようにため息をついた。
「…変な奴だな、アンタ」
「そうかなぁ?」
「ああ」
真面目に首を傾げる男に意外な幼さを感じ、
それが何やら可笑しかった。
政宗が声を抑えて笑うと、
男もつられたようにまた微笑んだ。




 しばし二人で笑んでいたが、思い出したように男が言葉を放った。
「…あっ、と、いきなり呼び止めてゴメンよ。
あんたにまた逢えたのが嬉しくて、つい、ね」
「……」
よくもまあ、こんなに正直に自分の気持ちを吐けるものだ。
まあ、どこまで本当かは知らないが。
男は少し名残惜しそうに政宗を見つめた後、また口を開いた。
「…俺の名は慶次だ。
次また逢った時、あんたの名前を教えてくれると嬉しいな」
再び満面の笑顔を政宗に向け、
男はそう言って手をひらひらと振って、踵を返し、立ち去っていった。



「あ……」
流れるような自然な動きに見惚れていたことに気が付き、
政宗は気まずそうに舌打ちした。








 あの日見惚れてしまった時点で、
脳裏から離せなくなるのは必然だったのかもしれない。
「あ、久しぶり〜」
例の桜の木の下、変わらぬ着流しにポニーテール姿で、
やってきた政宗を見つけると、
慶次は以前のように手をひらひらと振った。
 ほぼ毎日近くを通るくせに、何故か慶次には暫く会えなかった。
そして久々に慶次の姿を見つけた時、
不覚にも嬉しいと思ってしまったのが何だか悔しかった。
「また逢えて嬉しいな、あんたは?」
憮然とした顔の政宗に、慶次は問いかける。
「……別に」
嬉しいのに相違ないが、素直に認めるのも癪なので、
政宗はそっぽを向いた。
「つれないなぁ」
口ではそう言いつつ、慶次は大して気分を害してはいないようだった。
「今日は花の機嫌が悪いから、花はプレゼントできないんだ」
前と変わらないホラ。
先日までは苛立ちを覚えたそれが今日はそれ程気にならないのは、
慣れたせいだろうか、
それとも逢えて嬉しいからだろうか。
だが後者なのはやっぱり気に食わない。
「別に、花なんか欲しくねぇよ」
言い捨てると、慶次は存外悲しそうな顔をする。
それに一瞬戸惑った後、政宗は居心地悪そうに顔をそらした。
「じゃ、代わりに他のプレゼント」
が、すぐに笑顔に戻り、慶次が突然そう言った。
「はぁ?」
政宗が不審そうに慶次の方を見る。
慶次は片目を閉じて、政宗に微笑みかけた。


 風が吹いた。




 それは一瞬のことに過ぎなかった。
たくさんの花びらがひらりと舞いながら、地に落ちる。
それだけなのだ。
それなのに、こんなにも心を揺り動かすのは何故だろう。
「…今日は花吹雪をプレゼント」
「……」
偶然だ。
たまたまタイミング良く風が吹いただけだ。
うっかり慶次のホラを信じそうになり、慌てて政宗は首を振った。
「なぁ、気に入ってくれた?」
「…偶然だろうが」
尋ねてくる慶次にそう言い捨てて、政宗は再びそっぽを向いた。
「あんたは素直じゃないねぇ」
くすくすと忍び笑いをするのが、何だか腹が立つ。
だがそれよりも何よりも、余裕が無くなっている自分に一番腹が立つ。
「…アンタじゃねぇ」
「え?」
嗚呼、でも駄目だ。
出逢った時期が悪かった。
「……政宗だ、伊達、政宗……」
素直に喜ばせてやるのは腹が立つのに、
もっと己のことを知って欲しいと、そう思う自分がいる。
きっと今はたぶん、人恋しい時期だ。
あの男と別れて、まだあまり経ってはいないから。
「政宗……良い名だな」
慶次はやんわりと微笑んだ後、不意に政宗を抱き締めた。
「な、てめっ…!」
暴れようとする政宗を、慶次は抱きすくめた。
「ゴメン、でも…あんたのこと、もっとたくさん知りたい」
耳元に声が響き、それが気持ちよくて、つい政宗は大人しくなる。
腕の力を緩め、政宗の瞳を覗き込みながら、
慶次が照れくさそうに、困ったように、しかし真面目な表情で呟いた。
「あんたに、惚れちゃった」




 風が吹いた。
花びらが以前のように政宗の頬を撫でる。
仄かに香るこの匂いは、
周りの桜だろうか、
それとも目の前のこのホラ吹きの男のものなのだろうか。

























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バサラ現代パラレルちょっと不可思議版?
みたいな感じのものです。
やっぱ慶次には桜が似合うなぁ。

そしていつも激しく季節無視でスミマセン;