「…ハルカ……」
胸の中のハルカにシュウは声をかける。
「何も言わないで。今はこのままでいさせて」
自分の立場は重々承知していた。
それでも、この瞬間がまだ終わらずにいてくれることだけをハルカは願う。
「わたし…貴方が……」
またですか。
「シュウってば!」
前回と同じく自分へのツッコミと同時に、しかし今度は他人の声がかかる。
その方向に顔を向けると、先程まで夢で抱き締めていた人物がこちらを見下ろしていた。
「待たせちゃったのは悪いけど、何回呼んでも気付かない程熟睡してるのはどうかと思うかも」
「…寝不足なんだ」
どこぞのバカップルのせいで。
そう心の中で続け、不機嫌気味の彼女に言い訳して、シュウは俯せていた机から身体を起こした。
「ま、いいわ。そろそろ帰りましょう」
そう呼びかけ、ハルカは学生鞄を持って、教室のドアの方に向かっていく。
スキップ気味の足取りが、彼女の長めの髪と制服のスカートを揺らした。
椅子から立ち上がりながら、シュウがハルカに声をかけた。
「ハルカくん、またで悪いんだけど、今日も寄りたいところがあるんだ…」
廊下に出かけていたハルカは、シュウの言葉に振り返る。
「…え、食料?」
食べるのが大好きな彼女は、実際彼女が食べるわけでもないというのに、期待の眼差しを向け、尋ねてきた。
苦笑しつつ、ハルカの問いにシュウは頷いた。
「プラス色々とね」
電球の替えとか、そういえば、ホウキがだいぶ傷んできていた。
ハルカに答えつつ、シュウは買う物リストを頭に思い浮かべていた。
買い物袋を腕に抱え、付き合ってくれたお礼にと奢ったクレープを嬉しそうに頬張るハルカを隣に、シュウは家路を歩いていく。
途中、小規模なゲームセンターに通りかかった。
俗に言う不良も一般人も、等しく楽しい一時を過ごせる、ということで、町で割と有名なゲームセンターだ。
というか、この町にはここしかゲームセンターがない。
ゲームセンターの入り口付近には、今大人気のUFOキャッチャーがある。
老若男女問わずワンコインで遊べるのが人気の秘密だ。
そのUFOキャッチャーの一台で、一心不乱に中の商品とバトルってる青年がいた。
「あ……」
気付いてしまったので、なるべく向こうに気付かれまいと思い、シュウは足早にそこを通り過ぎようとした。
しかし、
「あ、サトシさん!」
隣のハルカがサトシの姿を見つけ、UFOキャッチャーの方へと走り寄っていく。
関わり合いになりたくないのに…
と思いながらも、仕方無しにシュウもその後を追った。
「サトシさん、何してるんですか?」
ゲーム機に向かってすることと言ったら一つしか無いだろうに、わざわざサトシの背後からハルカは尋ねる。
背中がびくりと動いた後、あっ、という声と共に、UFOキャッチャーのアームがあらぬ方向に向かっていった。
「せ、せめて後三秒遅かったら…」
透明な壁に向かって、そう零した後、サトシはようやくハルカの方を振り返った。
「よっ、ハルカじゃん。元気にしてたか?」
「サトシさん…は、あまり元気じゃなさそうですね」
それはさっきのハルカの行動に原因の一端はあるのだが、当の本人は気付いていないのだから、サトシも敢えて言わなかった。
「ま、熱中しすぎてたオレにも、原因はあるということで」
「?」
首を傾げるハルカに、何でもない、と答え、次に横のシュウに声をかけた。
「おっ、シュウ。今日も荷物多いな、お前」
「そりゃ、住人の皆様が、酔っぱらって電球割ったりホウキ振り回したりしますからね」
おかげで、ポケモン荘での雑貨の寿命は、おそらく本来の半分も全うできていないだろう。
「管理費値上げも検討しているんですが、どう思います?」
「……あはは、まあ、それはあれだ、うん、気をつけないとな…」
前科のあるサトシは笑って誤魔化し、
突然そうだ、と言うと傍らの袋を探り出した。
「じゃ、頑張ってくれてる管理人さんに、プレゼント」
おそらく本日の収穫品であろうハムスターのぬいぐるみ(全長20センチ)を、シュウの抱える買い物袋の上にぽんと載せた。
「あ、可愛い〜」
ハルカが目を輝かせてハムスターを見つめる。
「ハルカにはこっちな」
サトシが今度は別のぬいぐるみを取り出し、ハルカの頭の上に載っけた。
バランスを崩して落ちてきたぬいぐるみを、慌ててクレープを持つ手とは反対の手で上手くキャッチし目を向けると、
黒ネコのぬいぐるみ(同じく全長20センチ)だった。
「わあっ、可愛い!」
きゃっきゃっと喜ぶハルカを、目を細めながら見つめつつ、サトシはシュウの方を向いた。
「似てるだろ?」
「…何がです?」
今度は何を言い出したかと、シュウはサトシに少々冷たい目を向けた。
「うん?ハムスターだよ」
当然、といった様子で言われ、それに嫌な予感を覚えた。
「…誰に?」
それでも聞いてしまうのは興味や好奇心というよりも、
例え聞かなくともこの青年は言うに決まっているから、
という諦めに似た思いからだった。
それに気付くはずもない本人は、含み笑いでシュウに告げる。
「だから、ハルカに」
「……そうか?」
彼の思考は理解できない。
理解するまでには果てしない道のりがありそうだし、まあそこまで理解したいとは思わない。
だって理解したら、彼の恋人のようになりそうだから!
「シュウ、よく考えてみろよ。よく食べるとことかさ、似てんじゃん」
「……まあ、確かに」
既にクレープを平らげた彼女は、楽しげに黒ネコのぬいぐるみに自分の髪を飾っていたリボンを外して首に結びつけている。
「リボンを初めてつけてあげた日が誕生日なんだって。よろしくね!」
満面の笑みでぬいぐるみにそう語りかけるハルカに暫くの間見惚れていたシュウだが、
「…いや、そうじゃなくて……」
サトシの発言よりもむしろ自分に対してに漸くツッコミを入れ、
シュウはハルカの微笑ましい姿から彼へと視線を移した。
が、サトシはそんなシュウに構わずハルカに声をかけていた。
「ハルカ、そのネコ可愛がってやれよ。お互いに縁結びになるからな!」
「うん!」
元気良く返事をしたハルカと、それを呆れた様子で見ていたシュウだったが、
二人ともはたと首を傾げた。
「…は?」
「……え?」
目を大きく見開きサトシを見つめてくるシュウとハルカに、サトシはへらりと笑いかける。
「オレたちで実証済みだから、安心していいぜ」
その意味深な発言プラス笑みと共に、サトシは最後に付け加えた。
「シュウも大事にしろよ、そのハムスター」
管理人(事実上)シュウは考える。
そう言えば、同じアパートに住んでいる以上腐れ縁のようだが、彼らは実は謎に満ちている。
まあ、個人のプライバシーには出来るだけ踏み込まないのが(手に負えないから)、
ここでの暗黙のルールなのだけど。
バカップルの一人、シゲルさん。
この人が既にポケモン荘に住んでいたサトシさんと暮らすようになったのは、一年程前からだ。
突然現れ、あれよと言う間に手続き諸々を済ませてしまい、
それからはほぼ毎日サトシさんとのバカップルぶりを披露してくれるようになったのだ。
サトシさんと同じ年ということなので、本来ならまだ学業に専念していてもおかしくないはずなのだが、
噂によると飛び級して大学も卒業済みらしく、現在は、どこぞの研究室で働いているらしい。
しかし、シゲルさんの場合は素性が知れているからまだいい。
バカップルの片割れ、サトシさん。
シゲルさんよりも以前からポケモン荘にいるというのに、この人が何をしているか実はほとんど分からない。
そんなサトシさんがポケモン荘にやってきたのは、四年程前。
僕が中学に入って間もない頃だった。
両親(この頃はまだ管理人としての仕事をしていた方だった)に呼ばれて行ってみれば、初対面の僕に対して人懐こすぎる笑顔を向けてきた。
てっきり同じか年下だと思っていたのに、実際は年上だというのだから、また驚きだ。
そんなサトシさんを、書類の職業欄に”冒険家”と書くような人を、
両親は非常に気に入ったらしく、彼が越してきた当初は、ことある毎に彼の部屋に遊びに行っていた。
それだけで止めておけば良かったのに、
それとも自称冒険家に何か心掻き立てられるものがあったのか、
暫くしてから両親は突然置き手紙を残してどこぞへと旅立ってしまったのだ。
「……」
そこまで思い出し、シュウは自分の境遇に対して久しぶりにため息をついた。
それからというもの、手紙はたまに来るのだが、
その消印がアメリカだったりヨーロッパだったり果てはアフリカだったりするのだから当てにならないというか、
そんな両親だからこそ当てにする気になれないので、仕方なく管理人業に精を出しているのだけれど、
たまに、ホントにたまに、シュウはふと思う。
今回は珍しく、それが口に出た。
「…僕まだ高校生なんだけど」
世間と現実は厳しい。
「まあ、それはもういいとして…」
理不尽なことだが気にしても無駄なので諦めることとして、シュウは再び彼らについて考える。
しかしその答えは、考える前とほとんど変わらなかった。
何しろやっぱり彼らのことを知らないのだから、仕方がない。
「本当にサトシさんとシゲルさんって……」
不思議な人たち。