某は、何て脆いのでしょうか、お館様。
貴方からの教えも助言も、
自分の矜持も、
簡単に崩れてしまうのです。
俺は、その程度の男なのです。
暗闇の中を、走っていた。
いや、佇んでいたのかもしれない。
彼らは追いかけ、体中を這いずり回ってきた。
ひたひたと冷たい手が身体に触れ、それが気持ち悪くてたまらなかった。
助けて、ねぇ、助けて。
縋ってきた手に、背筋が凍り付きそうになる。
「黙れ!」
腕を振り回し、彼らを振り払った。
助けて、助けろ。
「貴様らは、求めるばかりではないか!」
声が聞こえるなら、助けるべきだ。
「煩い、黙れっ!」
次々に伸ばしてきた手が、また腕を、肩を掴む。
「己のことばかりで、俺のことなど考えぬではないか!」
振り払っても振り払っても、彼らは縋ってくる。
「やめろっ、来るなぁっっ!!」
お前は、何の役にも立たない。
無力で、矮小で。
寒気と共に、身体の中に何か入り込んだ。
腕が勝手に動き、側にあったガラス瓶を掴み、それを叩き付けた。
無機質な音がして、割れた。
その破片を、指は拾い上げる。
「よせ…」
何の役にも立てないくせに。
抵抗しようとしても、身体にまとわりつく手や顔がそれを邪魔し、
中に入り込んだものは、腕を支配し、破片をゆっくりと自分に向けてきた。
死ね。
腕は破片を持ったまま、自分の喉を狙ってくる。
次第にそのスピードは速まっていく。
力を振り絞り、もう片方の腕を彼らから振り払い、
自分の意志とは無関係に曲げられる手を必死で掴んだ。
痛みが走るが、切れた箇所は喉より横にずれた肩だった。
微力すぎる抵抗だが、思い通りにいかずに彼らが苛立ち始める。
お前など、生きていても、意味がない。
死ね。
死んでしまえ。
死んで、その身体を、明け渡せ。
お前に出来ることなど、その程度だ。
明確な悪意で、苛んでくる。
それに意識を持って行かれそうになる。
「……」
何故、抵抗しているのだ。
化け物に過ぎない身なのに、まだ生きたいと思っているのか。
それが彼らの悪意なのか、自分から生じた疑問なのかは分からなかった。
しかし、それに反論できなかった。
俺は、何故抵抗している?
信頼していた相手にすら化け物と言われていたのに、
何故生きようとしている?
生きたところで、俺に何が出来る?
無力な俺に、一体何が。
身体が震えた。
答えが見つからず、心が揺れた。
その隙を彼らは逃そうとしない。
死ね。死ね。
死ね。
それは、自分へ向けられる、自分に向ける呪詛だった。
暗い闇が、どこまでも追ってきた。
悲鳴を上げていたのかもしれない。
だけどそれすらも分からない。
聞こえたはずの耳は聞こえないし、
暗くて何も見えない。
しかし、それよりも更に暗い闇が迫ってくるのだけは分かる。
だから必死で逃げた。
あの闇と同じだ。
女を覆い尽くしたあの闇と。
呑み込まれれば、どこに行くかも分からない。
嫌だ。
やっと見つけたのに、
やっと見つけてくれたのに、
また暗いところに行くのは嫌だ。
刺された身体。
千切られる身体。
壊れていく身体。
違う。
これはただの悪夢だ。
こんなのあってたまるか。
こんな現実堪えられない。
弱いと嘲ってくれてもいい、
罵られても構わない。
だから、全て悪夢だと言ってくれ。
嫌だ。
痛い。
苦しい。
怖い。
誰か、
誰か、