苦しい。
痛い。
苦しい。
暗闇で、何も見えない。
腕が、足が、身体が、
有るのかも無いのかも、分からない。
ひゅうひゅうと細い隙間を通る音が聞こえた。
自分の呼吸の音だと漸く気付いた時、息が詰まり、咳き込んだ。
吐きだしたのは、胃液だろうか、血だろうか。
見えない目をこらし、暗闇の中で、もがき続けた。
救いを求め、何かを求め、それに気付かずに足掻き続けた。
薄ぼんやりと何かが見え、唯一の光と願って、痛む身体を必死に動かした。
這いながら、そちらに向かっていくが、それは近付く程に遠くなっていく。
それでも、追いかけ続けた。
漸く見えたのは、暗い空だった。
佐助は呆れて言葉も出ない。
「……マジ?」
漸く出たその言葉も、大した意味を為さなかったし、
自分が言葉を放ったことにも気が付かなかった。
「佐助、伊達政宗殿だ。
つい先日、知り合った」
嬉しそうに報告する幸村に、佐助は言おうとした小言を飲み込んだ。
「あんたってさぁ……」
脱力する佐助に首を傾げながら、幸村は今度は政宗の方に佐助を紹介する。
「政宗殿、こちらは猿飛佐助にござる。
某の友人でござるよ」
「……」
無言で睨む政宗を、佐助も無表情に見つめ返す。
「佐助もあの世のものたちが見えるのでござる。
色々と、頼りになる男でござるよ」
「……」
暫くの間不機嫌そうに向けていた視線が、不意に和らいだ。
政宗は幸村に一度目を向けた後、目を細め、佐助に向かって笑んだ。
「コイツの面倒見るって、大変だろ?」
「……まぁ、慣れは必要だね」
佐助も表情を和らげ、応える。
「堅物だもんな」
「マジメなのが取り柄なんだよ」
忍び笑う二人に、幸村は少しだけ唇を尖らせた。
「二人仲良くなるのは嬉しいが、何やら失礼でござるぞ、二人とも」
不満そうに言う幸村に、堪えきれずに政宗が笑った。
「…旦那、伊達の旦那って、変わってるねぇ……」
政宗と別れた後、家へと帰りながら佐助はそう漏らした。
「しかし、素敵な御仁でござる」
心からそう言っているであろう様子に、佐助は苦笑する。
からかうつもりで、呟いた。
「しっかり惚れちゃってるねぇ」
「ほ、惚れ…っ!?」
案の定な反応に、笑いを零す。
「応援はしないけど、邪魔もしないから、安心してよ」
どうせ上手くいくわけもない。
何故なら、
「佐助?」
少し様子が変わったのを敏感に感じて、幸村は声をかける。
見えるだけあって、そういった雰囲気や様子の変化には、幸村は割と鋭いのだ。
しかし佐助は、幸村の声にすぐさま変化を中に隠し、
普段のへらへらとした表情で首を振った。
「何でもないよ、旦那」
続きは心の内で呟く。
何故なら、化け物だ。
手も見える。
足も見える。
身体も失っていない。
失ったのは、きっと片眼だけだ。
ふらりと立ち上がり、折れそうな足を一歩進めた。
傷に慣れた身体と心は、もう麻痺してしまったらしい。
何も感じなかった。
ただし、ひどく疲れていた。
膝を折り、横にある塀にもたれ、暫しの間と身体を休めた。
無造作に手を置いていた地面に暗闇が見えた。
手が一瞬そこに引き込まれ、慌ててその手を地面から離すと、
暗闇は僅かに広がり、消えた。
「そ、某の話を、聞け」
幸村の口調に、男の子が怯え始める。
消えそうな身体がゆらりと揺れた。
「旦那、それじゃ威嚇になってる」
「そうだぜ、真田。
もっとsoftに言え、優しく」
「政宗殿、佐助!
あそこで犬が泳いでおりますぞ!」
「泳いでるねぇ」
「アンタも泳いでくればいいんじゃねぇの?」
ちなみに今は冬だ。
「違う、もっと丁寧に!」
「こ、こうでござるか?」
「そうそう、やれば出来るじゃん、旦那〜」
「good、アンタにしては、上出来じゃねぇか」
二人に褒められ、幸村は照れくさそうに笑った。
不思議な時間だった。
幸村にとっては、初めての時間だった。
佐助と、政宗と、
他愛も無い話をしたり、二人に助言を貰いながら、彼らと話をしたり。
己一人では無い時間を過ごすのは、初めてだったのだ。
佐助も以前よりも付き合ってくれるようになった。
政宗は、前よりも楽しげに笑ってくれるようになった。
この時間が永遠に続けばいい、
と、拙い願いを持ってしまった。
以前より無理して笑顔を作る佐助と、
前よりも疲労した様子の政宗に、
気付いていたはずなのに。