体中が痛み、特に右の眼が焼けるように痛かった。
立っているのかすら分からない状況で、方向も分からないまま闇の中を彷徨い歩いた。
声が聞こえる。
耳鳴りが酷く、かき消されそうだったが、確かに聞こえる。
漸く聞こえた声がたまらなく愛しくて、
耳を澄ませ、はっきりと聞き取ろうとした。


化け物め。


見知った声。懐かしい声。
足下が崩れていく。








 物心ついた頃から、事ある毎に話しかけられていた。
もはや人とは呼べぬ者達、元々人ではないもの。
そんな彼らから見れば、自分は灯火のようなものらしい。
暗闇を進む彼らは、それ故に灯火を求める。
幼い時分は、実体の無い彼らに怯えるばかりで、実体のある者との付き合いも巧くはいかなかった。
人に避けられ、人では無くなったものには呼ばれ、追いかけられる。
信玄や佐助に出会わなければ、どうなっていただろう、と今では思う。
 藁をも掴む気持ちで、父に連れて行かれた寺で出会ったのは住職である信玄で、彼から助言を受けた。
逃げるな。
耳を背けるな。
彼らの力となってやれ、
と。
そして、まだまともな会話には程遠いが、今は多少の話が出来る程度にまではなったのだ。
「意外に苦労してんだな、アンタ」
ぽつりぽつりと過去を語る幸村に、政宗はそう感想を漏らす。
それに幸村は苦笑し、政宗は失言だったと理解した。
「…悪ぃ、軽はずみなこと言っちまったな」
誰にでも苦労はある。
他人がその程度を決めることは出来ない。
政宗が謝ると、幸村は首を振った。
「…いえ、お気になさらず」
しかし、言いながら、ふと幸村は側の木に目をやった。
政宗も同じ方向に目を向けるが、特に何も見えない。
「…何か見えるのか?」
政宗の声に、幸村は再び彼の方を向いた。
瞳が少しだけ寂しそうだった。
「政宗殿には…」
「見えねぇ。俺は波長が合う奴しか駄目なんだ」
「では、声も…」
「何て言ってんだ?」
幸村は俯き、頭を抱えた。
「分かりませぬ。言葉になっていない。
 ただ、悲鳴と、呻き声が、頭に響いて……」
そこまで言って、幸村の言葉が止まる。
彼の横顔にじっとりと脂汗が浮かんでいるのが分かった。
「真田、大丈夫か?」
「……」
政宗の声が遠くなる。
悲鳴だけが頭に響いてくる。
時折聞こえる呻き声は禍々しかった。
これは、攻撃的なタイプだ。
こちらの話など聞こうとしない。
しかし、己の苦悩は伝えてくる。


痛い、苦しい。
何故、こんな目に遭わなければならない。
俺が何をした。
何故俺がこんな目に。
何故。
何故。


呻き声はおどろおどろしい叫び声になり、幸村に襲いかかる。
脳に直接流れてくる映像は、この男の死の間際のものだろう。
閉じこめられた部屋で、逃げることも叶わず炎が迫ってくる。
縋るように掴んだ鎖は、皮膚を剥がす程に熱くなっていた。
剥がれる皮膚の痛みと恐怖に悲鳴を上げて離れるが、
周囲は炎に包まれ、逃げ回ることは出来なくなった。
煙で意識を失うことも叶わずに、炎が身体を灼いていく。
文字通り、焼け死んでいく。
「真田!!」
叫び声をかき消す程の音量で、耳元で叫ばれ、辛うじて現実に帰る。
抱えていた頭を横に向けると、政宗がこちらを睨んでいた。
「政宗殿……」
「…相手は、話の出来る奴か?」
「…出来ませぬ。
 話など、聞いてくれませぬ……」
いまだ聞こえる叫び声で、頭が酷く痛む。
「よし、なら立て」
有無を言わさぬ口調で言う政宗を不思議に思いながらも、
幸村は言う通り、痛む頭のままふらふらと立ち上がった。
「走れ、真田!」
言うと同時に政宗が走り出す。
「ま、政宗殿!?」
彼の行動に驚きながらも、幸村は後を追った。
どうやら、木の陰からは出られないらしく、追ってくる気配は無かった。
しかし、後ろからは、いつまでも叫び声が追ってきた。








 ひとしきり逃げると、政宗が漸く足を止めた。
空き地に入り、手頃な石に腰を下ろす。
「相手出来ねぇなら、どうしようもねぇだろ。
 そういう時はさっさと逃げろ」
その言葉に、息を切らしながらも幸村は言い返す。
「しかし、力になってやれと、お館様が…」
「話も聞いてくれない奴に付き合える程、お前出来た人間じゃねぇだろ。
 今の現状をもっと見極めろ」
「……」
確かにその通りなのだ。
ああいうタイプには何度も酷い目に遭っている。
今の己の力量では、彼らの力になることなど到底無理なのだ。
「……無力でござるな、某は……」
自嘲した後、幸村は政宗に頭を下げた。
「忝ない。
 政宗殿には、また助けて頂いたでござるな」
「…別に、大したことしてねぇよ」
言いながら、幸村を手招きし、隣に座らせる。
「…まだキツイか?」
幾分心配そうに幸村の顔を覗き込む政宗との顔の近さに、幸村は何故か頬を赤く染めた。
「い、いえ、もう大丈夫でござる」
「顔赤いぜ。熱でも出たか?」
それは政宗殿のせいでござる、
とは声に出しては言えないので、心の中でそう言うが、
当然政宗に聞こえるはずもなく、政宗は構わずに幸村の額に手を当てた。
手の冷たさが心地良かった。
「少し熱いな」
その熱を冷ますように、ピタピタと顔を触られるものだから、
幸村はますます赤くなった。
「ま、ま、政宗、殿っ!?」
顔を触ってくる手と、覗き込んでくる片眼に頭がパンクしそうになる。
その様子に、政宗は苦笑した。
しかし、不意にぽつりと呟いた。
「アンタは無力じゃねぇぜ」
思わぬ言葉に、幸村は政宗を凝視する。
「アンタは十分、力になってる」
出会った時を思い出しながら、政宗は幸村を見つめる。
 政宗は幸村に、見えて話せるだけではない、不思議な力を感じた。
それは、近くにいるだけで、彼らを鎮める力だ。
そして、荒んでいた自分の心をも不思議と落ち着かせた。
言葉が下手でも、
気が利かなくても、
幸村自身が自分を無力と思っていても、
側にいるだけで、幸村は彼らの荒ぶりそうな状態を鎮められる。
それは曖昧な予測に過ぎないが、不思議と政宗には、それは確信に思えた。
「…だから、自分で自分を卑下すんな」
自分の確信を素直に告げてやるのも癪だが、自嘲する幸村を見ているのが嫌で、
政宗はそれだけ告げる。
 混乱していた幸村の頭には、政宗の言葉で更に困惑が芽生え、瞳が大きく揺れた。
口を開こうとしたが、咄嗟に言葉が浮かばず、幸村の瞳がますます揺れる。
続く沈黙と先程言った自分の言葉に、次第に気まずさと照れが生じ、
それを隠すために政宗は頬を撫でていた手で幸村の鼻を力を込めて摘んだ。
「ま、まひゃむねどの…っ!?」
再び動転した幸村の鼻を押せば、容易く石から落ちて地面に尻餅をついた。
「じゃあな、真田」
からからと笑いながら、幸村の頭をくしゃくしゃと撫で回した後、
政宗が立ち去っていく。
姿が見えなくなる前にと、幸村はその背中に急いで呼びかけた。
「また、お会い致しましょう!」
歩いていた足が止まり、政宗が幸村の方を向いた。
その表情が今にも泣き出しそうに感じられて、幸村は見入った。
「Bye」
再び背を向け、普段の口調でそう言うと、
ひらひらと手を振りながら、政宗が今度は振り返らずに立ち去っていった。

























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