On the way
身体が引き千切られるように痛い。
それとも本当に引き千切られているのだろうか。
頭が割れるように痛い。
それとも、本当に割れてしまったのだろうか。
失ったのは片眼だけのはずなのに、何も見えず、
耳は両方あるはずなのに、何も聞こえない。
声を発することもできずに、
発したところで、
その声は自分にも他の誰かにも届くはずもなかった。
ここはどこだ?
何故、ここに居る?
何も、分からない。
分かるのは、
ここが闇の中だということだけだ。
「…んな、旦那っ!」
肩を掴まれ、名前を呼ばれて、漸く我に返る。
「…佐助」
見上げれば、眉を寄せてこちらを覗き込む佐助の顔があった。
応えたことに安堵したのだろう、佐助が表情を和らげた。
「またなの、旦那?
相変わらず、呼ばれやすいねぇ…」
「……某は、また…?」
昼に佐助と木陰で昼食を摂っていたのは覚えている。
その後、話をしていて、それから……
どうもそこから先が曖昧だ。
「毎度毎度、旦那も大変だね。
俺、目だけで良かったよ」
「……」
冗談とも本気とも取れるような口調で、佐助は苦笑した。
「で、どうすんの?
もう授業始まっちゃってるけど?」
指差した先にある時計は、授業開始の時間を既に十五分程過ぎていた。
「……」
佐助の声が遠くなる。
頭が軋み、何かが訴えてくる。
目を閉じ、耳を澄ませた。
ああ、これは……
「子供だ。話をしてくる。
お主は授業に行くなり、帰るなり、好きにしろ」
立ち上がり、佐助にそう言うと、人気のない方へと歩いていく。
そちらの方が、話もしやすい。
「お疲れさん」
背後から、やはり本気とも冗談とも取れる口調で、佐助から声がかかった。
歩いていく彼の背中を佐助は見送る。
その後ろから、うすぼんやりとした小柄な影がついていく。
「ホントに大変だねぇ、真田の旦那は…」
見えるだけで、相手に存在を知られることのない自分は、まだマシだ。
「……そうか、母親と、はぐれてしまったか」
幸村にそう言われ、女の子は再び泣き出してしまった。
幸村が慌てる。
「な、泣くな、泣いていては母親に会えぬままだぞ」
失言だった。
母親に会えない、と言われ、女の子はますます泣き出した。
「す、すまぬ。
母親にはきっと会える。だからもう泣くな」
幸村が必死に泣き止ませようとするが、女の子は泣き止む気配も見せない。
困っている者がいるならば、力になってやるのがお前の役目だ、
と信玄には言われ、幾度と試みているものの、
自分にはどうもその才は無いようだ。
特に子供が相手では。
どうしたら良いのか、
と途方に暮れ、空を仰いだ。
「Ha、何ガキ泣かせてんだよ」
声がかかるのと同時に、視界に男の姿が入った。
長目の前髪から覗く瞳がひどく印象的だった。
嘲りの浮かんだ鋭い瞳。
ただしその瞳は一つしか無く、もう一つは眼帯に隠されている。
口元は笑みを作っているが、それは皮肉めいたものに過ぎず、
優しさも柔らかさも無く、殺伐としていた。
しかし、引き込まれる。
「…そなたは……?」
呼びかける幸村を無視して、男は女の子の正面に片膝を付いてしゃがみ、話しかけ始めた。
自分に向けていた視線とはまるで違う、優しい瞳。
そして声音。
彼は手を伸ばし、実体の無いはずの女の子の頭を撫でた。
女の子はしばらく驚いたように男を見つめていたが、
次第にその泣き顔が笑顔へと変わっていった。
「good、よーし、良い子だ」
くしゃくしゃとまた頭を撫でると、けらけらと女の子が笑う。
「もう、行くところは分かるな?」
男の問いに、笑顔で頷いた後、女の子の姿がすっと薄くなり、そして消えた。
「……」
半ば呆然とその様子を眺めていた幸村は、場を流れていた空気が変わったことに気が付く。
柔らかな空気は消え、鋭さと荒んだ空気が溢れていた。
「……そなた、」
「Ha、」
幸村の言葉を皆まで聞かず、男は嘲笑した。
幸村は言葉を続けるのを止め、別のことを尋ねた。
「…そなた、あれが見えるのか?」
自分と佐助以外にも実体を失った彼らが見えるとは。
それだけでなく、話をし、触れることもできるとは。
「……」
答えず、男は鋭い瞳で幸村を射抜く。
凍り付きそうな空気が流れる。
しかし構わず、幸村はペコリと頭を下げた。
「…忝ない。
おかげであの子供を迷わせずに済んだでござる」
「……別にてめぇの為にしたわけじゃねぇよ」
にべもなく言われる。
が、先程より少しだけ空気が和らいだ。
それを敏感に感じた後、幸村はポリポリと頭を掻く。
「……某、子供の扱いが苦手なもので……」
「頭固そうだもんな、アンタ」
言葉に揶揄は含まれているが、声音はだいぶ柔らかなものになってきた。
「アンタ、変わった言葉遣いだな」
「あ、これは癖のようなもので……
気に障るでござるか?」
「別に」
次第に打ち解けてきた様子の男に、幸村は安堵する。
鋭い空気が似合う男だと思うが、それだけは哀しいとも思った。
同時に、少しだけ見せてくれた笑顔に、どうしようもなく惹かれた。
もっと知りたい。
「そなた、名は…?」
空気がまた冷たくなり、男が瞳鋭く幸村を睨み付ける。
しかしそれは暫しのことで、男が口を開くと同時にその空気は和らいだ。
「…人に名を尋ねるなら、自分から名乗るのが礼儀ってもんだぜ」
男にそう言われ、幸村は慌てて名乗った。
「失礼致した。
某、真田幸村と申す」
名前を教えてくれるだろうか。
教えてくれれば、少しは繋がりが出来るような気がする。
拙い願いに過ぎないが、
初めての感情に戸惑うと共に、
直感はそれに従うことを選んだ。
「……ね」
「え?」
ぽつりと呟いた声は小さくて、はっきりとは聞き取れなかった。
「すまぬが、もう一度言って下され」
言い縋ると、男は一瞬言い淀んだが、やはり小さな声で呟いた。
「…政宗。伊達、政宗…」
「政宗…良い名でござるな」
幸村がそう言うと、
男――政宗は、嫌そうに眉を顰めた。
「政宗殿、とお呼びしても…?」
しかし尚も言い縋る幸村に苦笑し、
表情を和らげ、好きに呼べ、と答えた。
政宗の様子に幸村も微笑する。
彼の手にそっと触れると、政宗は目を瞠って幸村を凝視する。
「政宗殿、」
戸惑い揺れる片眼の光を受け止め、安心させようと握る手に力を込める。
冷たい指先を温められれば、と願う。
「……」
政宗は動かなかった。
手も振り解かれない。
引き留められた。
それが嬉しくてたまらない。