寒いから、手を繋ごう。
「さーむーいー!」
誰に向けてでもなく、そう大声を出して、ハルカはもっと厚着をしてこなかったことを後悔した。
「今日は寒くなるって、天気予報でしっかりと言っていたよ。
少しは、そういった情報を仕入れる努力もした方がいいと思うけどねぇ、ハルカくん?」
別に彼に文句を言った訳でもないのに、しっかりと嫌味で返事してくれちゃって、とハルカは恨みがましくシュウを見た。
しっかりと上着を着込んで、ご丁寧に手袋とマフラーまでしているところが、また嫌味だ。
「しょうがないでしょ、急いでたんだから」
そう言い返すと、シュウに鼻で笑われた。
「急いでいた理由は、寝坊でもしたからかい?」
「……っ」
見事に図星を指されて、咄嗟に言葉が出てこなかった。
「まったく、あいかわらずだねぇ」
肩を竦める仕草が、癪に障る。
「何よ、シュウだって寝坊したことぐらいあるでしょ!」
「少なくとも、君ほどではないはずだけど?」
「大体、元はと言えば、シュウが――」
言っている途中でちょっとした風が吹いた。
その北風に一瞬にして体温を奪われ、ハルカは言うのを止め、縮こまった。
「寒い〜」
「……やれやれ」
シュウは小さなため息を一つついてから、首に巻いていたマフラーを外した。
「これでもどうぞ」
「……え?」
ハルカは、シュウと目の前に差し出されたマフラーを交互に見る。
その行動の意味することは、もしかしなくても、貸してくれるということだ。あのシュウが。
「使わないなら、別にいいけど?」
シュウがそう言った時に、また北風が吹いた。
寒さに堪えきれず、ハルカは反射的にシュウの手からマフラーを取り上げた。
そのマフラーを首に巻いたところで、ハルカは我に返った。
「あ……えーと……」
勢いで何て事をしてしまったのだろう。
決まり悪くなって、感謝の言葉が素直に出てこない。
言葉にならずに唸っていると、
「……そんなに寒いんだったら、これもどうぞ」
苦笑しながら、手袋まで差し出された。
「え、でも、その……」
「さっき、あれだけ勢いよく人のマフラーを取っておいて、
今更遠慮もないと思うけど?」
「……」
痛いところをつかれ、何も言い返せずにハルカは俯いた。
そんな彼女に向かって、シュウは言った。
「横でずっと、寒い寒いってわめかれるよりかは、よっぽどいいから、気にしなくていいよ」
相変わらず嫌味な台詞だが、口調はいつもより優しい気がしたので、ハルカは俯いていた顔を上げた。
いつものシュウの顔がそこにあるのに、その表情が優しく見えるのは、気のせいに過ぎないのだろうか。
そして、そんな風に思ってしまう理由が、今のハルカにはまだ分からなかった。
「……あ、ありがとう……」
自分の言葉をぎこちなく感じながらも、今度はちゃんとお礼を言うことができた。
ハルカは、ゆっくりと手を伸ばした。
伸ばしたハルカの手の上に、シュウはそっと、自分の手袋をのせた。
その時、たまたまシュウの手がハルカの手に触れた。
指先が冷たかった。
「冷たい……」
思わずそう呟くと、シュウは素早く手を引いた。
手の上に残った手袋は暖かかった。
その温度差に戸惑って、ハルカは尋ねた。
「シュウ……寒くない?」
「……平気だ」
「本当に?」
「……ああ」
本当に寒くないのなら、答える前の微妙な沈黙のわけは、どう説明する気だろう。
寒くないはずはない。
着ていたものを外したんだから。
受け取った手袋と、シュウを交互に見て、ハルカはどうしようかと考えた。
しばらくは二人の間に沈黙が流れていたが、ハルカはふと、思いついた。
今思い返せば、恥ずかしくて転げ回りそうだな、とハルカは後になってしみじみ思うのだが、
この時はものすごい名案だと思った。
「そうだ!」
ハルカの表情がぱっと明るくなったので、シュウはハルカの方を見る。
ハルカは急いでシュウから借りた手袋をはめると、かなり強引にシュウの手を握った。
「――!」
シュウは驚いて、反射的に手を引こうとした。
「ダメ!シュウも寒いんでしょ!」
が、ハルカに大声を出され、思わず動きが止まる。
「こうしたら、二人とも温かいじゃない?」
笑顔でそう言われ、手はしっかりと握られ、シュウの思考はパンクしそうだった。
必死で動揺を抑え、早まる心臓の鼓動に収まってくれ、と願いつつ、シュウはハルカに言う言葉を探した。
「ハ、ハルカくん、君ね……」
「手が温かくなったら、ちゃんと返すから、それまでガマンしてね」
ガマンとか、そういう問題じゃなくて……
尚も言葉を探していると、ハルカが呟いた。
「手を繋いだら、温かくなるのね……」
たまたま思いついて、やっただけなのに、すごい効き目だな、とハルカは思った。
何だか、寒さも気にならなくなってきた。
「……」
握られた手が温かい。
あれだけ動揺したからだろうか、それとも、彼女が温めてくれているのだろうか、
シュウにはわからなかった。
別に、どちらでも良い、と段々思えてきた。
今はこの温かさだけ、感じていよう。
ハルカもシュウも、そう思った。