それから一ヶ月弱。
扉を破壊する勢いで開け、大音声で中に向かって言い放った。
「政宗殿っ!幸村、ただいま帰り申した!!」
異常に高いテンションの幸村に、異常に低いテンションで政宗は大儀そうに身体を起こしかけるが、
そのまま再びベッドに倒れ込む。
「…ゆき…うるせぇ…」
それだけ呟き、政宗は低く呻ると目を閉じてしまった。
「相変わらずだねぇ、竜の旦那の低血圧」
佐助の独白など誰も聞いていない。
政宗は今にもまた夢の世界にファントムダイブしそうだし、
幸村は幸村で久々の家の中をうろつき、何やら家の確認をしている。
「……」
呆れた様子で二人の様子を眺めていた佐助だが、
ふとこのまま帰ろうかという思いに駆られたと同時、
家の確認を終えた幸村が駆け足で政宗に駆け寄り、
彼の傍で先程窘められたにも拘わらずいつもの大声を出す。
「政宗殿!お逢いしとうござった!!」
「……うるせぇ…」
今度は目も開けずに政宗が呻るのだが、
幸村は尻尾をぶんぶんと振って(佐助談)、政宗に飛び付いた。
「政宗殿!政宗殿〜っ!」
「……」
昨晩眠りに入るのが遅かったのか、今朝の血圧は特にヒドイらしい。
最早文句を返すこともなく、政宗は、彼に抱き付いて揺り動かす幸村にされるがままだ。
それに調子づいたのか、幸村は政宗に覆い被さると、
政宗の寝巻代わりの浴衣の衿を勢いよく左右に開いた。
「って、ちょっ、犬の旦那…!」
まさかいきなりやる気なの?やっちゃう気なの!?
そんなもん見せられたくない佐助から、
思わず口から驚きとドン引きを込めた言葉が漏れるものの、
幸村が構うはずもなく、むしろ佐助がいることなど既に忘れている。
「……」
存在を忘れられた佐助に止める術はない。
止めようとしたって吹っ飛ばされるのがオチだ。
「……二、三時間後にまた来まーす」
触らぬ犬には噛まれない。佐助は静かに扉を閉めた。
「…まあ、アレだ……」
あの後何があったのかは想像に難くない。
脱げかけの浴衣姿で政宗は、頬を殴られたんだか蹴られたんだか、な幸村を足下に正座させ、
寝癖で跳ねる髪を撫で付けながら、宣言通り三時間後に戻ってきた佐助を据わった目で睨んでいる。
勿論寝起きのせいでも酒を飲んだせいでもなく、単純に怒っているのだ。
怒髪天を衝く状態なのだ。
「えーと…」
どうせこの正座している犬が、佐助が逃げた三時間の間に余計な粗相をしたに決まっている。
言われることなど簡単に予想がつく。
佐助は既に逃げ腰で、政宗の眼光に圧倒されているのかいつの間にやら幸村と同じく正座していたが、
政宗がゆっくりと近付いていくにつれ、無意識にしかし器用にじりじりと離れていく。
やがて背中に壁が当たるが、尚政宗は近付いてくる。
少し足元が覚束ないのは、やはり犬の粗相のせいだろう。
「言いたいことは色々あるんだが、まずは…」
それでも佐助の側まで近付いて、握力自慢の指を使って無遠慮に佐助の頭を掴んだ。
「余計にヒドくなってるってのはどういう了見だ、コラ」
「痛いです、痛いです…言うから!ちゃんと説明するから手の力抜いて、旦那ぁっ!」
頭蓋骨が軋んだ気がして、佐助が情けない悲鳴を上げた。
「…つまり、虎の大将と犬の旦那の相性が思いの外良くて、
お二人とも相当暑苦しく白熱した修行の日々を送っていた、というわけです…」
「……」
「ちなみに俺はその間の家事とか身の回りの世話とか全部やらされた上に、
修行の手伝いとか言って俺まで殴られるし、
しかも犬の旦那は態度でかいし我が儘言ってばっかりだしやっぱり殴られるし、
武田式開門とかもう止めてほしいってことで俺様としてはもうヘトヘトでした」
愚痴と泣き言半分の言い訳もとい説明を聞き終えた政宗は、暫くの間沈黙し、
佐助と幸村に交互に目を遣っていたが、一つため息をつき、先程点けた煙管を銜えた。
吸い込み、煙草煙で満たせば、愛煙家の彼なので少しは気も落ち着いてくる。
佐助は半ばやけっぱちで、開き直りも甚だしく愚痴を言い続けているし、
それをずっと聞いてやる程政宗は優しくもない上に聞き流し続ける程気長なわけでもない。
「…そんなこたどうでもいい。他の成果の方はどうなんだ?」
佐助の言い訳も愚痴も切り捨ててそう尋ねてきた政宗に、口を尖らせながらも佐助は報告する。
「……態度以外は大将のお墨付きですよ」
聞き分けがないのは飼い主や相性抜群の虎以外だけであるのだから、
政宗としては大した問題にもならないだろう。
調子付いてやらかした粗相は、久々に飼い主に逢えた興奮故だ、
と思えば許容の範囲だろう。その範囲が狭かったとしても。
「幸」
政宗は正座したまましょぼくれている犬に声を掛ける。
幸村はすぐさま顔を上げ、手招きされていると分かると目を輝かせたが、
多少は学習したのか気を引き締めて恐る恐る政宗に近付いていく。
その幸村の頭を、政宗は乱暴に二、三度叩いた。
のだが、それは折檻でも怒っているわけでもなく、叩くようにして褒めたのに近い。
「OK、なら問題無しだ。金はきちんと払ってやる」
ふて腐れていた佐助の方に再び目を遣り、そう告げた。
「虎のおっさんにも後で礼の一つでも言っとかねぇとな」
そう独白した後、凶暴な光をその瞳に浮かべ、政宗は今後の算段を頭に描いている。
それはどうせ佐助にも多大な影響を及ぼすだろうが、ひとまず今の竜の怒りは解けたようだ。
お代も払ってくれる様子だし、結果良ければひとまず良し、ということで。
「…でも犬の仕付けだけはもう二度としない」
と、佐助は心に固く誓うのだった。