アレに関わったせいだろうか、少し厄介なことになってきた。
下校途中、今日も佐助の後を何者かがつけてくる。
一週間前くらいからだろうか、佐助は自分の身辺を探る者たちの存在に気が付いた。
そう、者"たち"だ。相手は複数いる。
 そしておそらく、この者たちが佐助を付け狙うのは、佐助の昔に起因してのものではない。
というより、駒に使った男二人が学校から消えたことと、
写真と動画のデータを佐助が持っていることを踏まえて考えれば、容易に予想がつく。九割方、アレの差し金だろう。
まあ、アレのバックにある力は些か予想を越えていたが、
それを使う程度には、アレはまだ自分に対して関心があるわけだ。
「……参ったね……」
それに少し安堵して、それも含め佐助は苦笑した。
とはいえ、このまま放っておけば、佐助の恩人にも害が及ぶ可能性がある。それは流石に困る。
 尾行者をまいて、商店街に入ったところで、佐助は見知った顔とはち合わせた。
アレの領域に入ることを許された、佐助にとって忌むべき存在。まあ要するに、アレの相手だ。
向こうは気付いていないのか、首を傾げながら佐助を見て、記憶を探っているようなので、
佐助はその隙に横を通り過ぎる。
「おい、あんた、ちょいと待ちな」
が、残念ながら気付いてしまったようだ。佐助を呼び止めようとする声を無視して、
二、三歩進んだところで、相手が語気を強めながら腕を掴もうとしてきたので、
それをかわしてから、佐助は仕方なしにその相手――元親の方へと顔を向けた。
「何? 俺様忙しいんだけど?」
「少し話せるか?」
佐助の言ったことを聞いているのか気にしていないのか、
元親はそう言って顎で先を示しついて来るように示すと、佐助が応える前にさっさと歩き出してしまった。
「……」
これも無視を決め込もうかと一瞬思ったが、そうすると先程の繰り返しになるだけだと佐助は考え直した。
それに、この男がどれだけ関わっているかは知らないが、
佐助の周りを嗅ぎ回っている者たちへの対抗手段となる可能性が万に一つくらいはあるかもしれない。
それに、危なくなったら逃げればいいだけだ。その自信くらいは佐助にもあった。
 商店街を抜けて住宅街へと入り、その一角にある公園で元親と佐助は互いに向き直った。
互いをまともに見たのは、これが初めてだ。
佐助は元親を、思ったより図体がでかい、という感想を抱き、
元親は佐助を、やはり政宗に似ていると思った。
「そういや俺、あんたとゲタ箱で顔合わせてたよな」
だからだろうか、元親は靴箱で出会った、無関心そうな生徒が佐助だったことを唐突に思い出した。
あん時はありがとな、助かった、と校舎の配置を教えたことに対して礼を述べる。
「……」
佐助は微かに眉を寄せたが、口は開かなかった。気にせず、元親は続けた。
「あいつヤったの、あんただったんだな。まあ、あんただけじゃねえが」
「……」
「どうだ、なかなかヨかったろ? ムダにエロイし、目ぇギラギラさせてな、それがそそるんだよなあ。
 分かっててやってんのかもしれねえけどよ」
「……」
眉間の皺を深くして、佐助は、何だこの男は、と思った。
元親に怒っている様子がまるでないのだ。
恋人とも言うべき者が乱暴を働かれたというのに、その恋人を犯した相手が目の前にいるというのにだ。
 しかし、陽気に品のない話をしていた元親の声が、不意に低くなった。
「だがまあ、写真と動画はちいとやりすぎだな」
「……」
やはり、怒ってはいない。だから余計に薄気味悪い。
この男は、アレと実は付き合っていないのか。まさか、そんなはずはない。
佐助は元親と政宗が連れ立って歩いているところを以前に目撃している。
その時の雰囲気は明らかに友人などのそれではなかったのだ。
 佐助は目の前にいる元親と周囲への警戒を強めた。元親は足下に落ちていた空き缶を拾い上げている。
尾行者はまいた。その他に関係者が潜んでいそうな気配もない。
「データはまだ流してねえよな? さっさと消しちまえよ、割に合わねえから」
その空き缶を少し離れたところにあるゴミ箱に向かって投げ込みながら、元親は唐突にそう言い出した。
空き缶がゴミ箱の縁に当たってはね返り、乾いた音を立てながら土の上に転がる。
舌打ちして、空き缶を拾いに行きつつ、ただ死ぬだけじゃ済まねえぞ、言い添えた。
 拾った空き缶をそのままゴミ箱に放り込めばいいものを、元親は何を思ったか空き缶を持ったまま戻ってきた。
そして再びそれをゴミ箱に向かって投げる。また外れた。
「……アレのバックって、どんだけスゴイの?」
政宗と付き合っているのか、と言いかけ、佐助はすんでの所で思い留まる。
何となく、自分のプライドがそれを許さなかった。
代わりに口をついて出た佐助の言葉に、元親は一応は答えてやった。
「どうだかな……社長だとか政治家だとか、ザイバツ…大統領だったか?
 まあ、平たく言えば、すっげえ金持ちってことだ」
「……」
この国には総理大臣はいるが大統領はいない。
先程の行動も含め、こいつ馬鹿だな、と佐助は元親をそう判断したが、
その馬鹿の答えでも、政宗のバックについているのが途方もない権力者ということだけは分かった。
なるほど、確かにそういう力を行使できなければ、
あれほど大がかりに、かつ秘密裏に佐助の周りを探るのは無理だろう。だが、だとすれば、疑問が残る。
「金持ちのボンボンには見えないんだけど……」
何せあの身のこなしにあの殺気だ。どう見ても、ただの金持ちではない。
「金持ちになったのは最近だからな。そりゃあボンボン歴は短ぇな」
佐助の独白めいた呟きに笑い混じりでそう答え、
元親は空き缶を拾ってそのままゴミ箱に放り込んだ。投げ入れるのは諦めたらしい。
それから、元親の言葉に眉を寄せている佐助の方を見やって、元親は付け加えた。
「気になるなら、あいつに直接聞いてみろよ。素直に聞けば、意外と答えるぜ。
 あいつにとっては、どうでもいいことだしな」
「……」
佐助は少し混乱してきた。
分からない。目の前のこの男も、政宗が何を考えているのかも、何一つ見えてこない。
何だ、一体何なのだ、こいつらは。
「……実を言うとな、俺は最初あんたをぶっ殺すつもりだった。
 誰だって、てめえのもんに手ぇ出されたらムカつくだろう?」
再び声を低くして、束の間殺気すら込め、元親は佐助を見据えたまま、不意にそう口を開いた。
先程までの笑顔は既にない。辺りの空気を巻き込んで、重く冷たく鋭い、そういうものに周囲が覆われる。
そういう場を経験している佐助ですら、いや、だからこそかもしれないが、反射的に身構えてしまう程の迫力だった。
それはどことなく政宗を彷彿とさせ、故に元親が確かに政宗が許容し得る程の人間であったことを佐助に知らしめた。
「だが、あいつは一人で片を付けるつもりみてえだし……いや、あいつの実家の奴らが出てきちまったからな。
 結局、俺の出る幕はねえだろうと思ったわけよ」
しかし、すぐにその重苦しい空気は霧散し、代わりに数秒にも満たぬ間だけ自嘲した後、
元親は再びその顔に陽気な笑みを浮かばせた。
更に、あいつの実家の奴らは、俺もちょいと苦手でよ、と冗談めかして付け加える。
「どのみち、俺は俺で野暮用ができちまったからな。
 それで最後にあんたにアドバイスでも、と思ったんだが、まさか本当に会えるとはな」
そう言って、元親が興味深そうに佐助を見つめる。
それから、不審そうに睨み返してくる佐助に元親は言った。
「やっぱあんた、あいつに似てるな」








 小十郎が政宗に寄越した者たちは、屋上での一件の後始末を粛々と済ませたが、
佐助の身辺を探ることについては難儀しているようだった。
あれから一週間は経ったというのに、佐助の自宅すら見つけられていない。どうしても、まかれてしまうらしいのだ。
ただの高校生ではないと、少なくとも政宗は思っていたので、さして気にしなかったが、
焦れた小十郎が、埒が明かないので自分もそちらに向かう、と言い出したので、流石にマズイと思った。
今回はひとまず小十郎を宥めすかして、何とか引き止めるのに成功したが、
このまま状況が進展しなければ、小十郎が来るのは時間の問題だ。
「めんどくせえ……」
そう独りごちた後、政宗は、最近そればかり言っている気がするな、と思いつつ、
テーブルに置いていた携帯を手に取った。開いて、メールのアイコンに気付く。
いつの間にか、メールが届いていたらしい。しかも、メールの相手は元親だった。
「……」
メールに目を通し、政宗は暫く動かなかった。いや、動けなかった。
メールの内容は実に簡潔で、野暮用ができたので別れよう、というものだった。
簡潔すぎて、論理が破綻している。何だコレ、と思い、何だコイツ、とも思った。
 いや、元親は元々こういう男だった。物にあまり頓着しない。壊れれば直し、直らなければ捨てる。
だから、その物に己も含まれていただけの話だろう。そう、それだけだ。
 政宗は腰を下ろしていたソファから立ち上がると、どこか覚束ない足取りで外へと出て行った。




 アレの自宅は以前に調べていた。だから、忍び込むだけならば造作もない。
とはいえ、アレが一人でない可能性は高い。そこが問題だ。どうやって話をするか。
 だが、結局のところ、佐助の心配は杞憂に終わった。
政宗の自宅近くで、その政宗が一人で歩いているのを目撃したからである。
 足音を忍ばせ、佐助は政宗に近づき、政宗の様子を窺った。
政宗はふらふらと彷徨っている。どこぞに向かっているようではない。道に迷っているわけでもなさそうだ。
そこで政宗が彷徨っている理由にようやく気付き、
佐助はまず、話が違う、と思い、今この場にいない元親に対して心中で毒づいた。
それから、今度は足音を立て、政宗の前に姿を現した。
「……」
眼帯に覆われていない方の目が、佐助を捉え、僅かに見開かれた。
しかし、すぐに興味が失せた様子で、政宗は佐助から目を逸らし、止めていた足を再び進めようとする。
「待って」
声を上げると同時に足を踏み出して政宗へと近寄り、佐助は政宗の腕を掴んだ。
政宗は眉を顰め、掴まれた腕を乱暴に払い、佐助の手を振り解いた。
「データは消すよ。全部消す」
今度は言葉で食い下がる。データ自体が政宗の関心を引かないことは佐助にも分かっている。
あくまでもこれはただの繋ぎだ。佐助はすぐに言葉を継いだ。
「だから、もう一度ヤらせて」
「……は?」
政宗が珍しく目を丸くした。事実、こんな顔を見るのは佐助にとっては初めてのことだ。
年相応の顔もできるのか、と無意識に少しだけ佐助は安堵した。
だが、それを自覚する余裕はなかった。だから、政宗が驚き呆れている隙に、佐助は素早く切り札を出した。
「それと、あいつ…モトチカのことも教える」
政宗の目が更に見開かれ、その表情から呆れが消えた。
瞬間、怒りと哀しみが綯い交ぜになった光をその左目に浮かべた後、眉を寄せ、政宗は佐助を睨み付けた。
そして、真一文字に引き結んでいた唇を弛緩させ、何故、と疑問の言葉を紡ぎかける。
が、結局音として発せられなかった。
何故、また抱こうと思ったのか。
何故、元親のことを知っているのか。
どこまで、事情を知っているのか。
何故、そこまで執着するのか。
そういう様々な疑問が浮かび、何から問うべきかを判じかねたのだろう。
そう察して、佐助は答えた。
「たまたまだけど、さっき本人に会った。それで、少しだけ話をした」
「……」
「野暮用ができたから、それを済ませに行ってくるって。だから、暫く戻れないって」
「……」
だから、別れよう。そういうことだ。その程度だったのだ。
そうだ、オレは何を勘違いしていたのだろう。元々、オレはそういうものだった。それが答えだ。
 長い間、政宗は俯いたまま沈黙していた。だが、言葉に出さないだけで、政宗の内にある感情は様々に揺れ動き、
彼の心を乱し、騒がせていた。それを抑え、やり過ごしてしまうのに、思いの外時間が掛かってしまったのだ。
そして佐助も黙ったまま政宗を見つめていた。政宗が再び口を開くまで、静かに待っていた。
秋が深まりつつある季節、日没は早まり、吹きつける風も冷気を孕んでいる。
その冷風が木々を揺らし、何度目かの葉ずれの音をさせた後、政宗はようやく顔を上げた。
「……家でいいか?」
その言葉は、佐助の頼みを了承したことを示していた。
佐助は元親の言葉を思い出す。
彼は言っていた。政宗は存外に素直だと。聞けば答えるし、頼めば聞き入れる。
どうでもいいから、自身に頓着していないからだ。
「誰もいない?」
佐助のその確認は、実家の奴らとかいうのを警戒しての言葉だったが、それに政宗は自嘲して答えた。
「いねえよ」
言ってから、しまった、と佐助は思ったが、
佐助が釈明する前に、政宗はこっちだと踵を返し、歩き出した。
佐助はその後に続くことしかできなかった。

























Next Novel





次はサスダテエロです。暴力描写、モブ姦描写もあります。