後ろから貫かれ、男のモノを咥えさせられ、それによがっている己の姿というものは、ひどく醜悪だ。吐き気すら覚える。
データフォルダにある写真は一つではない。
それらにざっと目を通しながら、その度に政宗は怒りよりも殺意に似た激情を積み重ねていく。
携帯を握るその手に、知らず力が込められ、携帯が軋んだ。
しかしそのことにすら気付かぬ程、激情が理性を塗り潰していく。
それを微かに残った理性で以て実感したことで、政宗は少しだけ驚き、
だからこそ、佐助と男二人に対する殺意と、自身への怒り、
腹からせり上がってくる内容物とそれらの感情を身の内から外へと弾け出してしまわぬように抑え込んだ。
「よく撮れてると思わない?」
そして、佐助のその言葉もあって、結果的に政宗は感情を爆発させずに済んだ。
この時、怒りが度を過ぎると逆に頭が冷えることを政宗は初めて知った。
携帯も本体が少し歪んだだけだ。政宗のムダにある握力からすれば、最小限の被害だった。
どのみち用があるのは実家の連絡先だったので、携帯そのものが壊れることにさしたる問題はない。
大きく息を吐いて感情を押し殺してから、政宗はようやく口を開き、佐助の言葉に応えた。
「どこがだよ、ヘタクソ」
「え〜、それカメラの性能でしょ。そんな古い携帯、俺様お目に掛かったことないよ」
「Ha、カメラのせいにする時点でたかが知れてるぜ」
淡々と言葉の応酬を続けながら、政宗はデータフォルダ内のデータを全て消去した。
「あ、動画の方も忘れずにね。大してデータ無いし、全消しのが楽だよ」
その行動を見越して、佐助が声を掛け、わざわざアドバイスまで付け加える。
「余計なお世話だ」
元々そのつもりだ。データを消去し終えたところで、政宗はふと手を止めた。佐助のある言葉が耳に入ったからだ。
「まあそれ俺様のじゃないし、ネタは移してあるからいいんだけど」
「……」
ちらりと携帯から佐助へと移した政宗の視線は、どう見ても一般的な高校生のそれではなかった。
それは転がっている二人の男を見ていた時よりも更に冷たく鋭い。犯したあの時の数倍の迫力だ。
そうであるからこそ、その目が自分をはっきりと映していることに、佐助は軽い興奮を覚えた。
「……パス解いたのか?」
「うん、ちょっと面倒だったけど。こういう時、ガラケーは不便だよね」
政宗の言葉が問いではなく確認だったことは、佐助も理解している。
軽く頷いた佐助に、政宗は顎でしゃくって男二人を示してから更に確かめる。
「こいつらには渡してないってのは本当か?」
「渡すわけないじゃん。もったいない」
せっかく手に入れた脅しのネタだ。馬鹿な奴らに分けて、台無しにでもされてはたまらない。
だから渡さない。コレもアレも、俺様だけのものだ。
そこまで無意識に思って、自身の政宗に対する執着に、佐助は少し驚いた。
しかし、自身に対して向いていた思考は、そこで止まった。
不意に、政宗が笑みを零したからだ。
喉の奥で低く小さく、呻きに近い音だったが、政宗は確かに場にそぐわぬ笑みを見せた。
佐助は胡乱に眉を寄せ、政宗へと注意を向けた。
刺すようなというには生温い政宗のあの視線は、まだ佐助を捉えている。はずだった。
政宗は、足を踏み出し、佐助へと近づいていくと、そのまま佐助の横を通り過ぎ、屋上から出た。
一挙一足、緩慢とさえ言えるその動きは、しかし佐助に鮮烈な印象を刻みつけた。
同時に、佐助の時すら止め、我に返った佐助が振り返る頃には、政宗は階段を半ばまで降りていた。
「ま、待てよ!」
声を張り上げ、佐助は政宗を止めようとした。
政宗の所作は制止を躊躇う程に自然で美しいとも言えるものではあったが、
躊躇っていては政宗はそのままいなくなってしまう。
おそらく二度と、現れることはないだろう。そう直感した。
「……」
踊り場で足を止め、政宗はちらとだけ佐助を振り返った。
だが、その眼は先程までとは打って変わって、佐助にさほどの関心も抱いていない。失せてしまっていた。
「分かんないの!? 写真も動画も、まだ俺様が持ってんだよ!?」
「……」
煩わしげに眉を顰め、政宗は小さく舌打ちした。
が、それは佐助の言葉にというよりも、行動を止められたことに対してだ。
政宗は無言のまま、階段上の佐助を見上げた。
佐助は言い募る。
「ネットに流されるかもしれないんだよ! あんた分かってんの!?」
「……そりゃあ困るな……」
言葉とは裏腹に、さして困った様子もなく政宗はそう応える。
「だがまあ、それならそれで仕方ねえんじゃないか?
泣いて頼んだら、素直に聞いてくれるようなタマでもねえだろ、アンタ」
だからもういい、めんどくせえ。と肩を竦め、大仰に息を吐いてから、
最早佐助の言葉に聞く耳を持つこともなく、政宗は階段を降りていった。
実のところ、佐助に対して言った言葉の半分には、政宗の本音も含まれていた。
一度ネットに流されてしまえば、いくら実家の力を使ったとしても、その拡散を止められはしないだろう。
そして佐助がネットに流さないという保証はない。
ただ、佐助は、自分の痴態をあの二人に渡すことを、もったいないと言っていた。
何気ない言葉ではあったが、それは、脅しのネタが台無しになる可能性を嫌い、
そうする程には佐助が政宗に対して執着していることを示している。と、政宗は考えた。
佐助の執着の理由は知らないが、仮にこれが政宗の自意識過剰でないならば、
佐助がこのまま何の行動も取らないでいる可能性は少ないだろう。
そうなると、佐助の行動を把握しておかなくてはならない訳で、つまり……
校門を出たところで足を止め、政宗は懐から再び携帯を取り出した。
先程はデータ削除に専念していて気付かなかったが、
待ち受け画面には新着メールの受信と着信があったことを示すアイコンが表示されている。
確認するまでもなく、その相手が誰であるか政宗には容易に想像がついた。
どのみち、実家に連絡する必要はあるのだが、やはり気が滅入る。
メール画面と着信履歴を確認して、やっぱりな、と独りごちてから、
政宗は殊更にのろのろとした動作で電話を掛ける相手を選択する。
一度手を止め、舌打ちしてから、発信ボタンを押した。
携帯を耳に当て、プッ、プッと電子音が鳴るのを聞くにつれ、政宗の仏頂面が実に嫌そうな表情へと変わっていく。
呼び出し音が鳴り始めたところで、思わず電話を切りかけたが、その前に、驚くべき速さで相手が電話に出た。
『政宗様! ご無事ですか!? 政宗様!?』
電話口からでも伝わる程の勢いで、電話の相手は政宗へ呼び掛けた。その勢いたるや、政宗が口を挟む隙を与えぬ程だ。
三日に一度は連絡をいれることを条件に、政宗が一人暮らしすることへの許可が下りたのだ。
それが一週間以上音沙汰無しだった訳なので、余程心配していたのだろう。
もう少し連絡が遅くなっていれば、コイツ、家まで押しかけて来ただろうな、と政宗は思った。
「小十郎、悪かった。ちょいと色々あってな」
だから政宗も素直に詫びたのだが、それが仇となり、心配から一転、今度は説教が始まった。
それを適当に聞き流していたが、既に三人程こちらへ向かわせた、と聞かされた時は、
政宗も小十郎の心配度合いの認識が甘かったことを思い知った。
とはいえ、それならそれで丁度良い。
「小十郎、ついでだ、そいつら借りるぜ」
『……は、それは構いませんが、何がありましたか?』
「Ah……まあ簡単に言えば、マワされて写真と動画撮られた。
落とし前はつけたが、少し厄介なのがまだ一人残っている。
ネットにはまだ流されてねえと思うが、データはそいつが持ってるってとこだ」
『……』
小十郎の相槌が止んだ。怒っているのは容易に想像がつく。怒髪天を衝く状態の小十郎の顔までもが脳裏に浮かんだ。
ああ、だから面倒だったんだ。
「だから、残った奴を少し探る必要がある。
ついでに、ノシた奴らが屋上に転がってるから、後の始末は任せた。
ああ、それとお前は別の学校を探してろ」
暗に、小十郎は来るなということを含ませ、政宗はそう指示した。
先に全て命じておいて、小十郎が口を挟む余地を作らないためだ。
『……政宗様』
たっぷりの沈黙の後に、小十郎がようやく口を開いた。
が、政宗の名前を一言呟いただけで、続く言葉は何もない。
怒って、抑えて、呆れて、といったとこだろう。と政宗は思った。
『……分かりました。あと二人ほど追加して向かわせますので、ご随意にお使い下さい。
輝宗様、義様には始末がついた後、小十郎から申し上げましょう』
小十郎のため息混じりの声と言葉からくみ取れる配慮に、政宗も流石に眉尻を下げた。
微かに苦笑して、礼を言う。
「……苦労を掛けるな」
『そうお思いでしたら……たまには、仙台へも帰って来てください。
ご家族皆様も、政宗様をご心配なさっていますよ』
「ん、まあ……気が向いたらな……」
更に苦笑して、政宗はそう言葉を濁した。
小十郎はそれ以上追及せずに、佐助と男二人について幾つか政宗に確認した。
『……では、また改めてご連絡差し上げます』
「ああ」
電話を切った後、政宗は暫し仙台にいる家族たちへと思いを馳せる。
反りが合わないわけではない。
父も母も自分を甘やかすレベルで気遣ってくれているし、弟も慕ってくれている。それが分からないわけでもない。
ただ、今は家を出てしまったとはいえ、実家に戻って数年になるというのに、未だに距離感が掴めない。
あの優しいばかりの人たちに、どう接すればいいかがよく分からない。
17年程の短い人生とはいえ、その半分以上を普通でない世界で過ごしていたのだから、仕方がないといえばそうなのだが。
「……」
嫌なことまで思い出してしまったので、政宗はそこで思考を止め、代わりに足を進め、家路へとついた。