最悪な気分の時に見る夢はいつも同じだ。
真っ暗でドロドロした世界で、一人で泣いているガキがいて、
その泣き声は辺りに響く罵倒と暴力の雑音にかき消されている。
それを見ながら思う。
馬鹿な子供だ。そうやってすすり泣いているだけだから、誰にも聞こえないし、誰も助けてくれやしないんだ。
過去の残像にそう吐き捨て、それから気付く。
罵倒の声は己自身だ。




 ぴちゃぴちゃと耳元で音がする。犬か何かがすぐ近くで何か舐めているような、そんな音だ。
だが夢の続きならば、こんな間の抜けたものではないはずだ。
うっすらと目を開けると、まず薄暗い部屋の天井が目に入り、続いて何かが身体の上に覆い被さっているのを感じた。
一瞬走った寒気や恐怖と共に、ああ、あれはまだ終わっていなかったのか、と投げやりに思っていたが、
目に入ってきた天井は教室のそれでも、過去に何度となく眺めてきたものでもなかった。
覚醒しきっていない頭でゆっくりと記憶を辿った後で、
漸く政宗は己の耳に舌を這わせている男の後頭部を、握力自慢の手で掴み、己から引き剥がした。
「……アンタ、何やってんだ?」
「よお、やっとお目覚めか?」
引き剥がされて幾分かの不服をその表情に乗せていた元親だが、
すぐに己の唇をひと舐めしてから、また顔を近づけようとする。
どうやらヤル気満々のようだが、その気がない政宗の方は、今度は髪を掴んで止める。
「何サカってんだよ。やめろ」
「これでもか?」
既に服は脱がされていた。含み笑いで元親が政宗の脚の付け根を握る。
当然身体はびくついたのだが、どうも反応がおかしかった。
「……てめえ……」
すぐに気が付き、怒り露わに元親を睨み付けるが、既に十分慣らされていたらしい後孔に指を挿れられ、
すぐにその表情が異物感と快楽に歪んだ。
指に中を掻き回され、熱に浮かされた身体が疼く。
さらなるものを求めて、自然内壁が指を締め付け、奥へと誘い込もうとする。
「ほーら、こんなに食いついてきやがる」
「…るせ…っ…んっ」
抗議の声も指の数を増やして少し動かしでもしてやればすぐによがりの音に変わる。
「…っああ、っくそ…っ…」
身体中を撫で回され、好き勝手する元親といいようにされる己にそう吐き捨て、
舌を這わせる元親の顎を力任せに殴ったが、力の入らない腕では威力などあるはずもない。
それどころか仕置きとばかりに後孔の指を増やされ責め立てられ、腰が浮つく。
それに気付き、元親はにんまりと笑うと、指を抜き、政宗を四つ這いにさせた。
「入れるぞ」
宣言通り、抜かれた指の代わりに、より熱く重量のあるものが故意に内壁を擦るようにして侵入してきた。
「あ、っんん…」
ローションも使っていたらしい。滑った音を立て、ゴムを着けたそれは易々と最奥に収まった。
それから元親は僅かに身を引き、少しばかり中を探った後、探り当てた政宗の感じどころを突き上げた。
「んっ、あ、あっ」
過ぎた快楽を恐れたか、政宗が身を捩って逃れようとする。
それをさせずに元親は政宗の腰を掴み、ギリギリまで抜いてから、再度奥まで入れてそこを抉る。
羞恥も理性も殺し、快楽に溺れさせようと、わざと音を立てながら、何度かそれを繰り返す。
そのうちに、政宗の僅かばかりの抵抗も消え、自ずから元親の律動に合わせ、快楽を拾い上げていった。
「……もとちか……」
嬌声の合間に、すっかり色を帯びた声音で、政宗が元親の名を呼んだ。
繋がったまま元親が政宗の上に覆い被さるようにして顔を近付けると、
身を貫く熱の動きに艶声を上げながら、政宗は前からがいいとねだってきた。
「おう」
そう応え、ついでに唇を塞いでしばし口中を貪ってから、
元親は政宗の身を貫いていたものを一度抜いてから、政宗を引っ繰り返した。
「……雑だなおい……」
おざなりな扱いに政宗が抗議の声を上げるが、その声にも顔にも怒っている様子はない。
息を乱し、頬を朱に染めた顔で元親を見上げ、政宗は微かに笑んだ。
「ああ、やっぱこっちの方がいいな」
熱い吐息に交えてそう呟いて、政宗は腕を伸ばし、元親の背に手を回す。
「何でだ? 後ろからのが楽だろう?」
自ら引き寄せようとするその手に逆らわず、そのまま再び政宗の身を貫きながら、元親はそう問いかけた。
それに政宗が答えかけるが、元親に貫かれながら、勃ち上がっている自身のそれを弄くられ、
まともな言葉を発するのもままならなくなった。
しかも、絶え間なく零れる嬌声に当てられたか、中にあるそれがまた一段と存在を主張してくる。
「っう、ぁあ、っ」
中を掻き回され、前を弄くられ、政宗は苦しげに喘ぐ。言い損なった元親の問いへの答えを心中で口にする。
ああ、そうだ、苦しい方がいい。だって楽なんだ。
頭が真っ白になって、何も考えられなくなるから。何も考えずに済むから。
 低く短く呻いて、元親が達する。脈打ち、熱い粘液を吐き出したのが、ゴムを通してでも分かった。
こちらはまだイけない。イかせてくれない。また動く。動かされる。
苦しい。痛い。もう限界だ。イきたい。イかせてくれ。
まだダメなのか。じゃあ、しゃぶればいいのか。舐めればいいのか。
何でもする。何でもするから。頼むから。


――ごめんなさい。ごめんなさい。ゆるしてください。だから、


うるさい。
泣きながら赦しを請う子供に、そう吐き捨て、握っていた金属の棒を振り下ろした。
ぶつ、と音が途切れた。








 一週間と何日かが過ぎた。元親から聞いたところによると、
学校での出来事の後、自分は丸一日ほど眠っていたらしい。
それから元親の家にそのまま居着いて静養もとい自堕落に過ごしていたわけだが、
快復した頃を見計らって元親に寝込みを襲われたのが三、四日前。
寝て起きて食べてヤってまた寝て、と更に堕落した日々が漫然と過ぎたある時、政宗はその事に漸く気が付いた。
「……」
元親が政宗と一緒に持ち帰っておいた鞄の中を一応確認してから、政宗は元親に尋ねた。
「なあ、オレの携帯知らねえか?」
「あん時散らばってたのは全部持って来てやったぜ。ねえのか?」
テレビの前に座り込み、チャンネルを替えながら、元親はそう答える。
「ねえ。パクられたかな」
だとすれば、あの三人の誰かが犯人だろう。
携帯自体は別にいいが、実家と連絡が取れないのは少し、いやかなり厄介だ。正確には、後々厄介なことになる。
面倒だが、明日学校に行って確かめなければならない。
だが、最早行くつもりもなかっただけに、政宗は深いため息をついた。
「政宗」
テレビから目を逸らさぬまま、元親が政宗を呼んだ。
「なあ、これ作ってくれよ」
それから、丁度テレビで紹介していたビーフシチューを指しながら、ようやく政宗の方へと顔を向ける。
「……今日の晩か?」
「ああ。どうせ明日は来ないんだろ?」
また面倒なものを頼んできやがった、と思いつつ、そう確認する政宗に、元親は頷いた。
「手伝うぜ?」
それから、含みのある笑みを浮かべる。少し考え、政宗は首を横に振った。
「いらねえよ」
あれぐらい、一人で十分だ。




 次の日、職員室で担任に連日の欠席の理由を適当に説明し、
ついでにテストを受け取ってから、政宗は教室に向かった。
 入口でざっと見渡したが、まだあの三人は来ていないようだ。
話しかけてきたクラスメートの様子は普段と変わらない。
何かしらの噂は立っているかと思っていたが、そういった感じもない。
担任同様に欠席の理由を尋ねてきたクラスメートにただのサボリだと返して、政宗は教室を出る。
授業に出るつもりで来たわけではないからだ。
 だが、時間潰しにと図書室へ向かう途中の廊下で、別クラスの生徒と歩いている佐助と擦れ違った。
政宗に気付いた佐助は一瞬だけ酷薄な笑みを浮かべ、すれ違いざまに、あの二人なら屋上にいるよ、と囁いた。




「オレの携帯、どこにやったんだ?」
普段と変わらぬ口調で、政宗は二人にそう問いかけた。
答えはない。足下に転がっている男二人は、苦痛に呻くだけだ。
政宗は一つ息を吐いてから、一人の頭を蹴りつけた。
その拍子に、気をつけてはいたのだが、相手の吐いた血が飛んで、政宗の上履きに一滴付いてしまった。
政宗は舌打ちしてから、悲鳴を上げ悶絶する男にうるせえと言いながら踏みつけ、無理矢理に黙らせた。
「Shit、やっぱ汚れちまった。なかなかアイツらみたいに巧くはいかねえな」
触るのが嫌だったので、足しか使わなかったのだ。
上履きが汚れ、明らかに機嫌が悪くなった政宗に、男二人はただただ戦慄する。
 政宗が屋上に現れた時、二人は初め、舌なめずりする程に喜んだ。
獲物が再び自ら飛び込んできたと思った。
二人はそもそも同性愛者ではないし、犯すならばやはり女の方が良かったが、
ここ暫く性欲を持て余し、その捌け口を探していた。
そのタイミングで一度犯した相手が自分たちの前に、しかも一人で現れてくれたのだ。
猿飛曰く男と付き合っているらしい政宗は、確かに女には劣るが具合が良かった。
締まりもかなり良いし、勃起する程度の色気もあった。
女日照りの俺たちにカミサマホトケサマがプレゼントをくれたのだと、二人は単純に喜んだ。
 だが、近づいてきた政宗は、体格差も人数もものともせずに、
しかも二人が驚く暇すら与えぬ程の素早さで、二人を蹴り倒し、踏みつけ、足蹴にした。
加減も容赦もなかった。事実二人は今、最早まともに動けない程に痛めつけられている。
骨も折れているし、全身が自分の血に塗れている。
たまたま運良くまだ死んでいないだけで、二人は何度となく政宗に殺されると思っていた。
「……」
再びため息をついてから、政宗は面倒そうに先程の問いをもう一度繰り返した。
「オレの携帯、てめえらの内の誰かがパクったんだろう? どこにあるんだ?」
表情は不機嫌なままだったが、口調は相変わらず淡々としている。
声を荒らげることなく、そして手を一切使うことなく、政宗は義務的に二人を足蹴にしている。
ただし、一人の顎を蹴り上げ、顎が砕けたその男が大量の血を吐いたのを見て、あ、と呟いた。
これではこの男は暫く話すことはできないだろう。
「あーあ、めんどくせえ……」
そうぼやいてから、政宗は、顎を砕かれた激痛でのたうち回りながら叫んでいた男の腹に蹴りを入れて黙らせてから、
残った方の男の前でしゃがみ込んだ。
「……」
黙ったままの政宗を不審に思ったか、男は顔を上げる。
そして自分を見下ろす政宗と目が合った時、男は顔を上げたことを激しく後悔した。
 別に死んでも構わない。と政宗の左目は言っていた。自分たちの生死に、まったく興味がない。
ヤられたことへの復讐でもない。この圧倒的な暴力はあくまでも携帯を探すための手段であり、
自分たちは手がかりの一つに過ぎない。結局のところ、言おうが言うまいが関係ないのだ。
「さ、猿飛だ! あん時あいつが写メと動画撮ってたのがお前の携帯だった!」
だから男は、素直に白状した。別の手がかりを提示し、それで政宗が見逃してくれるかもしれない可能性に賭けた。
「ふーん、じゃあ、てめえらの携帯にもデータ入ってるのか?」
政宗の問いに、男は首を横に振って、送ってくれと頼みはしたが、はぐらかされてまだもらってはない、と答える。
政宗は立ち上がり、二、三度蹴りを入れて男の言葉が嘘ではないことを確かめてから、
用済みになった男にもう一蹴り入れてとりあえず気絶させた。
 気絶した二人の男を見下ろしながら、政宗はこれらをどう始末しようかと思案に耽る。
手っ取り早い方法はあるが、それを行うにはこの場所はやや不都合だ。
ガタイばかり立派な男二人を運ぶのも手間であるし、そもそもそれをするには、やはり携帯が不可欠になってくる。
ああ、それなら、気絶させる前に脅しておけば少しは時間に余裕もできたろうに、
と政宗は今更ながらそのことに気が付いた。
「あーらら」
その声に、政宗は屋上の出入口の方へと目をやった。
政宗のその視線は、普段の比ではない程の冷酷さと迫力が込められていたが、
それに怯むことなく、佐助は自身の顔に笑みを貼り付け、政宗へと声を掛ける。
「もう殺しちゃった?」
それ、と血塗れで動かない男二人を指差したが、政宗は答えない。
しかし、佐助も元から期待していなかったのか、重ねて尋ねはしなかった。
「……」
政宗は初めてまともに佐助を頭から足まで順に見た。
そして、この男はいかにもわざとらしい、と思った。
自身を演じている、とも思った。
ただ、それ以上の感想も興味も湧いてはこなかったので、本日何度目かの問いを口にした。
「オレの携帯、アンタが持っているんだろう?」
「うん、持ってるよ。返してほしい?」
あっさりと認め、佐助は懐から政宗の携帯を取り出すと、ほら、と言って政宗へと見せた。
「元々オレのだろうが。さっさと返せ」
「はいはい」
足を一歩踏み出し、佐助はそのまま携帯を放り投げた。
携帯は軌跡を描いて飛びながら、政宗へと向かって落ちていく。
それをキャッチして、政宗は携帯を開き、画面を覗き込んだ。

























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