ネコ騒動 その5
シゲルの後についてきたウサギとネコの姿を認めて、オーキド博士は目を細めた。
「お前さんたちは、そんなにシゲルくんが気に入っているのかね?
それとも、気になるのはヨサファについてかね?」
オーキド博士の問いかけにウサギはプゥプゥと鳴いたが、
オーキド博士は気にせずに、シゲルをリビングの方に案内した。
「それで、今日は何が聞きたいのかね?」
ソファに座り、オーキド博士はシゲルにそう切り出した。
シゲルは向かい合う形で、もう一つのソファに座る。
「以前博士は、ヨサファは生まれた時から本能的に姿を変える方法を知っている、
と仰っていましたよね」
「うむ。原則的にはそうなるのう。まあ、もちろん例外もあるだろうが」
「では、仮にその例外が、突然姿を変えた場合、
それは何か原因、またはきっかけみたいなものがあるのでしょうか?」
「ほう」
オーキド博士の瞳が興味深そうに輝いた。
「これはまた、面白いのう」
そう呟いて、オーキド博士はソファから立ち上がると、
ちょっと研究所の方から資料を取ってくると言い残して、リビングから出て行った。
「……シュウ、そこで爪を研ぐのはやめてくれ。
あとサトシ、後で好きなだけ穴掘りできる場所を提供するから、今は我慢しろ」
リビングでそれぞれの習性に従いかけていたネコとウサギにシゲルは声を掛けた。
「……いや、どう見てもこの柱は研いでくれと言っているじゃないか」
「シゲル、オレ、先に外に出てていい? 外なら穴掘ってもいいだろ?」
「……あのねぇ」
呆れつつも、シゲルはシュウとサトシに説明と忠告する。
「博士はヨサファについて研究しているんだ。
万が一正体ばれると、サトシ曰くすげー見られたり、
解剖されたりするかもしれないんだぞ」
そう脅かしていると、オーキド博士が戻ってきた。
「いやー、待たせてすまんかった」
本と紙の束を抱え、ソファの手前にあるテーブルにどさっと置くと、
よっこらせ、と再びソファに座った。
そして、持ってきた本をぱらぱらと捲り、シゲルに声を掛ける。
「考えられる原因はいくつかあるが……」
シゲルはオーキド博士に向き直った。
ウサギが外に出ようと、閉められた窓ガラスに向かって行くのが視界の端に映ったのが若干気になった。
「端的に言えば、エネルギー不足の解消じゃよ」
オーキド博士の思わぬ言葉に、シゲルは目を丸くする。
「エネルギー、ですか?」
「うむ。ヨサファは、力学的にはまだ立証されていない、
ある種のエネルギーを使用して姿を変えるという説がある」
霊力や妖力みたいなものじゃよと、オーキド博士は付け加えた。
「その個体は、生まれつきそのエネルギーが少なかった。
だから今まで変身できなかったんじゃよ」
「……」
ウサギを止めに追いかけていったネコのおかげか、激突は免れたようだが、
それでも窓ガラスにぶつかって驚いたのか、ウサギが鳴き声を上げていた。
それを気に掛ける風を装って、シゲルは思わずウサギとネコに目を遣った。
オーキド博士は気にする様子も無く、話を続けた。
「そのエネルギーが、何らかの形で補給されたとする。
それで変身できるようになった、というわけじゃ」
「……何らかの形、というのは……?」
シゲルは一応尋ねてみる。
オーキド博士は少し考えてから、口を開いた。
「……例えば、同じヨサファがエネルギーを分け与える」
内心ぎくりとしたが、シゲルはオーキド博士を見返し、次の言葉を待つ。
「または、そういうエネルギーが満ちている場所――パワースポットとか言ったかのう――
そこで補給する、などじゃな」
ここで博士は、また相好を崩した。
「まあ、全て仮定の話じゃよ。何しろ、証明ができんからのう」
いまだ脱出を諦めきれないウサギを見かねてか、自分も出たくなったのか、
ネコがシゲルのそばで一鳴きした。
「すごいな! オレ、人間の家に入ったの初めてだ!
タケシに自慢してやろーっと!」
博士の家から出てきて、シゲルの秘密の抜け道の近くまで来たところで、
我慢できずにサトシが口を開いた。
果たしてカメは人間の家に入りたがるものかは知らないが、
シゲルは、良かったな、というだけに留めておいた。
「で、シュウ、博士の話聞いてたかい?」
「大まかには」
シゲルの問いかけにシュウは頷き、見た目上の一人と一匹はサトシに目を遣った。
それから、シュウはじりじりとサトシに近付いて、その前足に自分の前足を重ねた。
いつもの煙の後、ネコの姿が人間のそれに変わった。
「……」
「……これは、博士の説が正しいとするべきなのかな……」
微妙な表情で沈黙しているシュウにシゲルはそう声を掛ける。
どう見てもサトシに自覚はないので、無意識にそのエネルギーとやらを分け与えていることになる。
「えっ、どうしたんだ? 何か分かったのか?」
一羽だけ状況を掴めていないサトシは、二人を見上げて、
オレにも教えろとピョンピョン跳んで訴える。
シュウがげんなりとしているので、シゲルが代わりに答えた。
「……つまり、君が無意識のうちに、シュウを変身させたってことだよ」
「ええっ!」
文字通りビックリしているサトシに苦笑を返し、
シゲルはちょっと考えてから、シュウに向き直った。
「シュウ、一度ネコの姿に戻ってから、また人間に変身できるかい?」
「……」
シュウは無言でネコの姿に変わるが、その後は人の姿には変わらなかった。
どうやら、現時点では、一回の接触で、二回の変身が限度らしい。
まあ、この様子ならシュウ自身はもう変身のコツを掴んでいるようなので、
いきなり触ったからと言ってもう暴発はしないだろう。
それをシュウに教えてやると、少しだけ安堵はしたようだった。
「だけど、もうこれ以上、君たちに関わりたくない」
結果的に、シュウの指摘通り、原因はサトシにあったわけだし、
シュウは本当に巻き込まれただけだった。
これ以上の厄介事はごめんとばかりに、そう言い放ち、シュウはその場を後にした。
しかしすぐに戻ってきて、ばつが悪そうに尋ねてきた。
「トキワシティにはどう行けばいいんだ?」
ここでようやくシュウの方向音痴に気が付いたシゲルは、
何となくこの先も関わることになるんだろうなぁ、と思いながら、
シュウを送ってやろうと一歩踏み出した。