ネコ騒動 その4


 外は快晴。お日様は窓ガラスを通して体をぽかぽかと暖めてくれる。
時折耳に入る葉擦れと鳥のさえずりが何とも眠気を誘う。
平和だなぁ。
うとうとしながら欠伸をして、シゲルは何度目かの月並みな感想を抱いた。
 不意に窓ガラスから見える庭の繁みが不自然にガサガサと動いた。
飼い主である博士の家の庭はとにかく広い上に草っぱらや林や池や山まである。
しかもその境は曖昧なので、面したマサラ山に棲む動物たちがよく入り込んでくる。
一応、境に柵はあるのだが、シゲルの秘密の抜け道のように余り意味をなしていないからだ。
 だから、予想通り繁みから出てきたタヌキの姿を認めて、シゲルはまた気を抜いた。
身体を丸め、これは本格的なお昼寝タイムだなと呑気に思う。
 またタヌキだかキツネだかがゴソゴソと繁みで音を立てた。
今日は天気がいいせいだろうか、などと半分寝ぼけていたのだが、
次に聞こえた声に驚いて顔を上げた。
「だから、迷っているのに何でどんどん進んじゃうんだよ!」
「もう少し行ったらこの森から出られるかもしれないじゃないか」
「それさっきも聞いたぞ」
見知らぬ誰かと賑やかに言い争いながら、サトシ(ウサ耳付き)が現れた。




 眠気も吹っ飛んだシゲルは、人の気配が無いのを確認してから素早く人間に姿を変え、
いとも容易く窓の鍵を開けて庭へと出ると、全速力でサトシの元へ駆け寄った。
「サトシ!」
「あっ、シゲうぷっ」
シゲルの姿を認め、その顔に喜色を見せたサトシだったが、
最後まで言わせてもらえずに、シゲルにそのまま抱き締められた。
腕の中でもごもごと動く感触が懐かしくて嬉しくて、シゲルは暫く感慨に浸っていた。
「サトシ、どうしてここに?」
サトシの抱き心地を堪能した後で、漸くシゲルは腕の中のサトシを覗き込む。
「え、そりゃもちろんシゲルに会いに来たんだけど」
直球な答えにシゲルは赤面しそうになるが、
そこはそれ、流石に他人(?)の目があるので何とか堪えた。
他人の目?
 衝動と勢いが落ち着いたシゲルは、呆気に取られている少年に漸く目を遣った。
白衣に空色の袴姿は見るからに神社の人だが、
その頭に付いている黒い三角耳や腰の辺りでゆらゆら揺れている黒い尻尾はどう見ても人ではない。
ところで、未熟なサトシはともかく中途半端に人間に姿を変えるのは最近の流行りなのだろうか?
「サトシ、こちらのヨサファは?」
シゲルがなかなかこちらに構ってくれないので、シゲルの腕の中で口を尖らせていたサトシは、
いきなり話しかけられたので、思わず耳を立てた。
その耳はシゲルの顔に直撃したのだが、
シゲルはとりあえず、痛くはなくむしろ触り心地はいい、とだけ思った。
「僕はシュウ。君が姿を変える方法を知っていると聞いてやって来たんだ」
「あ、そうそう、シュウがシゲルに会いたいんだってさ」
「ゴメン、もう一度言ってくれるかい?」
シゲルの質問に対するサトシの回答と、
このままでは埒があかないと判断した少年からの切り出しが被ってしまっては上手く聞き取れない。
シゲルの言葉にシュウとサトシは一瞬顔を見合わせ、またも同時に口を開いた。
「だからシュウがシゲルに会いたいんだって」
「どうすれば元のネコの姿に戻れるんだ?」
「だから被せるなってば!」




 それから暫く、シュウの状況を説明されたシゲルは、腕を組んで呻った。
「……今まで変身したことないヨサファねぇ……」
上手い下手は抜きとして、ヨサファなら本能的に姿を変えることが出来るはずなんだけど。
シゲルはシュウの方に目を遣り、一応尋ねてみる。
「……念のため聞くけど、本当にどうやって姿を変えるか分からないんだよな?」
「知っていたらわざわざここに来ようなんて思わないさ」
それはシュウにとっては自分の方向音痴ゆえの発言なのだが、端から聞けば嫌みにしか取れない。
シゲルは少し眉を顰めたが、肩を竦めるだけに留めておいた。
「……まあ、どのみち博士に見つかると面倒だから、
 とにかく元の姿…君もネコだっけ?に戻ってもらわないとね」
「博士? 博士って人間の? シゲル、オレたち博士のところにいるのか?」
シゲルの言葉に、サトシは目を輝かせ、シュウは若干驚きながら呟いた。
「勘に任せてみるもんだな……少しは改善されたのかもしれないな……」
シュウの独り言に若干不吉なものを感じながらも、シゲルはサトシの言葉に頷いた。
「そうだよ、ここは博士の家兼僕の家。研究所でもあるけどね」
「研究所? 研究所って、何か変なの使ってオレたちをすっげー見るところだろ?」
それぐらいは知っているぞと、胸を張るサトシに適当に相づちを打ってから、シゲルは付け加えた。
「博士、外出中だけど、そろそろ戻ってくる頃なんだ」
だから、とりあえずはサトシとシュウのこの中途半端な姿をどうにかしなければならない。
博士の研究内容から考えれば尚更だ。








 家から聞こえた物音に、サトシのウサギの耳(まだ出たまま)がピンと立った。
「シゲル、家から何か聞こえたぜ」
「……博士が戻ってきたみたいだ。
 君たち、ウサギとネコに戻ってくれ。今すぐ」
流石ウサギだ、と思いつつも、シゲルはシュウとサトシを急かす。
既に姿を変える感覚は教えている。
シュウは意外と飲み込みが早かったので、たぶんもう戻れるはずだ。
サトシは、むしろ戻った方がいいだろう。
「シゲルは戻らないのか?」
あたふたしながらも尋ねてくるサトシに、シゲルは微笑した。
「丁度良いから聞いてみようと思って」
「シゲルー、おらんのか?」
例の煙が立つと同時に初老の男が先程シゲルが出てきた窓をガラリと開けた。
「すいません、オーキド博士、また勝手にお邪魔しています」
シゲルはすました顔で男――オーキド博士にそう言った。
「おお、シゲルくんか。久しぶりじゃのう」
シゲルの姿を認め、オーキド博士の顔が綻んだ。
「ネコのシゲルくんの方は、外に出たがっていたので出してしまいましたよ」
「そうかそうか、暫く出していなかったからのう。
 ところで、シゲルくん」
オーキド博士はシゲルからシゲルの足下でぽかんとしている白ウサギと黒ネコに目を移した。
「ウサギとネコとは珍しい組み合わせじゃのう?」
オーキド博士に見られたウサギはキィキィと鳴いて、
シゲルの着物の裾に隠れようと試みている。
一方ネコの方も平気な風を装っているが、ヒゲを先までピンと立てて、警戒している。
「ああ、この子たちは知り合いみたいですよ。
 本当に珍しいですねぇ……」
そういえば、シュウはネコのくせに、どうしてサトシを狩ろうとか思わなかったのだろうか、
とシゲルは今更ながらに考えた。
シュウがベジタリアンであることをまだ知らないシゲルは、
野良ネコのくせにのんびりしたやつだなぁ、と、勝手な結論に達した。
「ところで博士、またヨサファについて色々と教えて頂きたいんですが」
ネコとのスキンシップを試みて、ネコに尻尾でパチリとはたかれていたオーキド博士は、
シゲルの言葉にしゃがんでいた腰を上げた。
「シゲルくんは本当にヨサファが好きじゃなぁ。
 構わんよ、お前さんの着眼点はなかなか面白いからのう」
上機嫌でオーキド博士はシゲルを部屋に入るように促す。
シゲルは一度しゃがんで、まだ裾に隠れているウサギと、毛繕いしているネコに声を掛けた。
「大丈夫だから、ついておいで」
そして、オーキド博士の後に続いて、建物の中に入っていく。
ウサギとネコは顔を見合わせてから、恐る恐る建物の中に入った。

























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オーキド博士はシゲルとネコが大好きです。