ネコ騒動 その2


 マサラ山の麓、マサラタウンの隣に、トキワシティという街がある。
その名が表すように、緑豊かなトキワシティは巨大な森が近いこともあって、自然、獣たちが集まってくる。
街の人間たちも慣れたもので嫌な顔をするものは少なく、街全体の雰囲気が何となくまったりしているのだ。
そんなトキワシティに、自身曰く山あり谷あり苦難の道を乗り越えてやってきた、一匹の黒ネコが棲んでいる。
 のだけれど、
「ここはどこだ…」
私はだあれ、とおなじみの台詞が続きそうな月並みな言葉を吐き、黒ネコは頭を捻った。
この黒ネコ、名前をシュウといい、人間設定時そのままに彼の帰巣本能は限りなく弱い。
今日も今日とて散歩に出たのが運の尽きで、シュウは方向音痴っぷりをいかんなく発揮していた。
「田舎だから…マサラタウンかな…」
割とマサラタウンに対して失礼なことを言いつつ、シュウは実際そうだったらいいな、と思う。
マサラタウンなら、何度か迷い込んできたことがあるので、少しは勝手が分かりそうな気がしたのだ。
「…あの家、見覚えあるような無いような…」
近眼なネコながら、すぐ近くにある家ぐらいなら見えるので、シュウはそちらに近寄りじっと見つめる。
「……」
屏の上から伸びる桜の木、やっぱり見覚えあるような無いような。
暫く呻っていたが、判断がつかない。
「ま、別に二、三日帰れなくても大丈夫なんだけど」
食事は済ませたばかりだったし、シュウは野良ネコなので捜索されるような相手もいない。
それに、彼には他のネコと違う特徴がある。
マサラタウンかはまだはっきりとは分からないが、
ここもトキワシティに負けず緑豊かなので、食べる物には困らないだろう。
普段よく迷うだけに緊張感も緊迫感もあまり生じずに、
ついでに春の陽気も手伝って、ネコの名の通りシュウを眠気が襲う。
どこか日当たりの良い場所で一眠りしようか、と昼寝場所を求めシュウが再び歩き出した時だった。
「…?」
ここからはよく見えないが、シュウのいる場所の先にある角の方が何だか騒がしい。
何だろうとシュウが訝しげに曲がり角の方に目を向けた時、
何か大きなものが角を曲がってシュウの目の前に現れた。
「うわぁっ!」
シュウに驚いたのか、曲がった先に生き物がいたことにビックリしたのか、
その大きなもの――何故か白くて長い耳を生やしている人間?――は大声を出し、
その瞬間にその人間らしきものを不思議な煙が覆う。
そして煙が消えると共に現れたのは、一匹の白ウサギだった。
「!?」
煙と白ウサギ両方に驚き、シュウは暫し二の句が継げない。
「ネ、ネコ!」
白ウサギの方が先に驚きの声を発し、わたわたと慌てて逃げようとするが、
混乱のせいか側の屏にぶつかり尻餅をつく。
「…大丈夫か?」
シュウが呆れながら声をかけると、白ウサギはキィキィと鳴きながら訴えた。
「た、食べないでくれ!」
ネコに向かって言う台詞じゃない台詞を口走る白ウサギを更に呆れて見遣り、シュウはため息混じりに呟いた。
「食べないから少しは落ち着いてくれ」
「へ?」
白ウサギは間抜けた声を出し、目を見開きシュウを見つめる。
「…何で食べないんだ? ネコって肉食だろ?」
そういうことをわざわざ聞く前に逃げればいいのに、
ていうか普通はさっさと逃げるよな、
と思いつつ、シュウは答えてやる。
「確かにネコは肉食だけど、僕は肉食じゃないから」
「???」
見るからに頭に疑問符を浮かべてそうな白ウサギに苦笑しつつ、シュウは自分の特徴を教えてやった。
「僕は、ベジタリアンなんだ」




「ベジタリアン…?」
白ウサギは相変わらず目を点にしている。
その様子にシュウは白ウサギが意味を知らないのだろうと思い、説明してやった。
「ベジタリアン、菜食主義者のこと」
「いや、それは知ってるけど」
「それは意外だったな」
思わず口をついて出た嫌味だが、白ウサギは気付いていないのか、
反論も怒りもせずに珍しいものを見る目でこちらを見つめている。
「…ネコって珍しいやつ多いな」
やがて白ウサギは自分なりの納得をしたのかそう感想を零し、
自分に害がないと判断したらしく、緊張を解いて笑いかけてきた。
ネコのくせにベジタリアンな自分も変わっているだろうが、
このウサギも相当だな、とシュウは心の中で思った。
そして、そういえば、さっきの人間っぽい姿は何だったのだろう、とか今更ながらに思う。
そのあたり、本人はそうは思っていないが、
ベジタリアンなことのみを変わっていると思っているシュウもかなりのものだ。
「オレ、サトシ。マサラ山から来たんだ」
気さくに話しかけてくる白ウサギもといサトシの言葉に、シュウは安堵した。
「マサラ山? じゃあここはやっぱりマサラタウンなのか」
「え、ここマサラタウンだろ? 違うのか?」
初めて町に下りてきたサトシなので、シュウの発言に少し不安になる。
「たぶんマサラだろう。やっぱり見覚えある気がするし」
「じゃあいいや」
曖昧だけれども、シュウの言葉にサトシは安心したようで、
だったら、と突然別のことを尋ねてきた。
「なぁなぁ、シゲル知らない?
 あれ、ていうかオレまだお前の名前聞いてなかったな、お前、誰?」
なかなかに礼儀を欠いた台詞なのだが、サトシの勢いに圧されたのか、彼のペースに乗せられたのか、
シュウは意外と素直に名前を名乗り、質問にも答えてやった。
「シゲルって、博士のところの?」
噂に聞いたぐらいだが、確か、博士のところにそんな名前のネコが飼われていた。
「知ってるのか!?」
シゲルを知っているであろう者に漸く行き当たり、サトシはシュウに更に詰め寄る。
「なぁなぁ、シゲルどこにいるんだ? あと、博士って誰?」
目を輝かせて近付いてくるサトシに思わず押され、シュウは一歩下がった。
「何でも、博士は動物のことを色々調べてるらしい」
「何で?」
「僕が知るはずないだろう。
 で、博士の家に目の色が右と左で違うネコが飼われてるって聞いたことがある」
「シゲルだ!」
サトシは周りをピョンピョンと跳び回り、喜んでいる。
そして、呆気に取られているシュウの背中に親しげに前足を置いた。
これがウサギ以外の動物にしてしまうサトシの癖なのだ(本人は親愛の表現と思っている)。
 その時、突然あの特有の煙が立ち、サトシとシュウを包む。
あれ、オレ変身するつもりないのに、とサトシは首を捻った。
変身が苦手で、驚いたりするとすぐに元のウサギに戻ってしまうサトシだ、
無意識に変身してしまうことなんて今まで無かったのだ。
だから不思議に思うが、とにかくもシュウの方が驚いているだろうと思い、
彼に説明しようとサトシはシュウの方に顔を向けた。そして、驚愕した。
「…シュウって…ヨサファだったのか?」
サトシの隣には、緑色の髪の少年(黒耳&尻尾付き!)が呆然と立っていた。




まだ続く!

























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白ウサギはみんなの優しさでできています。
でないとこのウサギ、野生じゃ絶対生きられない…!