不完全燃焼ライバル対決
「こう?」
ぽふんと姿を変えるサトシに、タケシは苦笑した。
「手足は申し分ない。しっぽもちゃんと消えてる。
だけどなぁ…」
視線の向かう先は、頭から生えた大きな白耳。
「…あんま見るなよ」
何しろ大きな耳なのでほとんど無意味だが、サトシは唇を尖らせながら手で耳を隠した。
「耳だけが変えられないなぁ…」
何度やっても、どんなに頑張っても、サトシの頭からは白い物体は消えなかった。
耳ってそんなに変えにくいものなのだろうか。
大きい分、変えにくいんだろうか。
呆けたようにサトシの白耳を見つめたまま、タケシはそんなことを考えていた。
「タケシ、耳消えないままだったら、オレどうすればいいんだ!?」
しかし、サトシの切羽詰まった声に我に返る。
「どうって、ヨサファだからって別に無理に変身できなくたって…」
「ダメだ!変身できるんなら、変身した方が面白そうじゃないか!!」
えらい真剣に変身の練習してるな、と思ったら…
まあ、好きこそ物の上手なれって言うしなぁ。
下手の横好き、とかは考えないことにしておこう。
「タケシ、聞いてんのか!」
「あ、聞いてる聞いてる。
まあ、そんな焦らなくても、いつか出来るようになるさ」
あまり考え込まないようにと、軽い調子で励ます。
サトシは不満そうだったが、タケシの言うことも一理ある、と考えたのか、特に何も言い返さなかった。
「と、いうわけで、タケシがオレに色々と教えてくれたんだ」
「…ふーん」
カメがねぇ、とあまり面白くなさそうに、シゲルは相づちを打った。
しかし、はたと気付く。
「ちょっと待ってくれ。ってことは、まさか、その…」
「何だよ?」
口ごもるシゲルを怪訝そうに見上げ、眉を寄せた。
「……あの、この前、僕が君にしたようなことも…?」
「?」
首を傾げるサトシに、出来るだけ曖昧に、それでいてなるべく分かるように説明する。
だって、あからさまには言いたくない。
「ああ、アレ? うん」
事も無げに頷かれ、暫くは二の句が継げなかった。
「タケシはホント物知りだよなぁ」
その間に、尚もタケシのことを褒めちぎるサトシに、シゲルは少々むかっ腹が立った。
「会わせてくれ」
「え?」
「そのカメに!」
「え、タケシ?
って、今から!?」
夕暮れも近くなりつつある時で、良い子はお家に帰る時間だ。
凄んでくるシゲルにやや怯みつつ、しかしサトシは首を振った。
「…ヤだ。今頃行ったら怒られる」
「誰に?」
「タケシとママに!」
「どうしても?」
「どうしても!」
「……分かった。じゃあ明日ならいいだろう?」
しぶしぶと引き下がる。
そしてシゲルは、明日見えるであろうライバル(勝手に認定)に静かに闘志を燃やし、
一人置いてけぼりをくらったサトシは、静かに首を傾げるのだった。
そして翌日、ニビ池にウサギとネコという不思議な組み合わせの一羽と一匹が現れた。
「タケシー!オレだよー!」
「サトシ!オレオレ詐欺と疑われるから、ちゃんと名前を名乗りなさいって言ってるだろう!」
サトシの呼びかけに、すぐにお説教がプラスされた返事が返ってきた。
その後暫くしてから、灰色のカメが池のほとりから顔を出した。
側まで走り寄っていき、サトシは先程の説教など聞いていないかのごとく笑顔で挨拶した。
「タケシ、こんちはー」
「…こんにちは、サトシ。
今日も元気そうだな」
サトシの笑顔につられ、タケシも目を細めるが、すぐに後ろにいるネコに気が付いた。
「…もしかして、シゲル?」
「ああ、そうだぜ。
タケシに会いたいって言うから連れてきたんだ」
シゲルの代わりにサトシが答える。
シゲルは愛想の一欠片もなく、むしろ睨むようにタケシを見ている。
あ、すごい敵視されてる。でも何で…?
瞬時にそう理解し、同時に疑問が浮かび、タケシはさてどうしたものかと考える。
「えーと…ランチにしますか?」
「あ、食べたい〜」
これまたサトシが代わりに答えた。
お昼。
「サトシ、物を食べるときには、あまりきょろきょろしないように言っただろう」
食事中のタケシのお説教に、サトシは不満そうに言い返した。
「だっていつ襲われるか分からないじゃないか」
「そういう時の為に、その大きな耳があるんだ。
動かすのは耳だけにしておきなさい」
タケシの言い分に、
まあ、確かにそうだな、
とサトシでなくシゲルが妙に納得してしまった。
お昼過ぎ。
「タケシ、オレ、もう我慢できない…!」
確かに身体全体がウズウズしていた。
シゲルが何事かと思って見守っていると、
タケシは少しも慌てずにサトシを手招きした。
「ここだったら、心おきなくしていいから」
タケシの指差す先には、軟らかそうな土が。
サトシが目を輝かせる。
「サンキュー!」
そう言うがいなや、ダッシュで走り寄り、
そこを一心不乱に掘り出した。
「……」
呆気に取られているシゲルに、タケシは教えてやった。
「ウサギの習性なんだ」
「……」
むしろ趣味じゃないのか、とシゲルは思った。
夕方。
「シ、シゲル!サトシを知らないか」
弟ガメたちの世話で、ちょっと目を離した隙に、サトシがいなくなってしまったのだ。
「……」
シゲルは無言で、ある方向を指差した。
その方向をタケシが見れば、
どうやって登ったのか、結構な高さの岩場のてっぺんで、
足をぶらぶらとさせながら、サトシが楽しそうにそこからの景色を眺めていた。
シゲルの説明によると、サトシは器用に足場をジャンプしていき、てっぺんまで登ったということだった。
「ウサギのジャンプ力って侮れないな」
シゲルが感想を漏らすが、タケシは構わず下からサトシに向かって呼びかけた。
「サ、サトシ、そんなとこにいるとタカに襲われるぞ…!
降りてきなさーい!」
「分かった〜今降りる〜」
元気な声が上から聞こえ、サトシは登った時と同じように、楽しそうにジャンプしながら降りてくる。
だが心配のあまり、タケシは岩場の下で無闇やたらウロウロしている。
それを見ながら、今日一日観察を続けていたシゲルは漸く結論を出した。
こいつはライバルじゃない、保護者だ。
それ以降、シゲルのタケシに対する態度は優しくなった。