お礼は?
後者のサトシは、シゲルの提案に嬉しそうだったが、ふと思い立つ。
「でもさ、いつ教えてくれるんだ?
っていうかさ、お前いつ来るの?
お前がまた来るの、オレずーっと待ってたんだぜ。
こっちから探しにも行ってみたけど、柵の先には行けないし」
「……待ってた?」
思わぬ言葉に、シゲルの目が丸くなる。
サトシは頷いた。
「だって、お礼するって言っただろ?
そうだよ、あの時はありがとうな」
向き直って、座ったままだが、深々と頭を下げる。
ついでに耳も垂れる。まあ、それは別にいい。
「あの時は助かったよ。
実はママが怪我しちゃってさ、薬草探している途中だったんだ」
「……」
そうか、それであんなに急いでいたのか。
いやいや、それはひとまず置いておくことにする。
「……まさか、お礼って本気だったのか!?」
「はあ?
オレ、ウソなんかつかねーよ。
助けてくれた相手には、お礼をしろって言われてるんだ」
驚き呆れて言葉が出ない。
やっぱり、このウサギはバカだ。
いくらお礼をするためと言ったって……
彼は自分がウサギで、こちらがネコと言うことを失念している。
「……君さ、やっぱりバカだよね」
「む、何だよ、それ」
お礼をしにきた相手に、その言いぐさは何だ。
サトシはまた気分が害される。
だが、シゲルは呆れた様子のままで、一つため息をついた。
「君さ、ウサギだよな?」
「そうだよ、だからどうしたんだよ」
ちょっぴし機嫌を悪くしたまま、サトシは頷いた。
「で、僕はネコ」
シゲルの意味することに気付かずに、サトシはむっとしたまま更に問う。
「知ってるよ、だから何が言いたいんだよ?」
頬杖をついてシゲルを見上げた。
「……」
まだ分からないのか。
まあ、後者だからしょうがない、のか?
シゲルはもう一つため息をついてから言った。
「ネコって、肉食なんだけど?」
「……」
サトシはしばらくの間、シゲルの顔をじっと見上げていた。
が、やがてさーっと顔が青ざめる。
「……」
言葉が出ずに、口だけパクパク動かし、
少しの間あたふたした後、サトシは一歩シゲルから後ずさった。
「……ち、ちなみに昨日の晩ご飯は……?」
笑顔を作って、冗談交じりにそう尋ねてみるが、その笑顔は引きつっている。
「……とてもおいしい魚でございました」
「そ、そうですか……じゃあ、その前の日は……?」
もはや、何を言っているのか、本人にも分かっていないだろう。
シゲルはサトシの変わり様を観察しつつ、答えた。
「確か、肉を食べました」
何の肉かは忘れたけど。
「……」
掘りまくった墓穴に嵌るかのように、サトシはその場に座り込んだ。
腰が抜けたのだろうか。
「た、食べるの……?」
少し涙目になって、見上げてくる。
意味するところは、自分も食べるのか、ということ。
で、どう答えろと言うのか。
「……食べていいの?」
逆に問い返すと、サトシは蒼白のまま、目を泳がせた。
話す言葉を探しているのか、逃げる算段をしているのか。
しばし、誰も何も喋らなかった。
しかし、とうとうサトシはごくんと生唾を飲み込んだ後、どもりながらも言葉を発した。
「い、いい、よ……」
「……!?」
おいおい、まさかこう来るとは。
シゲルが呆気に取られていると、
サトシがつっかえながらも、話を続けた。
「あ、あの時シゲルがい、いなかったら、
ママ、た、助からなかったかもしれないし、
お礼は、しないといけないし……」
段々どもらなくなってきたが、同時に声は小さくなっていく。
律儀にお礼に縛られて、自分のことはいいのか?
白ウサギのくせに赤目ではない、変わったヨサファのウサギは、性格までもが変わっている。
興味がわいてきた。
それはもしかしたら、最初に会った時からだったかもしれない。
仕方がない、それは認めよう。自分はまたこのウサギに会いたかった。
「……じゃあ、せっかくだから、頂こうかな」
文字通り、死刑を言い渡された被告人のように、
分かっていたことではあるが、サトシは愕然となった。
が、身体を震わせて、ぎこちなく頷いた。