道しるべ verシゲル





あの日指し示された道しるべ。
その時から、もう決まっていたことだ。
答えは、簡単だ。


だけど、どうして?




耳にかかる息が熱い。縋り、背中に回されてくる腕も温かい。
「あ…っ…んっ!」
彼を上にした状態で貫けば、彼自らの体重で奥まで突き刺さる。
そして腰でも動かしてやれば、行為自体に慣れ始めた身体は過ぎた快楽に我を忘れて乱れてしまう。
目尻に涙を浮かべ、目の前の欲に溺れて夢中で名前を呼ばれた。
だけどこれは単に生理的なもので、
それは欲しかったものとはかけ離れているのだ。


最後に、彼が微笑みかけてくれたのは、いつだっただろう。








誰かいたような気がして目を開いたが、そこはいつもの部屋で、誰かいるはずもなかった。
「……」
残夢感と共に暫くまどろみ、シゲルは重い身体を起こそうとした。
しかし起きかけたところで眩暈と吐き気に襲われたので、諦めて再びベッドに身体を預けた。
「……」
頭痛までする。熱の具合を見ようと額に手を持って行くと、冷えたタオルに当たった。
タオルを換えたのは結構前のはずだ。
にもかかわらず温くないということは、やはり誰かが部屋に入ってきて取り替えてくれたのだろうか。
誰か、と言っても祖父しかいないだろうが。
また、迷惑をかけてしまった、とシゲルは軽いため息をつき、再び目を閉じた。
このまま寝ても、先程の夢の続きを見ることになりそうだとは思ったが、
どうせ起きていても頭に思い描いてしまうだろう。
彼に、はっきりと嫌いだと言われた時のことは。








二度目の時だ。
一人裏山でぼんやりとしていたら、サトシが少し離れた繁みからこちらを窺っているのに気が付いてしまった。
「……いつまで、覗いているつもりだい?」
声をかけると、繁みがガサガサと音を立てた。
そんなにも動揺するのに、どうしてここに来るのかが分からなかった。
「何か用かい?」
そう言うと、サトシは固い動きで姿を現した。
「……」
俯いたままのサトシにもう一度言った。
「…何か用か、って聞いてるんだけど?」
妙に冷たい声が出るな、と思った。
サトシはシゲルから顔を背けたまま、弱々しい声で言い返した。
「……オ、オレが何しようが、お前には関係ないだろ」
そうだ、もう糸は切れてしまった。
「…まあ、そうだな。君がどこで何をしようと、僕には何の関係もない」
だから、もう近付かないでくれ。
 シゲルは立ち上がった。その動きにサトシが過剰に反応する。
「……じゃあな」
そう呼びかけ、山を下りようとサトシの横を通り過ぎると、
何故かサトシに呼び止められた。
「ま、待てよ!」
自然に足が止まるが振り返ることはできず、シゲルはそのままで何とか声を出す。
「…何?」
呼び止めたもののサトシは少しの間黙り込んでいたが、すぐに口を開いた。
「ど、どこに行くんだよ?」
何故、そんなことを聞くのかが分からない。
「……君がうるさいから、もう帰るんだよ」
いつもの自分を取り戻そうと、憎まれ口を叩いてみるが、
自分自身にも、そしてサトシにも大した効果は無いようだ。
「…別にオレは、うるさくなんてしてない…」
まるで独り言のような呟きだったが、シゲルは更に続けた。
「僕はうるさいと感じたけどね」
口で勝つのはいつも自分だった。
だけど言い負かせばいつもサトシは怒り出した。
これでサトシが怒り出せば、前みたいに戻れるだろうか。
戻りたいのか、僕は?
不意に生じた疑問を嘲笑い、切り捨てた。
何を今更。
壊したのは自分自身に他ならないのに、
もう手遅れだというのに、
自分はまだ縋ろうとしているのか。
自分に呆れ果ててため息をつくと、サトシは微かに身動いだ。
「……」
足りないのだろうか。そう思うと胸が疼いた。
「…君、何がしたいの?」
サトシの方に振り返り、シゲルは自分に向ける感情を以てサトシを冷たく見た。
壊し方が足りないから、近付いてくるのだろうか。
だったら…
「わざわざ呼び止めて、一体何がしたいんだ?」
止まらない感情。
凶悪な感情。
これを抑えたくて、君を遠ざけたのに。
「僕のことなんて放っておけばいいだろう。それとも…」
シゲルはサトシにゆっくりと近付いていく。
目の前に立った時、サトシは怯えた目でシゲルを見つめた。
その瞳には恐怖しか浮かんでいない。
当然だ。
二度と傷つけたくないから、傷つけたのに。
それなのに近付いてくるのは、お前だ。
 シゲルはサトシの左腕を掴んだ。
「また、してほしいのか?」
またこうやって傷つけろと?
「……っ!」
サトシは咄嗟にシゲルの手を振り払おうとする。
それをさせずに、シゲルは腕を掴む手に力を込める。
「……近付いてくるから、こうなるんだろ?」
腕に力を込めていくと、痛みにサトシは顔を歪めた。
「…振り解いて見せろよ、君ならできるだろう?」
「…っ、はな、せっ!」
サトシは腕を動かそうとするが、その力は彼にしては信じられない程、弱々しい。
「できないはずないだろう?君の方が力は強いはずだ」
そう追い詰めるが、自分への恐怖からサトシの抵抗が弱々しくなっていると、シゲルには分かっている。
だから、更に追い詰める。
この凶悪な感情を、もう一度だけ表に出して、
そしてもう一度だけ、君を壊してしまおう。
 動揺するサトシを見下ろし、シゲルは唇の端だけつり上げた。
「……本当は、してほしいんだろう?」
「違うっ!」
「違わないさ」
「違う違う!」
泣きそうな顔で、サトシは必死に否定する。
「じゃあ…確かめてあげるよ」
胸が疼く。
だけどこれは、ただの自分勝手な哀れみに過ぎないのだ。
だからシゲルは、そう言って、一瞬動きを止めたサトシのTシャツを首まで一気にめくり上げた。
「やめろっ!!」
振り解こうと振り上げられた腕を掴み、片手で両手をサトシの頭の上で木に押さえつけ、
反対の手を使って首に掛けていたペンダントの紐でサトシの両手を縛り付けた。
「いやだ!!」
絡まるその紐を外そうと、もがき始めるサトシに、シゲルは自嘲気味に言った。
「あんまり乱暴にしないでくれよ。一応それ、形見なんだから」
「……!」
何故自分がそのことを言い出したかは分からないが、その言葉にサトシは動きを止め、シゲルを凝視した。
「……まあ、別にもういいんだけど、ね」
自分で自分を打ちのめすような言葉を吐くと、何故かサトシが顔を歪めた。
「何がもういいんだよ」
言い縋るサトシに、目を向ける。
「形見なら、大切なものなんだろ。だったら、そんな…」
「……」
ああサトシ、君は優しいな。
シゲルは微笑み、その笑みにサトシは不可解な顔を向ける。
「…あいにく、これに縋るほど、良い思い出なんて無いんだよ」
君が優しいから、
代わりに傷ついてくれるから、
だから僕は…
生じた感情を振り払い、シゲルは手を伸ばす。
「…いやだ…」
その言葉は、たとえ口から放たれても、意味を為さなかった。




成果はきっとあったはずだ。
貫こうと、腰を進めようとした瞬間、
その瞳に涙を浮かべ、怒りと悔しさと読み取れなかった感情の光を宿し、
サトシは確かに言ったのだ。
「お前なんか……嫌いだ…っ」
望んでいたのは、その言葉とそれとは反対の言葉両方で、
その言葉は自分自身に感じているのと同じだった。
しかし、分かっているはずなのに、
分かっていたはずなのに、
言われた言葉にシゲルは酷く動揺した。
胸の奥に痛みが走った。
「え……?」
だけどサトシが戸惑いの声を出したから、
すぐにその動揺も感情も表情も消して、一言だけシゲルは呟いた。
「……僕もだよ」
それをどういう意味で言ったのか、サトシはきっと気付いていない。
それで構わなかった。








 再び目を開いて天井を見つめ、シゲルは息を吐いた。




傷つけて、遠ざけてしまえばいいと思った。
彼が大切だから。
彼がたくさんのことを教えてくれたから、
たくさんのものをくれたから、
それなのに僕は、彼を傷つけてしまうから。
だからもう、これ以上傷つかないように。


だけど彼は近付いてきて、
だからまた傷つけて、
それを理由に抑えられない自分の欲望すらぶつけてしまう。


それを何度も繰り返して、
止められなくて、
そして漸く気が付いた。


サトシが近付いてくるなら、
もっと、離れてしまえばいい。


僕が、離れてしまえばいいんだ。

























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やっぱり中途半端ですみません…;

次の話でやっと、くっつきます。
その話がまた長くなるんだろうけど…;