It might be a miscalculation.
一瞬集中力が途切れたので気が付いた。さっきまでの騒ぎが収まっている。
読んでいた本から部屋の方に目を移すと、デントが腰を下ろしているベッドの隣にあるベッドに、
サトシとピカチュウが転がっていた。
少しだけ驚いたが、彼らから規則正しい寝息が聞こえてきたので、大事は無さそうだ。
どうやら、ポケモンたちと遊んでいて、そのまま力尽きたらしい。
すぐ側にモンスターボールも転がっていたので、
ポケモンたちをボールに戻すだけはしたようだ。
デントは立ち上がると、部屋の電気を消してからピカチュウを抱えて枕元まで運び、
布団を掛けてやった。
お風呂に入ったせいもあるのだろう、
気配に敏感なピカチュウだが身動ぐだけで目を覚ましはしなかった。
さて、とデントはサトシに目を向ける。
サトシと言えどこのままでは風邪を引く。
アイリスはまだお風呂から戻ってきていないし
――たぶん、彼女もお風呂の中でキバゴと遊んでいるのだろう――、
そもそもアイリスに手伝わせるのも悪い気がする。
仕方ない。起こすか。
デントはサトシの側まで近付き、声を掛けた。
「サトシ、風邪引くよ」
ピカチュウに遠慮して声を潜めたせいか、サトシは目を覚まさない。
「サトシ、起きて」
今度はそっと揺り動かしてみるが、起きる気配はない。
軽くため息をついてから、デントは自分のベッドから掛け布団を持ってきて、
サトシに掛けてやる。
残念ながら、サトシ用の掛け布団は敷き布団になっているからだ。
アイリスには申し訳ないが、
戻ってきたらサトシを運ぶのを手伝ってもらうことにして、
デントはサトシの眠るベッドに腰を下ろした。
読書に戻ろうかとも思ったが、
スタンドとはいえすぐ近くで電気を点けたら起こしてしまうかもしれない。
この際起きてくれた方が都合がいいのだが、
変に気を回してしまうのが良くも悪くもデントの性格だ。
アイリスが戻ってくる様子はまだない。
手持ちぶさたになったデントは、何とはなしにサトシに目を向ける。
熟睡中のサトシは良い夢でも見ているのかのんきな顔で寝入っている。
こうして寝ていると普通の子なんだけど、
などとデントが思うのも無理はない。
起きている時のサトシと言えば、
ハプニングを起こすか巻き込まれるかが多すぎて、やきもきさせられるというか。
とりあえず普通のトレーナーだったら、
ポケモンに対して、自分に向かって技を打ってこいなど言わない。
ピカチュウやポカブたちとよくやっているやり取りを思い出し、
デントはくすくすと忍び笑った。
それにつられたわけではないが、同じタイミングでサトシの寝顔が綻んだので、
デントは軽く目を瞠った。
タイミングではなく、
その微笑みは、本当に邪気がなくて、
こう言ったら、サトシは怒るかもしれないが、
とても、かわいらしかったのだ。
この子を見ていると、純粋だった頃の自分を思い出す。
ただ直向きに、素直に夢を追いかけていた頃の自分を。
旅に出ようと、サトシについて行こうと思ったのも、そのせいかもしれない。
この子のテイストは、クセが強そうに見えて実はとてもシンプルでありながら、奥が見えない。
「……不思議な子だね」
そう呟きながら、デントはサトシに手を伸ばし、
幼子にやるように、彼の髪をそっと撫でる。
他意は無く、親愛の情に近いものから出た行動だった。
頭を撫でられ、サトシの顔がまた綻び、そして、呟いた。
「シゲル……」
思わず、手が強張ってしまった。
手を離し、デントはサトシを覗き込む。
目を覚ます様子は無いので、とりあえずほっとした。
ほっとしたが、なぜか鼓動は収まってくれなかった。
"シゲル"とは、誰のことだろうか。
たぶん、友だちか何かだろうとは思うが、
あんな幸せな顔をしながら名前を呼ぶなんて、
よっぽど仲が良いのだろうか。
「……」
そこまで思って、デントは先程までの穏やかで幸せな気分が消えていることに気が付いた。
それだけではない、何だか、胸のあたりがムカムカしているのだ。
今日のディナーは決して食べ過ぎていないし、
ボリュームがあるものを食べたわけでもない。
そうだ、胸がムカムカしているのは、サトシが寝言を言った時からだ。
だとしたら自分は、"シゲル"という人物に嫉妬しているのか。どうして。
その時、勢いよくドアが開いた。
デントはこれまた仰天した。
「ただいまー!」
お風呂に十二分に入ってきました、と言った感じで、
頬に赤みを差して、身体から湯気の出ているアイリスとキバゴが戻ってきた。
「って、デント、こんな暗い部屋で何しているの?」
「…いや、サトシが寝ちゃったから」
何かをごまかしているような気分になったが、その理由もデントにはよく分からない。
アイリスは「すぐ寝ちゃうなんて、子どもね〜」といつもの口癖を言い、
サトシのほっぺを意味もなく突っついてから、再びデントに振り返った。
「それで、どうするの? このままにしちゃう?」
「……流石にそれは……ぼくの布団、サトシに掛けちゃったし。
すまないけどサトシを運ぶの手伝ってくれないか。
ぼくがサトシのベッドで寝るから」
サトシの掛け布団は相変わらずサトシの身体の下にあるので、それが一番手っ取り早いのだ。
「いいよ。キバゴ、ちょっと降りていてね」
快く引き受けてくれたアイリスに手伝ってもらい、
デントはサトシを隣のベッドまで運び、再度布団を掛けてやった。
もちろん、ピカチュウを移動させるのも忘れない。
相変わらず、サトシは熟睡中だったが、再度寝言を漏らすことはなかった。
一仕事終え、一息ついていると、アイリスが何か言いたげな様子でデントを見ていた。
「どうしたんだい?」
声をかけると、一瞬言い淀んだ後、アイリスは口を開いた。
「……何かあった?」
「え……?」
心臓の鼓動が早まっていく。
「何か元気なさそうだから」
なるほど、やっぱり女性は鋭い。
そう思いながらも、デントは笑みを作りひらひらと手を振った。
「そうだね、強いて言えばサトシに布団を取られて、
どうやって寝ようかと途方に暮れていたかな」
冬じゃないとは言え、布団無しだと風邪引くからね、
と続け、アイリスの様子を窺う。
「ふうん」
今いち信用していない風だったが、それ以上の追及の言葉はアイリスからは出なかった。
代わりに、ごまかしたことで、デントは気付いてしまった。
アイリスの気付かぬところで、デントは思わずため息をつく。
名前しか分からない奴に嫉妬して、
人から言われるくらいに動揺して、ごまかして、
こんな後ろめたい気持ちになるなんて。
トレーナーとしての姿勢とか、ポケモンと培ってきた絆とか、
そういうところに惹かれていたはずで、
だけどそれは単純な興味で、
今はもう大切な仲間ではあるけれど、
でも、それだけのはずだったのに。
どうしよう。
あの子に、サトシに、惚れてしまったかもしれない。