シゲルの言葉に悲しくなってしまい、サトシの瞳に涙が浮かんできた。
それを乱暴に拭って、サトシは顔を上げた。
「……オレは、すきだよ」
「……」
「シゲルのこと、すきだよ」
「……」
それは、僕が伝えたかった言葉だ。
母さんと父さんに、本当はずっと言いたかった。
それをいとも簡単に言えるんだ、こいつは。
だから僕は、それが羨ましくて、だから妬ましくて、腹が立ったんだ。
だけど、それが分かって何になるんだろう。
「……何も、知らないくせに……」
弱々しく、シゲルは呟いた。
好きだと言われても、ただ虚しくなるだけだ。
だって自分は自分が嫌いだから。
そんな自分が好かれても、嬉しさなんて湧いてこない。
なのに、何でこんなこと言うんだ。
「……僕のことなんか、何も知らないくせに」
「……」
涙は拭っても止まってくれない。
溢れてくる涙を何度も拭いながら、サトシは言った。
「でもね、だからね……」
「聞きたくない」
シゲルが耳を塞いだ。
これ以上、惨めな気持ちになりたくない。
だがサトシはシゲルの腕を掴み、耳から離させる。
「だから――」
気が付いたんだ、シゲル。
分かったよ。
「シゲルのこと、もっといっぱい、しりたい」
ママと約束したから、でもそれだけじゃない。
「シゲルと、ともだちになりたい」
自分でも、そうしたいって、思った。








「……ともだち……」
シゲルの呟きに、サトシは大きく頷いた。
「ともだちになって、いっしょに、いろんなことしてあそぼうよ」
「……」
サトシの腕を振り解くが、サトシは続けた。
「そしたらね、シゲルのこと、いっぱいわかるよ」
「……」
サトシの目を直視できずに、シゲルは俯く。
分かってくれるのだろうか。
こんな自分でも、彼は分かってくれるのだろうか。
その後、嫌いになったりしないのだろうか。
迷惑に思ったりしないだろうか。
そして自分も、もっと自分のことを知ることができるだろうか。
少しは、自分のことを好きになれるだろうか。
「……」
今まで気付かなかった自分の思いに、シゲルは気が付いた。
そうか、僕は……
嫌いな自分を好きになりたかったのか。




 シゲルは顔を上げ、サトシに目を向けた。
サトシは真っ直ぐにシゲルを見つめている。
その瞳に、自分が映っていた。
「……変な、奴……」
「オレ、へんなの?」
「……うん……」
他人のことに、こんなにも真剣になってくれるなんて。
「……」
シゲルの言葉に、サトシは複雑そうな顔をしていた。
そんな表情をシゲルは見つめる。
こいつに期待なんかしていない。
この先に期待なんてしない。
だけど……
「……サトシ」
初めてシゲルがサトシの名前を呼んだことに、少し驚きながらも、サトシは返事をする。
「何?」
だけど、望んでみたい。
新しいこの地で、
真っ白な名前のこの町で。
「……帰ろうか」
だから僕は、家に帰ろう。
「うん!」
サトシが嬉しそうにシゲルの前に手を差し出した。
少しの間それを見つめた後、シゲルは自分の手に目を落とし、ゆっくりと手をサトシの方に伸ばしていった。
シゲルの手が触れると、サトシはその手を引っ張って、しっかりと握った。


握られた手は、温かかった。








「オーキド博士」
背後からの呼びかけに、オーキド博士は振り返った。
「ママさん……」
「博士、サトシがシゲルくんを追いかけて、庭の方へ……」
ポケモンたちをなるべく野生の状態のままで、という計らいで、
オーキド研究所の庭はかなり自然に近い状態になっている。
大人ですら迷うのに、子どもたちだけでは無謀すぎる。
「早く、探しに行きませんと……」
「……ワシは、何も分かっておりませんでした」
俯き、オーキド博士は呟いた。
「え?」
突然の言葉に、ハナコは小首を傾げる。
「……あの子に、何てことを言わせてしまったのか……」
「……博士……」
ハナコの表情が曇る。
「家族、失格です……」
身寄りのなくなった孫を引き取り、生活の保障をしただけだった。
孫の思いに、何も気付いてやれなかった。
自分が情けない。
「……博士、二人を探しに行きましょう」
「……」
「シゲルくんは庭のどこかにいます、まだいるんです」
ハナコの言葉に、オーキド博士は顔を上げた。
「この先も、一緒にいるんでしょう?
家族失格なんて言うのは、まだ早すぎます」








 最初こそサトシに引っ張られていたが、
次第にシゲルが先頭を進むようになった。
何も考えずに歩き続ける。
道は分からない。
何も目印もない。
先も見えない。
それでも勘に頼って、
自分を信じて、
シゲルは歩き続けた。
 繋いだ手から温もりを感じ、めげそうになる自分を奮い立たせた。
一人じゃない、と思った。
それが支えになった。
サトシを連れて帰らなくては、
という責任感を芽生えさせた。
帰らなければ。


帰りたい。




「シゲル!」
祖父の声が聞こえた。




 祖父に連れられ、孫は家に帰っていく。
ごめんなさい、と呟き、
すまなかった、と返された。
 昇りかけの月が、家の上で光っていた。








「シゲル〜!!」
自分の名前を呼ばれ、シゲルは窓から外を見下ろした。
顔を覗かせたシゲルに、サトシは大声で言った。
「あそびにいこう!
ひみつきち、おしえてあげる!!」
シゲルは微かに笑って、サトシに返事をし、階段を降りていった。























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少しずつ仲良くなってくれれば…