「まって!」
庭に飛び出したシゲルの腕を誰かが掴む。
反射的に振り払うと、また掴んできた。
「離せ!」
振り向いて、そう叫んだ。
掴んできたのはサトシだ。
まだこんなところにいた。
「いやだ!」
サトシは必死にシゲルの腕にしがみつく。
「オレ、シゲルのそばに、いるんだ!」
「――!?」
サトシの言葉に、シゲルの動きが止まる。
サトシは腕を掴んだまま言った。
「オレ、きめたんだ。シゲルのそばにいるって」
「嘘だ」
「うそじゃない!」
言い返せば、すぐさまサトシも言い返す。
でもそんなの嘘に決まっている。
だって、誰もいなくなったのに。
サトシの言葉にかっとなり、シゲルは乱暴にサトシの腕を振り払った。
尚も掴もうと伸ばしてくるサトシの腕を叩いて、シゲルは叫んだ。
「勝手なことばかり言うな!」
そばにいてほしいなんて、誰が願った。
本当にそばにいてほしい人たちがいない今、もう誰もいらない。
どうせいなくなるなら、誰もいらない。
「お前なんか大嫌いだ!」
シゲルの言葉に一瞬サトシがたじろいだ。
だが、目に涙を浮かべながら、首を振る。
「でも、でもオレは、シゲルのそばにいるんだ」
それだけ言うと、かろうじて引っかかっていた涙が零れ始める。
「……」
こんな風に、素直に泣いて、ワガママを言って、
行かないでと、嫌な予感がしたあの時に言っていれば、
あの人たちは行かないでいてくれただろうか?
今更そう思っても、どうしようもないことなのに、それが分かっているのに、
何度も何度も繰り返し浮かんでくる。
「……勝手にしろ」
そう、勝手にそばにいて、
その後勝手にどこへでも行けばいい。
自分には関係ない。
シゲルはサトシに背を向け、研究所の庭の方へと歩いていく。
「どこいくの?」
サトシが急いで追いかけてくる。
「……」
知らない。








 研究所の庭は広い。
何も考えずに歩いていけば、もう自分が今いる場所も、どこをどう来たのも分からなくなる。
「シゲル……ここどこ?」
背後からかかるサトシの声に、
シゲルはようやく足を止め、周りを見回した。
 気付けばそこは、森の中だった。
鬱蒼とした森で、上を見上げれば、背の高い木々が青空を隠しているのが分かる。
日の光すら通らない。
おかげで森の中は薄暗い。
自嘲気味に今の自分にはお似合いだろうと思った。
「オレたち、まよったの?」
「……」
 迷ったのは明らかだ。
帰り道なんて分かるはずもない。
だが、シゲルは焦りも不安も感じなかった。
もう帰りたくない、帰れなくたって、構わない。
もう、どうでもいい。
 シゲルは再び歩き出した。
サトシが小走りに追いかけてくる。
途中で帰ると思っていたのに、こいつはここにいる。
どうして、ここにいるんだろう。
それは誰への問いなのか、シゲルには分からなかった。




 広い庭を歩き続けると、さすがに頭が冷えてきた。
代わりに、どうしようもなく虚しくなった。
今自分がしていることに、一体どんな意味があるのだろう。
何になるのだろうか。
「……」
何を考えても、考えれば考える程、気持ちが暗くなっていく。
疲れた。
 丁度良く、大きめの石があったので、シゲルはその石に座りこんだ。
サトシがその横に座る。
「……」
シゲルはやっとサトシの方を向いた。
サトシは不安そうな表情で、シゲルを見ている。
「……何で、ついてくるんだ……?」
シゲルの問いに、サトシは小首を傾げた。
なぜ今更そんなことを聞かれるのかサトシには分からなかった。
「オレ、シゲルのそばにいる、っていったよ」
「……」
嫌いと言われても、邪魔にされても、
こいつはそばにいるつもりなのだろうか。
どうして。
「……」
何も期待した訳ではないが、聞いてみたくなった。
「……お前、大切な人はいる?」
シゲルの呟きにも似た問いに、サトシは更に首を傾げた。
「……たいせつ?」
「…大好きな、人……」
「ママ」
言い方を変えると、サトシはすぐに答えた。
そうだろうな、
とても素敵な人で、
しかも血の繋がった、
家族だ。
「……なら、その人が……」
言いかけて、シゲルの言葉が止まった。
自分の口から言うのに一瞬ためらいが生じる。
事実であるのに、事実であるが故に。
「…なに?」
サトシに続きを促され、シゲルは重い気持ちのまま、言った。
「……その人が、お前のこと、
ジャマだと思っていたら、どうする?」
サトシは首を振って言った。
「…ママは、オレのこと、じゃまだなんておもってないよ」
「……」
その自信はどこから出てくるのか。
だがそれは、彼が母親に愛され、
母親を信頼しきっているからこそ出てくる言葉だ。
「……僕は、そう思えない」
「どうして?」
「……」
忙しい人たちだったから。
シゲルに構う時間をなかなか取れない人たちだったから。
それを肌で感じたシゲルは、
いつしか必要なこと以外の要求を控えるようになっていった。
文句を言わずに仕事へと出ていく父母を見送り、
夜遅く帰宅するのをベッドの中で待っていた。
会話は、朝、仕事に行く前の僅かな時間と、本当にたまにしかない休日だけ。
だがシゲルは、それでも構わなかった。
その時間があることが、幸せだった。
「じゃまだって、いわれたの?」
「……」
言われていない。
言われる暇すらなかった。
だけど雰囲気で分かる。
それは両親の態度ではなく、常に忙しそうな彼らの状況から。
それでも時間を作って、シゲルに構ってくれようとする彼らの思いから、自分で判断した。
「いわれてないなら、ちがうよ」
「……」
そうかもしれない。
家族なら、そうかもしれない。
だけど……
「……だけど僕は、
邪魔になりたくなかった……」
いつもしてもらう側だった。
受け取る側だった。
家族だから、子どもだから、
そんなことで理由をつけたくはない。
だから、何も返せない自分が、嫌だった。
「だから僕は……」
本当は、何よりも誰よりも。
「僕が嫌いなんだ……」
素直になれない自分が、
何もできない自分が、
信頼できない自分が、
何よりも、嫌いだ。























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次で終わります。