ジェラシー
穏やかな風が吹き、草花がゆっくりとその体を揺らした。
やわらかい光が優しく空から降り注ぎ、まさしく春という季節にふさわしい気候だった。
隣で旅のことを楽しそうに語るサトシの声と、時折吹く風以外は音もない。
辺りには二人以外に人影もポケモンの姿もなく、
二人のいる小高い丘の頂上とその周りには、静かにゆっくりと時が流れていた。
サトシがホウエンに旅立ち、シゲルがポケモン研究者の道を選んだ時から、今ようやく二人は再会することができた。
サトシは、途切らせることなく旅のことを語り続けた。
ジムではこんな戦い方をしたとか、どこそこで新しいポケモンに出会ったとか、
今までの旅の間に起こったことを、何気ないことも含めて語る。
なかなか会えない恋人との時間の隔たりを埋めようとしているようだった。
シゲルもそんなサトシの気持ちをよく理解しているらしく、
余計な口を挟まず、相づちを打ちながら、サトシの話を聞いていた。
サトシの話は旅先で出会った人々の話へと変わった。
「あ、そういえばな、シュウって奴に会ったんだけど……」
「シュウ?」
シゲルが聞き返す。サトシは頷いた。
「結構いい奴なんだぜ。で、そいつが――」
「ずいぶん嬉しそうだな」
シゲルはサトシの言葉を遮って、そう言った。
「だって……」
言いかけ、サトシはシゲルの様子が少し変わったことに気付いた。
「シゲル、どうかしたのか?」
「……」
シゲルは黙ったまま何も答えない。
いつの間にか、視線もサトシからそらされていた。
サトシはちょっと考えて、どうやらシゲルの機嫌が悪くなっている、というのは理解した。
が、なぜいきなり機嫌を損ねたのか、その理由が見当もつかなかった。
「……何怒ってるんだ?」
「……」
シゲルの反応はない。
サトシはちょっとむっとなる。
シゲルの方に顔を近づけて、また言った。
「何怒ってるんだって!」
「……」
やっぱりシゲルは何も言わない。
シゲルの態度に、サトシの機嫌も悪くなってきた。
更に顔を近づけた。
「シゲ――」
シゲルのすぐそばで、大声を出しかけたその時、
サトシは、言いかけた言葉も、自分の唇も、シゲルの唇によって塞がれた。
サトシが反射的にシゲルを引き離そうとすると、
その前にシゲルに抱きしめられ、そのまま草の上に押し倒された。
そして一度サトシに呼吸をさせた後、もう一度深く口づけた。
しばらくしてから唇を離した。
サトシが大きく息を吐く。
シゲルがやっと口を開いた。
「サトシの鈍感」
その言葉にサトシはむっとなる。
「オレのどこが鈍感なんだよ?」
「それに気付いてないからだ」
そう言って、シゲルがまた唇を重ねる。サトシももう抵抗はしなかった。
長く、深いキスから解放された後、サトシは不満そうに呟いた。
「ワケわかんねぇ……」
シゲルが口元だけで笑う。それからペロリと首筋をなめた。
サトシが反応するのを確かめてから、耳元でささやいた。
「ここで、していい?」
「何を?」
真顔でそう尋ねるサトシに苦笑した後、シゲルが答えた。
「続き」
「……」
少し考えた後、理解したらしく、赤い頬がますます赤くなった。
唇をとがらせて、シゲルを睨んだ。
「イヤだ……って言ったら?」
シゲルはまた口だけで笑い、今度はサトシの額に唇を落とす。
そして、耳元でささやいた。
「その気にさせる」
有言実行、上着を少しめくって、ベルトに手をかけた。
「それじゃあ、聞くイミないじゃん……」
「まあ、そうだね」
シゲルがクスリと笑った。
ベルトの金属音が聞こえた後、サトシは腹の辺りが緩くなるのを感じた。
唇をとがらせ、頬を赤く染めながらも少しむっとした顔のまま、
サトシは指だけで、シゲルを手招きした。
シゲルが顔をサトシに近付けると、サトシは微笑み、腕をシゲルの首に回し、自分の方にぐっと引き寄せた。
唇が重なった。
誰にも渡したくないと思った。
その笑顔も、乱れた表情も、身体も。
全てを自分だけのものにしてしまいたかった。
触れるのも、関心を向けるのも、
自分だけにしてしまいたかった。
意識を手放したサトシを腕に抱き、二人で横になったまま、シゲルはぼんやりと物思いにふける。
こうして応えてくれるから、サトシの自分への想いはわかっている。
それでも、他人のことを好意を持って話されると、なかなか心穏やかではいられない。
「……子供だな」
自嘲した後、抱きしめる力を少し強めた。
すると、目が覚めたのか、サトシがもぞもぞと動くのを感じた。
シゲルは腕の中を覗き込んで、微笑みかけた。
「おはよう」
「ん、おはよ」
サトシも微笑み返す。
いつもの元気はなかった。
当然だろうが、まだ身体が本調子ではないようだ。
「身体きつい?」
「少し、な」
気遣うシゲルに、正直に答えた後、サトシは付け加えた。
「……久しぶりだったから」
そう言った後に、付け加えた自分の発言に、少し赤くなる。
シゲルが苦笑した。
「そうだね」
しばらく黙った後、不意にサトシが口を開いた。
「……あのさ……」
「何?」
「……何で、いきなりしたんだ?」
「何を?」
シゲルがそう聞くと、サトシの頬がまた赤くなる。
「……さっきのだよ!」
「ああ……」
サトシの反応にシゲルは目を細めた。
この反応がまた可愛らしい、と思ったが、
本人に言ったら、バカにされたと怒り出すのは分かりきっているので、心の中に留めておいた。
「なあ、何で?」
「……」
行為はものすごく恥ずかしがるくせに、一度気になったことに関しては、サトシはなかなか食い下がらない。
とはいえ、シュウなる人物に嫉妬したから、とは言えないので、
シゲルはごまかすことにした。
「久しぶりだから、だろ?」
「そりゃそうだけど、何か、それだけじゃない気がする……」
シゲルは少し目を見開く。珍しく鋭い。
「いきなり怒り出すし」
「……」
シゲルが黙っていると、サトシは催促する。
「どーせオレは鈍いんだろ? なら、ちゃんと教えろよ」
サトシがシゲルの目をじっと見つめてくる。
サトシの視線から目をそらし、シゲルはしばし黙っていたが、
一つため息をついて、正直に言うことにした。