「……オレは優しくなんてない」
黙ってレッドの言葉を聞いていたグリーンが、そう呟いた。
「優しいなら、あんなことはしない。あんな一方的な……」
悲しさと後悔の入り交じったような表情で、グリーンは拳を握りしめた。
「お前を犯したのも、お前の心を覗こうとしたのも、オレが勝手にしたことだ。
今の状態のお前を、オレの方が利用したんだ」
レッドが首を振る。
「違う、だってあれは、オレが……!」
口づけて、レッドの言葉を塞いだ。これ以上、レッドに自分自身を責めさせたくはなかった。
唇を離して、レッドを見つめる。
「それがどれだけお前を傷つけたのか、お前の心を乱したのか、わかっている……
だがそれでも……」
今度は、レッドの胸にそっと触れた。
「やはり、お前の心が知りたい」
「……」
「お前のことを大切に思うから、今のお前を放っておきたくない」
「……」
「……オレには、心を開いてくれないか」
「……っ……」
瞳が潤み出す。しかし、流れ出す直前で、レッドは堪えた。
まともな言葉は出せそうにないので、首を横に振った。
「頼む……」
グリーンがもう一度言った。
レッドも、もう一度首を振る。今度は言葉になった。
「……お前にだけは、見せたくない……」
もう十分に呆れさせているだろうから、これ以上は失望させたくなかった。
グリーンは首を振る。
「無理矢理聞こうとしているオレの方が、よっぽど汚いさ。
ただの、エゴだからな」
「きっと、お前、呆れる……」
「そこまでオレは無神経じゃない」
「……っ……」
「レッド……」
グリーンがレッドを抱きしめた。
しばらくしてから、レッドが初めて、抱き返してくれた。
ようやく、涙が流れた。








 グリーンはタオルごとレッドを抱え上げた。
グリーンのいきなりの行動にレッドが慌てるが、グリーンは構わず言った。
「このままでは、いいかげん風邪を引く」
レッドを肩に担いで階段を上っていく。レッドが何か言っていたが、聞き流した。
 部屋に入って、ベッドまで運んだ。ベッドの棚に置いてある服を渡そうとしたが、途中で手を止める。
「……もっと楽な服の方が良いだろ?どこにある?」
「……タンスの、下から二番目に……」
問われるままにレッドが答えると、グリーンはタンスから適当に服を取り出し、渡した。
「すぐ戻るから、着替えてろよ」
そう言って、返事も聞かずに部屋を出て行った。
レッドは唖然として、それを見送った。
 再びグリーンが戻ってきた時、その手には温めた烏龍茶の入ったカップが握られていた。
着替えのすんだレッドにカップを渡す。それから、レッドの頬に触れた。
「……すっかり、身体が冷えたな」
「……」
こんな風にされたのは、何年ぶりだろう。
グリーンの手と、カップの烏龍茶の温かさに、再び瞳が潤んできた。
レッドはゴシゴシと目をこする。
その様子を見ていたが、グリーンはレッドの頭を軽く二、三回叩いて言った。
「……飲め、少しは暖まる」
「……うん」




 先程飲んだ烏龍茶と、今こうして抱きしめてくれているグリーンのおかげで、だいぶ身体は暖まってきた。
二人でベッドに寝転がって、それだけでとても心が落ち着いた。
先程まで辛いものでしかなかったグリーンの存在が、今は安らぎを与えてくれる。
この暖かさにずっと甘えていたいと思った。
 誰かに話すのは初めてだった。
全然楽しい話ではないし、呆れさせるだけだろうから、言うのが怖くて、ずっと心の奥底に押し込んでいた。
何から言えばいいかわからなかった。
「……あの、な……」
声が震えていた。
グリーンはまた頭を撫でてくれた。
 上手く言葉が出なかったが、とぎれとぎれに、話し始めた。








ポケモン以外の誰かと一緒に暮らしていたのは、いつまでだったっけ……
その手は暖かかったし、頭を撫でてくれると、すごく嬉しかった。
もう、顔なんて覚えていないけれど、そんなことは、なんとなく覚えている。
夕方、ニョロと川遊びから帰ってくると、誰もいなかった。
書き置きも何も無かったけど、どこかにちょっと出かけたんだろうと思って、
ニョロと玄関の前に座って、帰りを待っていた。
その日は、帰ってこなかった。
次の日も、玄関の前で待っていた。
ニョロと協力して、掃除とか、洗濯とか、食事の用意はやっておいた。
帰ってきたら、きっとまた頭を撫でてくれる。
慣れない作業ばかりだったけど、それだけを楽しみに、がんばった。
でも、帰ってこなかった。
次の日も、その次の日も、同じように家事をして、ずっと帰りを待っていたけど、やっぱり帰ってこなかった。
あの時みたいに川に遊びに行って、帰ってきたら、今度はいるかもしれない。
そう思って、ニョロとちょっとだけ外を歩き回って、また走って家に帰ってきた。
玄関を開けて、ただいま、と言ってみたけど、返事はなかった。
そのうち、近所に住んでいるおばさんが、心配して、何かと世話を焼いてくれるようになった。
こっちの方を見て、何か話す人もいた。
意味はよくわからなかったし、わかりたくも聞きたくもなかった。
おばさんが、自分の家に来るように誘ってくれたけど、断った。
ニョロがいるから、ニョロと二人なら、なんとかなると思ったから。
おばさんは、それでも何回か誘ってきたけど、同じ返事を返した。
そんなやりとりを何回か繰り返す内に、たまに夕飯のおかずを分けてくれたりはするけれど、もう何も言わなくなった。




いつからか、玄関で待つことをやめた。
探しにも、行かなかった。




今までずっと、ニョロと二人でやってきた。
ニョロがいることで、どれだけ救われただろう。
一緒に遊んで、買い物して、掃除して……
ニョロはいつでも側にいてくれた。
誰もいなくたって、それで十分なはずだ、一人じゃないから、きっと幸せなはずなんだ。
だから、大丈夫……








「……大丈夫な、はずなんだ……」
「……」
「……なのに、なのに時々……」
「……」
「……すごく寂しくなる……」
「……」
「……」
レッドの声が、止まる。顔が歪んだ。
「……オレ、ずるいだろ……」
側にいてくれる存在があるのに、
「ポケモンがいるのに、それで満足していないから、か……?」
「……」
レッドがグリーンから顔をそらした。
自分の身勝手さに、また吐き気がした。




「……それで、そんな自分が許せないと、ずっとそう思い続けてきたのか……」
「……」
「……誰にも言わず、一人で抑え込んでいたのか……」
「……」
沈黙が肯定を示していた。
 グリーンは一つ、ため息をついた。
「……確かに、ずるいな」
「……っ」
レッドが拳を握りしめる。身体が震えた。
顔を背けているレッドを、グリーンは再び自分の方に向かせた。
それから、起きあがり、レッドの上に覆い被さった。
「……側にいる存在がいるのに、なぜその気持ちを話してやらなかった……」
「……!?」
グリーンの言葉に、レッドは驚愕する。思わず大きな声が出た。
「そんなの……そんなの言える訳無いじゃないか!」
レッドを見下ろしたまま、グリーンは尋ねた。
「ニョロボンのことを信頼しているんだろ?」
「そうさ、だってあいつは、ずっとオレのために……
それで満足してなきゃいけないのに、こんなこと思っていたなんて……
そんな、ひどいこと……!」
「だがお前は、ニョロボンに、何度も今のような状態を見せていたんだぞ」
「それは……!」
レッドをまっすぐに見据え、グリーンは淡々と言った。
「オレでさえ気付くんだ。あのニョロボンなら尚更だろ。
それなのにお前は、何も言わずに、一人でそれを抱え込んでいた」
「だって、それは……」
レッドの言葉を遮る。
「様子がおかしいのに、何も話してくれない。
側にいるのに、何も出来ない。
そうさせてしまった方がよっぽどひどいんじゃないのか?」
「――!」
思いもよらなかった。
こんなこと言ったって、あいつに迷惑をかけるだけだ。
しかし、言い返す言葉は、出てこなかった。
「……」
湧き上がってくる寂しさを抑えきれなくなった時、ニョロはよくそばに来てくれていた。
それを大丈夫だからと断ったのは、自分だ。
心配かけまいと、これ以上世話をかけたくないと、
都合の良い理由をつけて、
大切な存在を、ニョロを拒絶したのは、自分だ。
何て、自分勝手なんだ。
「……」
涙が、こぼれる。
何度も目をこするが、自分に腹が立って、
同時に、拒んでしまったニョロのことを考えると、涙が止まらない。
「ごめんな……ごめんな、ニョロ……」
今、同じ部屋にいない彼にはその言葉は届かない。
それでも、泣きながら、レッドは謝り続けた。
 目をこするレッドの腕を、グリーンの手が掴み、その動きを止める。
「もう、いい」
掴んでいた腕を放し、瞳に溢れる涙を拭った。
「お前を責めるために、お前に自分を責めさせるために、話を聞いた訳じゃない」
泣き濡れた、レッドの頬にそっと触れる。
「もう手遅れなわけじゃない。
ニョロボンは、これからもずっと、お前の側にいるだろ?」
「……」
「互いに話す時間はある。
だから責める必要も、心配することもない」
「……」
頬から伝わるグリーンの手はとても温かい。
その温かさに包まれていると、彼の言うことは信じられると思えてくる。
「……そう、か……」
ニョロに対しての自責の気持ちは消えていないが、
だからこそニョロにも今のこの思いを素直に打ち明けようと思った。
その覚悟が決まった。
自分はずるいのだと、非道いのだと責め続けるだけであった心が、やっと少し、楽になった。








「……ありがとう……」
小さくそう呟き、今自分がされているように、グリーンの頬に触れた。
先程引っかいてしまったところを、そっと撫でた。
まだ少し、血が滲む。
「ごめんな……」
「別に謝る必要はない」
自分の頬を撫でるレッドの手を、その上から覆う。
「……優しいな、お前……」
「別に」
「優しいよ」
優しくない、とグリーンが続ける前に、レッドが言った。
「お前がいてくれて、良かった」
「……そうか……」
呟いて、グリーンは小さく微笑した。
 触れていた手を、グリーンは今度はしっかりと掴んだ。
「オレは、ニョロボンの代わりも、他の誰かの代わりもできないし、なるつもりもないが……」
「……?」
グリーンの突然の言葉に、レッドは小首を傾げた。
そんなレッドの瞳を真っ直ぐに見つめて、グリーンは続けた。
「もしまた、寂しくてどうしようもなくなった時は、オレのところに来い」
掴んでいた手にそっと口づけた。
「お前が落ち着くまで、お前の傍にいる」
目を見開いたまま、何も言えずに、
グリーンを見つめるだけのレッドを、グリーンはしっかりと抱きしめた。
「お前の傍から、決していなくなったりはしないと、約束する」
「グリーン……」
グリーンが先程拭ってくれた涙が、またとめどなく溢れ始める。
しかし今度は自責のために流れているのではない。
寂しいと思う気持ちは、たぶん消えないだろうが、優しさと温かさに触れ、
ようやく安心できる場所を得ることができたことへの安堵の気持ちだ。
心にのしかかっていたものは、彼が一緒に抱えてくれる。
だから、今ようやく、本当に心が楽になった。
























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一応これで完結です。
言い訳を聞いてみる……?