痛くて、
苦しくて、
でもその苦痛で心が紛れるなら、
少しの間、何も考えずにすむなら、
別にいいと思った。
ゆっくりと目を開けると、白い天井が映る。
意識が途切れる前の風景とは異なっているが、見覚えはあった。
「……」
身体を起こそうとして、腰の痛みに一度挫折した。顔だけ動かして、辺りを見る。
少しして、今度は気をつけながら、身体を起こした。
もう一度周りを見渡して、やはり自分の部屋だということを確認した。
同時に、彼の姿がないこともわかった。
先ほどのことを思い出して、自嘲した。
「……まぁ、当然、だな……」
それでも胸が痛んだ。
部屋と、時計の指す時刻を確かめた後、やっと自分の身体に目を向けた。
もちろん服は着ておらず、おそらく彼が置いたであろう服は、ベッドに備え付けの棚にたたまれて置いてあった。
身体は、別に汚れてはいなかった。
流したはずの赤や白もきれいに拭き取られていた。
それでも、中に残っている感触はあった。
「……」
ベッドから、床に足をつけ、立ち上がる。
痛みをこらえ、ふらつく足で服も着ずに部屋を出た。
階段を下りて、浴室に入る。蛇口をひねると、シャワーからお湯が出始めた。
シャワーの勢いと重力にまかせて座り込んだ。
排水溝へと流れ込むお湯をぼんやりと見つめた。
「……」
身体はズキズキと痛んで、心も鈍い痛みが続いた。
何をしたって、結局紛らわすことなんてできなかった。
苦痛で苦痛を紛らわせることなど、できなかった。
何の意味もなかった。
無駄な行為にただ彼を利用しただけだ。
「……最低だ、オレ……」
言った言葉の虚しさに、吐き気がした。
タオルを頭から被ったまま、拭きもせず、服も着ずに浴室を出た。
ろくな夢を見ないことはわかっていたが、眠ってしまいたいと思ったので、部屋に戻ろうと階段へと足を向けた。
物音が聞こえたので、顔を上げた。
「――!」
信じられなかった。
幻でも見ているのではないかと疑った。
てっきり帰ったものだと思っていたのに、どうして……
何も言えずにいるレッドを、グリーンはその鋭い黄緑の瞳でまっすぐに見据えた。
「……なんで、いるんだ……」
驚愕しながらも、なんとか呟いたレッドの言葉には答えず、
グリーンは彼を見据えたまま、近づいてくる。
つい後ずさったが、すぐに壁にぶつかり、追いつめられた。
彼の瞳から目をそらすことができなかった。
彼が何を考えているのか、表情からは読み取れなかった。
あんなことをしたのだから、
当然、怒っているか、呆れているはずだ。
だから、目が覚めて、彼の姿がないのがわかった時、仕方ないと思った。
もう二度と今までのような関係には戻れないだろう。
ただ、彼とのライバル関係は、自分の心の空虚さを埋めてくれたから、
それが無くなるのは無性に悲しかった。
でもそれは自業自得で、今更どうしようもないことなので、
いつものように奥底に押し込めようと思っていた。
そんな自分に、今彼は何を言う気だろう。
グリーンがようやく口を開いた。
「何があった?」
「……え?」
言っている意味がわからなかった。
グリーンがもう一度聞いてくる。
「何があったのか、と聞いている」
「……意味がわからない」
「隠していることがあるはずだ」
「……何もねーよ」
不意に言いしれぬ不安がして、思わずそう言い返すと、グリーンが眉をひそめた。
「……」
しばらく、お互いに黙り込んでいた。
また、グリーンが口を開いた。
「何を、抑え込んでいる?」
「……!」
レッドは反射的にグリーンを突き飛ばした。
しかし、身体の痛みと疲労のせいか、大した威力はなく、グリーンは一歩後ずさっただけだった。
「……」
まっすぐに見つめてくる。
グリーンのその瞳が、自分の心を見透かしているようで、レッドは唇を噛みしめた。
「……帰れよ」
グリーンを睨み付ける。
「……」
「オレのことは放っておいてくれ」
そう言い放つと、グリーンの表情が、初めて目に見えて変わった。
怒っていた。
すごい力でレッドの肩と腕を掴み、床に押さえつけた。
その勢いに、一瞬息が詰まった。
「離せ!」
だがすぐにグリーンを押しのけようと、掴まれた肩や腕に力を込めた。
その瞬間、腰に痛みが走って、身体の力が抜けた。
グリーンが自分の唇をレッドの唇に押しつけるように重ねてきた。
「――っ!」
とっさに顔を背けようとしたが、顎を掴まれ、動きを止められた。
口を開かされ、舌が入り込んできた。
自分の口内を這い回られる感触が、先程は何とも思わなかったのに、今度はひどく気持ち悪かった。
グリーンが唇を離し、今度は首筋近くに噛み付き、その後を舐める。
「……っく……」
先程と同じ行為に、身体が反応してしまう。声が出る。
こんなことをされても、何の意味もないともうわかっているのに、反応する自分が嫌だった。
レッドは腕や足を無茶苦茶に振りまわした。
爪がグリーンの頬を引っかいた。
その後、また痛みが走って、一瞬力が抜けた。
それを逃さず、グリーンはレッドの両腕を掴み、抵抗を抑え込んだ。
まだ蹴ってこようとする足は、放っておいた。
「痛いだろ」
そう言って自分を見下ろすグリーンを、痛みに顔を歪ませながらも、レッドは睨み付けた。
それに怯むことなくグリーンは続けた。
「わざと乱暴にしたからな。慣らさなかったし、一気に入れた。
抵抗させようとしたのに、お前、意地でもしなかったな。
だが、今はしているな」
「何が言いたいんだよ」
「……」
グリーンがレッドの両腕を離した。
押さえつけてくる力がなくなったので、レッドも抵抗をやめる。
今はもう感情を露わに出さない、いつもの表情で、グリーンは静かに言った。
「オレに犯されながら、別のことを考えていただろ」
「……!」
レッドは目を見開いた。図星を指され、言葉が出なかった。
グリーンは続けた。
「それは、できれば考えたくないことじゃなかったのか?」
「……」
頭に何も浮かんでこない。
どうすればいいかわからなかった。
「だから、オレに犯されることで、紛らわせようとした……
違うか?」
「……っ……」
得体の知れなかった不安が、段々と大きくなっていく。
「マサラに帰ってきた時から、少し様子がおかしいとは思っていたが……」
グリーンの言葉一つ一つが、レッドの頭に響く。
それは心を容赦なく突き刺してきた。
レッドは首を振る。しかし、グリーンの言葉を止めることは出来ない。
「お前、もしかして……」
これ以上、聞きたくない。
こいつは……オレの心に入り込んでくる!
不安が、恐怖に変わった。
「やめろ!!」
レッドは腕を伸ばし、両手でグリーンの口を塞いだ。
「……それ以上、言うな!」
声が震えていた。呼吸も荒い。
「……」
グリーンが自分の口を塞いでいたレッドの手を掴む。
その手から、震えが伝わった。
「何でだよ……どうしてそんなこと言うんだ……」
震えるその手は、ひどく冷たかった。
「どうしてオレの心を覗き込もうとするんだ……」
その表情は、今にも泣きそうだった。
「どうして放っておいてくれないんだ!!」
叫ぶその声も悲痛で、こんなレッドは、今まで見たことがなかった。
こいつは、こんなにも拒絶しているのか……
グリーンはレッドを見つめる。
いつもの彼とはまるで違う。
ただただ、弱々しかった。
そんなレッドを見ているのが、辛かった。
「……そんなに、泣きそうな顔をしているからだ……」
グリーンの言葉に、レッドは目を見開いた。
「……無理矢理、覗き込む気はなかった……」
自由な方の手を、レッドの胸に当てようとして、止める。
「お前が、心に触れられるのを拒絶しているのはわかっている……
だが、それでも……」
その手が、代わりにレッドの頬に触れた。一回だけ、優しく撫でた。
「お前の心が知りたかった……」
レッドは震える声で尋ねる。
「どうして、そんなに……」
そう問われて、初めて、気が付いた。
そうか、オレは……
腹が立ったのも、辛いのも、それはすべて……
グリーンはレッドの手を掴む自分の手に、力を込める。
「お前が、オレにとって、かけがえのない存在だからだ」
グリーンはレッドを抱きしめた。
レッドが目を見開く。レッドの耳元で、グリーンは囁くように言った。
「今やっと、自分の気持ちがわかった……」
「……」
「お前が大切だ。何よりも、誰よりも。
お前が辛い時、苦しんでいる時、お前の支えになりたい。
お前と共に、生きていきたい」
レッドの顔が歪んだ。
思わず抱き返そうとしてしまった手を止め、今にも溢れそうな涙を堪えて、抱きしめるグリーンの肩を押し返した。
「ダメだよ……オレは、お前に想われる程、立派な奴じゃない」
首を横に振りながら、言った。
「オレは、オレは……最低なんだ。ずるいんだよ」
「レッド……」
グリーンが悲しそうに眉を寄せた。
レッドが唇を噛む。
「……お前の言った通りだよ。オレは、気が紛れるなら、どうでも良かったんだ……
お前を、利用したんだよ……」
「……」
「……全部、無駄なことだったのにな……」
「……」
「……もういいんだ、優しくなんてしないでくれ。
優しくされた方が、辛い……」
その優しさに触れる程に、自分の醜さに打ちのめされる。
もうこれ以上、惨めな気持ちになりたくなかった。