キューピッド?





 偶然というのは恐ろしいもので、またサトシと二人っきりになってしまった。
ちなみに今度はピカチュウの姿もない。ハルカたちの用事について行ってしまったのだ。
 どうせ二人っきりになるならば、ハルカの方がどんなにいいだろう、とシュウは思うが、
そんなことは口が裂けても言える訳はないし、
どうせ二人っきりになっても、ハルカを無駄に怒らせるだけなのだろう、とも思った。
自分の性格が、たまに少しイヤになる。
 サトシはまたジュースをおごってくれた。
似たような色だから、というよく分からない理由で、今回はメロンソーダだった。
シュウは缶のフタを開けて、一口飲んだ。この前のオレンジジュースよりも甘かった。
「そうだ、お前に聞きたいことがあるんだけど……」
隣のサトシはジュースをこの前と同じく勢いよく飲んだあと、シュウに話しかけた。
「……何だい?」
少々イヤな予感がしたが、とりあえず聞いてみることにする。
そうしたことを後でシュウは激しく後悔したが、
もちろん今はそんなことを知る由もない。
「シゲルが言ってたんだけどな――」
「…誰?」
いきなり固有名詞を挙げられても分かるはずもないので、そう聞いた。
「あ、オレの幼なじみ」
幼なじみ、というと、
「……例の……?」
「……まあ、そう…だな」
少し照れながらサトシが答えた。
すでにシュウにはバレていても、やはり少し恥ずかしいらしい。
「……」
男だったのか……
サトシの相手は意外だったが、まあ人それぞれだと思うので、特に何も言わなかった。
 サトシが大きく首を横に振った。
「それはいいとして!」
少し無理矢理に話題を戻す。
「あのな、お前って……」
シュウは顔をサトシの方に向ける。
サトシはじっとシュウを見つめていた。
「ハルカのこと、好きなのか?」




 一瞬、時間が止まった。




 止まったのは時間ではなく、自分の思考だった。
我に返り、サトシから思わず顔をそらした。
心臓がドクドクとうるさく音を立てる。顔が熱くなってきた。
「……シュウ?」
シュウの様子に、サトシはとりあえず声をかける。
「……」
シュウは答えなかった。返事をする余裕がなかった。
動揺して、言葉も出てこない。
まさかサトシがこんなことを言い出すとは夢にも思わなかった。
油断した。
「お前、顔真っ赤……」
それは当然だろう。
相変わらず心臓の音はうるさいし、体温も上昇したままだ。
サトシから顔をそらしたまま、左手で口元を抑えた。
それから深呼吸をして、落ち着かせようと試みる。
大した成果は無かった。
「大丈夫か?」
サトシが自分のジュースの缶をシュウの頬に押しつける。熱を冷ますつもりらしい。
サトシ曰く真っ赤な顔を、少し彼に向けると、サトシはシュウをじっと見つめたままだった。
こんな態度を見せてしまった以上、ハルカに対する自分の気持ちは、おそらくバレてしまっただろうが、
サトシからは冷やかしもからかいの様子も見えず、ただその瞳が真っ直ぐに、シュウを捉えていた。
 缶の冷たさが効いたのか、少し落ち着いてきたように思えた。
右手で缶をサトシに押し返し、口元を抑えていた左手で今度は頭に手を当て、
サトシからまた顔をそらし、大きくため息をついた。
 しばらく頭を抱えたままでいると、サトシが声をかけてきた。
「落ち着いたか?」
「……まあね」
「じゃあ、さっきの質問、答えてくれるか?」
「……」
シュウはサトシに目を向けた。
先ほどあんなにあからさまに反応したのに、まさか感づかなかったのか……?
だとしたら……
  と、サトシが口を開いた。
「あのさあ、オレ、よく鈍いって言われるんだ」
「……」
思っていたことを本人から言われ、確かに、とシュウは心の中で納得する。
サトシは続ける。
「この前もシゲルから言われたし……」
「……」
「まあ、確かにそうだけどさ、
確かめてもないのに、勝手に決めつけるのも良くないだろうし」
「……」
「だから、シュウの口からちゃんと聞きたいって思ったんだ」
「……」
シュウは再びサトシから目をそらし、うつむいた。
 適当にごまかせば、この非常に鈍い彼は、これ以上何も言ってはこないだろう。
もともと他人に言う気はないし、知られる気もなかった。

だが……


自分の気持ちにウソはつきたくなかった。




「……好きだ」
自分の声が耳に届く。
心の内に押し込んでいた想いが、初めて外に出た。
少し、楽になった気がした。




「そっか」
サトシは、一言そう言った。








 サトシが呟いた。
「そろそろ、みんなが帰ってくるな」
「そうか……」
シュウは立ち上がった。
飲み終わって横に置いていたジュースの缶を持ち上げると、サトシが手を差し出した。
「捨てておくぜ」
「……」
お言葉に甘えて、空き缶を渡した。受け取りながら、サトシは言った。
「いつかは、ハルカにも言うんだろ?」
「……ああ」
シュウは頷いた。自分でも驚くほど素直に答えていた。
「ならさ!」
不意にサトシは立ち上がり、缶を渡したシュウの手をガシリと掴んだ。
シュウは思わず目を見開く。
「その時までな――」
サトシの瞳はキラキラと輝いていた。
その輝きにシュウは不安がよぎった。
一瞬この手を振り解こうかと思ったが、しっかりと掴まれているので、どうせ無駄だった。
「オレが二人のキューピッドになってやるよ!!」
ああ、やっぱり……
不安的中。
とんでもないことを言い出すサトシから顔をそらし、シュウは空を仰いだ。
「これすごい名案だよな!
秘密を持つ者同士、仲良くしようぜ、シュウ」
にっこりと笑って、今度はシュウの両手を掴み、サトシはぶんぶんと振った。
「そうと決まれば、お前のメルアド教えてくれよ」
「なんで……?」
一人で突っ走るサトシを止める術は、サトシとの付き合いの浅い今のシュウには思いつかなかった。
顔をサトシに向け、かろうじて、この突然の申し出の理由を問う。
「そりゃもちろん、ハルカの様子とか、旅の行き先とか、教えてやれるからに決まってるだろ!」
一瞬それはいいかもしれないと思ったが、
この少年に、彼曰くキューピッドの役割をどう期待しろというのだろうか。
付き合いは浅くとも、今までの彼から判断するに、到底無理だろう。
しかし、ひたすら突っ走っているサトシを、どう止めればいいのだろう。
「な、な? 絶対大丈夫だって!」
なおも催促してくるサトシに、
とりあえず人の手を掴んだまま、腕をぶんぶんと振るのは止めてほしいな、
と、シュウは途方にくれながら、そんなことを考えていた。







 結局押し切られて、気が付くとメールアドレスを教えてしまっていた。
「これ、オレのな」
サトシは自分のメールアドレスを書いた紙をシュウの手に握らせた。
シュウは素直に受け取った。もう反対する気力もない。
結局、これからもこのハチャメチャに振りまわされるんだろうな、と思うと、無意識にため息が出た。
「……僕はそろそろ行くよ」
サトシが何か言い出す前にと、シュウはさっさとサトシに背を向け、歩き出した。
サトシが不満そうに何か言っていたが、よく聞こえなかったので、無視させてもらった。
「メール送るからな!!」
大声で叫んでいたので、それだけは聞こえた。
どんなメールを送ってくるのだろうと、シュウは不安になった。
サトシの性格からして、キューピッドの申し出は全くの善意からだろう。
しかし、今はその善意がとてつもなく心配だった。



 それにしても、自分はあいかわらず単純で真っ直ぐな彼のペースに、知らず知らずのうちに乗せられている。
自分がああも素直にハルカへの気持ちを言い、それをいつか彼女に告げようと思っていることを認めるとは、
それも第三者に言うとは思わなかった。
ただ、あの時少し気持ちが楽になったのは、きっと嘘ではない。
相手が彼だからなのかはわからなかったが……
「……不思議な奴だ……」
小さく呟いた。
 とりあえず、これからは、誰かに彼女のことを言われても、
動揺しないようにしなくてはいけないな、と思った。

 











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グランドフェスティバルで、ハーリーさんに指摘されても、シュウが動揺しなかったのは、こんな理由……(笑)
このサイトでは、シュウとサトシは仲良しです。