バリヤードに起こされて、パジャマを着たままリビングに行った。
寒くて着替えたくなかったのだ。
ハナコが先に起きて暖房をつけておいてくれたので、部屋の中は温かかった。
ソファでは、いつの間に起きていたのか、いや、場所を移動していたのか、ピカチュウが気持ちよさそうに寝ていた。
他のポケモンたちも思い思いにくつろいでいる。
ハナコがサトシに声をかけた。
「おはよう、サトシ、よく眠れた?」
「うん、やっぱ自分のベッドが一番だよ」
「朝ごはんにするから、顔洗ってきなさい」
「はーい」
なんだか、懐かしいな、こういうの。
旅立つ前みたいだ。
冬休みとかはよくこうしてたな。
朝ご飯を食べた後は、よく広場に遊びに行ったり、シゲルの家にも遊びに行ったりした。
あいつ、元気にしてるかな。
最近、忙しそうだったから、メールもしづらかったし。
研究ばっかりで、寝不足でふらふらだったりして。
冷たい水で顔を洗いながら、そんなことを思った。




「パーティー?」
サトシは聞き返した。ハナコは頷いた。
「せっかくのクリスマスだもの、サトシも帰ってきたんだから、楽しまないとね」
うきうきと言う彼女は実の母親、
血の繋がっている息子も、当然そんなイベントは大好きだ。
「賛成、賛成!」
思わず椅子から立ち上がった。
「オーキド博士たちも呼んで、みんなで盛り上がりましょう!」
「くー、楽しみだぜ!」
そうと決まれば、行動あるのみ。
準備開始。








 シゲルはぱちりと目を開けた。
見知った自分の部屋だが、久しぶりなせいか、妙な違和感がある。
というより、自分はどうしてこんなところにいるのだろう。
まだ覚醒しきっていない脳を回転させ、記憶を辿った。
思い出した。
あれから、正に倒れ込む、といった感じで、ろくに着替えもせずにベッドに入り、そのまま寝てしまったのだ。
時計を見れば、時刻は1時を指していた。
この明るさから考えて、夜だということはありえない。
昨日帰ってきたのが5時ぐらいで、それから寝ていたのだから、20時間近くは寝ていたことになる。
いくら何でも寝過ぎだ、これは。寝過ぎて頭が働かない。
昨日は疲れて働かなかったのに、と苦笑しながら、のろのろと起きあがり、服を着替えて、下に降りた。
顔を洗うと、だいぶ頭もすっきりしてきた。
そういえば、オーキド博士は出かけると言っていた。
ならば、今は家に一人だけだろうか、ケンジもついていったのだろうか。
 その疑問はすぐに解決した。
リビングに入れば、オーキド博士もケンジもソファに座って、テレビを見ながらくつろいでいる。
あれ、ケンジはともかく、何でこの人は出かけていないのだろう。
「おや、シゲル、ゆっくりと眠れたか?」
博士がシゲルに気が付いて、声をかける。
「はあ、それはもう……」
十分すぎるほどに。
「シゲル、紅茶飲むかい?
それとも何か食べる?」
ケンジが尋ねてきた。
ひとまず、何か飲みたかったので、ケンジに紅茶を頼んだ。
ケンジが準備をしている間、シゲルは博士に尋ねてみた。
「オーキド博士」
「うん?せっかく家に帰ってきたんじゃから、もうちっと気軽に呼んでおくれ」
博士に言われたので、素直に言い直す。
「……おじいさん、今日は出かけるって言ってませんでしたか?」
ただし、敬語は忘れない。
「ああ、出かけるのは、夕方からじゃよ」
「そうだったんですか。どちらに行かれるんですか?」
「サトシのママさんのところじゃよ」
「ハナコさんの?」
てっきり学会か何かと思っていたので、意外な答えにシゲルは驚いた。
そんなシゲルに、紅茶を持ってきたケンジが説明してくれた。
「今日はクリスマス・イブだろ?
パーティーするから、ってお誘いがあったんだよ」
ケンジに言われて、初めて今日がクリスマス・イブだと気が付いた。
まあ、自分には関係ないか。
シゲルは、ケンジからカップを受け取る。
「そうですか、楽しんできて下さいね」
「何言ってるんじゃ、お前も行くに決まっておろう」
「そうだよ、だから帰って来てもらったのに」
出かけるのには、僕も含まれていたのか、とシゲルは気が付き、少し戸惑う。
が、ケンジの言葉で、あの彼女の笑顔の意味がようやく分かった。
「……つまり、届け物は口実だったんですね」
すべては、シゲルをマサラに呼ぶためだったのだ。
シゲルはため息をついた。
「すまんのう、この年になると、孫の顔を見たくなる時があるんじゃよ」
「それに、普通にマサラに来てって言っても、シゲル、来てくれないだろ?」
ケンジの助け船的指摘は、あながち間違いではなかったので、シゲルは苦笑いするしかなかった。
何にせよ、今日の夜は賑やかになりそうだ。
どうせ賑やかになるのなら、サトシがいたらもっと楽しめそうなのに、と不意に思った。
実現するはずはないので、思うだけ虚しいな、とも思った。








 夕方、5時過ぎ。
シゲルがマサラタウンに帰ってきて、まだなのか、もうなのか、24時間が過ぎた。
オーキド博士、ケンジ、シゲルの三人は、オーキド研究所を出て、サトシの家へと向かう。
シゲルの手には、大きな花束が握られていた。
「……おじいさん、ハナコさんに渡すんだったら、自分で持って下さいよ」
「細かいことは気にするな、シゲル」
ニコニコと上機嫌な祖父のその笑顔には、研究所の彼女と同じものが見え隠れしているような気がする。
行き先はサトシの家。
サトシ本人がいるわけはないが、どんなドッキリが待ち受けているのやら。
ハナコさんもお祭り好きな人だから。
まあ、その時はその時だ。
サトシの家に着いた。
促されるままに呼び鈴を鳴らした。
ぱたぱたと走ってくる音が聞こえ、ドアが開かれた。


 夕方、五時を回ったところで、パーティの準備はもうばっちりだった。
料理もほぼ完成、後はオーキド博士たちが来るのを待つばかり。
 そう思っていた矢先、正にグッドタイミングで、ピンポーンと呼び鈴が鳴った。
「サトシ、出てあげて〜」
「はーい」
サトシは玄関まで走っていき、ドアを開けた。
「博士、ケンジ、いらっしゃ――」
言いかけたところで、目の前に大きな花束が押し出され、視界が遮られた。
思わず声が止まる。
花束の向こうから、声が聞こえた。
「お久しぶりです、ハナコさん。
これは、おじいさんから。
今日は、お邪魔します」
あれ、博士の声でも、ケンジの声でもない。
っていうか、ちょっと待て、この声は……
いや、まさか。
だってそんなはずはない。
でも、この声で喋る奴なんて、オレは一人しか知らないぞ。
聞き間違えるはずもない。
サトシは手を伸ばして、花束を横にずらした。
やっと、視界が開けた。
その先にいるのは――


 花束の向こうに見えるのは、当然ハナコだと思っていた。
なのに、目の前にいるのは、
花束をどけて、こちらを凝視しているのは、
まぎれもなく、サトシだ。
ドッキリどころの話じゃない。
可能性すら考えていなかった。

 視界を遮る花束をどけると、そこにはシゲルがいた。
オーキド博士もケンジもいるけれど、問題は、そこじゃない。
今目の前にいる、シゲル。
なぜ、彼がここに?
思いを馳せるだけだった相手が、目の前に立っていた。

サトシもシゲルも、声が出ない。
ただ互いに互いを凝視して、玄関でしばらく固まっていた。








 つまりは、ハナコ発案、オーキド博士実行の今回の計画は、
クリスマスにサトシとシゲルを会わせてやろう、
という実現の可能性は置いといて、実に分かりやすいものだった。
ただし、それを実現させてしまうところが、二人のすごいところである。
始まったパーティーの席で、サトシとシゲルはようやくそのことを教えてもらった。
「でも、大変だったのよ〜
当日ビックリさせたかったから、ハルカちゃんたちにも研究所の皆さんにも、
くれぐれも気付かれないように、ってお願いしてね〜」
と、ハナコは楽しそうに話しているが、当の本人たちの間には、微妙な空気が流れていた。
やっと会えたのだ、嬉しくないわけはない。
直に会って、話したいことは山のようにある。
それなのに、いざ目の前に相手がいると、何を言えばいいか分からなくなる。
それも二人とも予測もしていなかったのだから、尚更だ。
 シゲルに話しかけられず、サトシはポケモンたちと戯れていたが、ちらと横目でシゲルを盗み見た。
ソファに寄りかかり、ジュースを飲みながら、外を眺めていた。
人の中心になっている時は、よく話をするが、一人になった時、わざわざ話題に入り込むことはしない。
シゲルって、結構そういうとこあったな、とサトシは昔を思い出した。
ついでに、シゲルがそんな風にしている時は、よく話しかけに行ったことも思い出した。
「そういうとこ、相変わらずだな」
やっと、シゲルに話しかけた。
シゲルはサトシの方を振り向いた。
同じ事を考えていたのか、微かに笑った。
「君もね」
サトシも笑って、シゲルの隣に座った。
「元気にしてたか?」
サトシがそう尋ねると、頷いて、君も元気そうだね、と言った。
その声が、その仕草が、懐かしくてたまらない。
嬉しくて、シゲルに抱きつきたかったが、ハナコたちがいるので、さすがにそれはできなかった。
だが、できないとなると、ますますしたくなるのが人の常。
思いついた解決方法は一つ、
できる場所に行けばいい。
「……シゲル」
「何?」
「オレの部屋、来る?」
シゲルはやや驚いて、サトシを見つめた後、また微笑んだ。








 サトシの部屋に入り、シゲルがドアを閉めた直後、
サトシは振り返って、シゲルに飛びついた。
「シゲル〜!」
シゲルは驚きながらも、しっかりと受け止めてくれた。
ただし、勢いで尻餅はついた。
確か、前にもこんなことがあったな、と思った。
サトシがため息と共に言った。
「あ〜、やっと抱きつけた」
「……よかったな」
苦笑しながら、シゲルはサトシの背中に腕を回す。
「……サトシ……」
シゲルはサトシの名を囁いて、顔を近付ける。
が、唇が重なる寸前で、サトシの手がシゲルの口元を押さえた。
「ちょっと待った」
ここまで来ておいて、普通そう来るか。
サトシの腕を掴んで、口を塞いだ手を離させる。
「……君ね」
ムードも何も無いな、いや、サトシにムードも期待するだけ無駄か……
そう呆れていると、サトシが身を捩るので、回した腕の力を緩めた。
サトシは立ち上がり、机の方へと歩いていった。
机の上に置いてあるリュックの中をかき回しながら、サトシは言った。
「いいから、ちょっと待ってろって……
確かこのへんに……」
後半からは、独り言だ。
 ごそごそと探ること、2、3分。探し物は見つかったようだ。
「あった、あった、これこれ」
声を弾ませながら、サトシは戻ってきた。
そして、シゲルの目の前に、ずいと右手を突き出した。
その手の上には、何かが載せてある。
シゲルは首を傾げた。
「何だ?」
そう呟いた後、マジマジとそれを見つめれば、それが綺麗に包装された箱だと分かる。
サトシはにこっと笑いながら、答える。
「シゲルにプレゼント」
「……プレゼント?」
突然のことに、シゲルは戸惑うばかりだった。
サトシは気にせず、シゲルにプレゼントを握らせた。
お互いに今日会えるとは知らなかったのに、どうしてサトシは自分にプレゼントなど用意できたのだろうか。
当然出てくる疑問を口にする前に、サトシは答えてくれた。
「昨日ママにプレゼント買った時にさ、シゲルの分も買っておいたんだ。
また会えた時にでも渡そうと思って」
まさか今日会えるとは思わなかったけどな、とサトシは付け加えた。
「サトシ……」
嬉しさのあまり、言葉が出てこない。
一緒の時間を過ごさなくても、サトシが気にかけてくれていたこと、
自分のために、プレゼントを選ぶ時間を割いてくれたこと、
全てが嬉しかった。
「ありがとう、サトシ」
込み上げてくる嬉しさ、愛しさののままに、サトシをもう一度抱きしめた。
サトシは優しく微笑んだ。
笑顔のサトシに、顔を近付け、唇を重ねる。
今度はサトシも抵抗しなかった。




 長く深いキスを終え、唇を離すと、サトシは伏し目がちに息を吐いた。
頬もほんのり赤く染まっている。
その仕草や表情が何ともそそられたけれど、さすがにこれ以上の行為に進む訳にもいかない。
下には、博士もハナコもいるのだ。
ここはガマン、頑張れ、自分。
「……どうしたんだ、シゲル」
シゲルが黙ったままなので、サトシは不思議そうに見上げてくる。
だからそういう表情は、ガマンできなくなるから、やめてくれ。
とりあえず、話題を変えよう。
「……いや、僕はプレゼントを用意できなかったから……」
「何だ、そんなこといいんだよ。
シゲルに会えただけで十分だぜ」
またそんな嬉しい台詞を……
でも、それで納得するのは、彼に甘えすぎている気がする。
「もらっただけっていうのもね……」
そう言うと、サトシはしばらく考え込む。
やがて、何か思いついたらしく、瞳が嬉しそうに輝いた。
「じゃあ、これでいいよ」
そう言ったと同時に、サトシの方から、シゲルに口づけた。触れるだけのキスだった。
あまりにもいきなりだったので、シゲルの動きが止まる。
ついでに言えば、一瞬思考も止まった。
「記念にするよ、クリスマスだし」
呆然としているシゲルに、サトシはそう言って笑った。








 さて、二人の会話は弾んでいるだろうか、
料理をつまみながら、ケンジはそう思った。
二人の関係が単なる幼なじみやライバル以上のものであることは、以前から気が付いていた。
もちろん、タケシやカスミも同じである。
ただ、彼ら、特にサトシが、全然隠せていないが隠しているつもりなので、気付かないふりをしている。
もしそのことをサトシが知ったら、どんなに慌てるだろう、そう考えただけでおかしくなってきた。
そんなことを一人で考えていると、不意にオーキド博士の声が耳に入ってきた。
「……さて、あの二人は仲良くしてるでしょうかねぇ」
「大丈夫ですよ、きっと今ごろ楽しくお話ししていますよ」
ハナコがそう返す。
博士は続けた。
「しかし、二人の驚いた顔といったら」
「頑張ったかいがありました」
サトシとシゲルについて、博士とハナコは楽しそうに話している。
そういえば、とケンジは思い出す。
 突然ハナコが訪ねてきて、クリスマスにサトシとシゲルを会わせてやりたい、と言ってきた時は驚いた。
理由を問えば、二人とも会いたがっているはずだから、と言っていたが、
彼女はサトシとシゲルの関係をどう思っているのだろう。
オーキド博士にしても、かなり乗り気だったのが、妙に気になる。
ただの幼なじみかライバルと思っていてくれればいいが……
いらぬおせっかいだが、そう願うばかりだ。
 ケンジは外に目を向けた。
すっかり暗くなって、何も分からなかった。

























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実は、去年のクリスマスにアップし損ねていたものです…
周りの人に助けられてこそ成り立つのが、実はシゲサト。
そして当人たちは気付かず。
良い隣人を得ると幸せだね、シゲサト。