クリスマスの贈り物





「オーキド博士、ご相談があるんです」
突然のハナコの訪問とこの言葉に、オーキド博士は首を傾げた。




 今の研究に一段落がついた。
椅子に寄りかかり、シゲルは息を吐いた。
外を見れば、先程まで止んでいたはずの雪が再び降り始めていた。
そのせいだろうか、時刻は昼過ぎのはずなのに、部屋の中はひんやりとしている。
資料を読んだり、まとめたりしているのに夢中で、気が付かなかった。
暖房をつけようかとも思ったが、面倒だったし、一休みしたい気分だったので、シゲルは部屋を出た。




 研究所の台所に入って、棚から紅茶のパックを取り出し、カップにお湯と共に入れる。
湯気が顔に当たって温かい。
だいぶ体も冷えているな、と今更ながら思った。
紅茶の入ったカップを持って、隣の部屋のドアを開けると、他の研究員が談笑していた。
一人がシゲルに気が付き、声をかけた。
「お、シゲル君、どうかしたのかい?」
「少し休憩しようと思ったので」
「うん、それがいいよ。君は真面目すぎるからね」
たまにはサボることも必要だよ、と笑いながら言って、彼は横にずれてシゲルの座るスペースをつくってくれた。
ありがたく、シゲルは彼の隣に座った。
 すると、今度は別の研究員が話しかけてきた。
「でも、丁度良かったわ、シゲル君。今呼びに行こうと思っていたの」
「何か、あったんですか?」
シゲルは彼女の方に顔を向けた。
「実はね、届け物を頼まれてくれない?」
「届け物、ですか?」
「ええ、オーキド博士に」
「オーキド博士に?」
シゲルは目を丸くした。
「クリスマスも近いことだし、ついでに家族でゆっくりとしてきてくれても構わないから」
「いや、でもまだ研究の途中ですし……」
「一段落したことだし、来年からでも十分間に合うわよ」
そう言って微笑む彼女の笑顔が、シゲルには何かを含んでいるような気がしてならなかった。








 ポケモンセンターにポケモンたちを預け、サトシがロビーでくつろいでいると、
先程まで誰かと電話をしていた三人が戻ってきた。
サトシはハルカに尋ねた。
「誰と電話してたんだ?」
「え、えーと……」
言いづらいのか、ハルカが口ごもっていると、マサトが代わりに答えた。
「ママだよ!たまには連絡ぐらいしないとね」
「ということで、突然なんだが……」
どこらへんが、ということなのかは分からなかったが、サトシはタケシの方へ目を向ける。
「実は、オレ、急に家に帰ることになったんだ」
「ごめんね、わたしたちもなの」
「……は?」
タケシの言った通り、まごう事なく突然のタケシ、ハルカの発言に、サトシの目が点になる。
「ほら、そろそろ年末じゃない?
さっき電話していたら、ママが年末ぐらいは家に帰ってきなさいって」
「そういうわけで、オレたち、これから帰ることにしたんだ」
「ちょ、ちょ、ちょっと待てよ!何でそんなこといきなり……」
話の展開について行けなかったサトシだが、ここでようやく三人に声をかけた。
が、すでに三人はあまり気にしていないようだった。
「急ぐ旅でもないし、せっかくだからサトシもマサラタウンに帰ったら?」
と、ハルカ。
「いや、そういうことじゃなくて……」
「たまにはママさんに親孝行してやったらどうだ?」
と、タケシ。
「だからさ、オレが言いたいのは……」
「それじゃ、サトシ、また来年会おうね〜」
と、マサトの三人にそれぞれ言われたところで、ポケモンたちの回復が終わったと連絡が入り、
サトシは反論する機会を逃してしまった。








 マサトからはテキパキとマサラタウンへの行き方を、ポケナビの地図画面に沿って説明され、
ハルカからは念入りに再会する時の日時や場所を指示され、
タケシからはご丁寧にお弁当を持たされて、
サトシはほとんど無理矢理な感じで、久しぶりに故郷に帰ることになった。
いっそ清々しいほどにあっさりと三人と別れた後、サトシは相棒ピカチュウと一緒に、のんびりとマサラタウンへの道を歩いていた。
「……そりゃ、久しぶりにママたちに会えるのは嬉しいよ。
でもさ、みんな勝手すぎるよな、ピカチュウ」
「……ピーカ」
ピカチュウはただ、思い出したように言い出すサトシの愚痴に頷いてやる。
理由は簡単、
「ありがとう、ピカチュウ。
お前だけだぜ、オレのこと分かってくれるのは……!」
と、サトシが感激して抱きしめてくれるのだから。
ピカチュウにとっては、願ってもないことだ。
こんなやりとりを何度も繰り返しながら、サトシとピカチュウはようやく、トキワシティまで辿り着いた。
「懐かしいなぁ、ピカチュウ」
「ピカ〜」
文句をいいつつも、やはり知っている土地に来ると、なんだかほっとしてしまう。
愚痴を言い続けるのも飽きてきたし、何だかんだいったって、ここまで戻ってきたんだ、そろそろ気持ちを切り替えるか。
「せっかく、久しぶりに帰って来たんだしな、まだ着いてないけど」
ツッコミを入れてくれる相手も今はいないので、自分でそう言った後、サトシは勢いよく、自分で自分の頬を叩いた。
「よし、愚痴終了!」
自分に気合いを入れて、サトシは街の中へ走り出した。
「ピカチュウ、競争だ〜!」
ゴールの場所もスタートの合図も言わずに、勝手に競争を始めたサトシを、ピカチュウは慌てて追いかけた。




 街の中をひたすら走る。
冷えた体を温められるし、帰宅時間も縮められる、まさに一石二鳥。
オレって頭いい〜、と自讃しながら、商店街を突っ切っていく。
さすがに人がたくさんいるので、ピカチュウはサトシの肩に避難していた。
人に何度かぶつかりながら、それでも走り続け、商店街の真ん中まで着いたところで、サトシは足を止めた。
目の前にそびえ立つ大きな物体に、目を奪われた。
てっぺんには大きなお星様、全体は色鮮やかな電球やらリボンやらで飾られている。
気分を出すためか、雪を模した綿まで、ところどころに載せられていた。
言わずと知れた、クリスマスツリーである。
 サトシは、はたと気が付いて、ひい、ふう、みいと指折り数え、日にちを確かめた。
「……」
クリスマスまで、今日を除いて数えると2つ。
イベントとして盛り上がるイブで考えれば、あと1日だ。
そうか、だから色んなお店もいつもより騒がしかったのか、と今更ながらにサトシは納得した。
「やった、今年はサンタクロースにプレゼントもらえる!」
サトシ的サンタクロースの法則は、
良い子にして、クリスマスに自分の家にいれば、サンタクロースからプレゼントをもらえる、
である。
周りの騒がしさに負けず劣らず、サトシはうきうきしてきてきた。
こうなったら、猛ダッシュで家まで帰ろうと、ダッシュの体勢に入ったところで、
サトシはふとタケシの言葉を思い出した。
「親孝行……」
オレ、そういうの考えるの苦手なんだけど……
と誰にともなく呟いてから、
家に帰るのは、ママへのプレゼントを買ってからだな、
と、ようやく様々な店に注意を向けた。




玄関の前で深呼吸を一つしてから、サトシはドアを開けた。
「ただいま!」
「おかえり〜」
懐かしい声だ。
靴を脱ぎ捨てて、サトシはリビングへ駆け込んだ。
「ママ!」
ハナコが笑顔で迎えてくれた。
一瞬、抱きつきそうになったが、もうそんな年じゃない、と思い直して、踏みとどまった。
「遅かったわね〜
心配してたのよ」
ハルカたちと別れる前に連絡しておいたので、サトシが帰ってくることは、もちろんハナコも承知のうえだ。
「寄り道してきたから。
あ、そうだ、はい、ママ」
サトシはリュックの中から包みを取りだし、ハナコに手渡した。
受け取りながら、ハナコは尋ねる。
「なーに、これ?」
「……もうすぐクリスマスだから」
言った後、照れくさくなって、そっぽを向いた。
「た、たまには、ね」
ハナコは微笑んだ。
「ありがとう、サトシ」
サトシは再びハナコの方を見た。
少ししてから、サトシも微笑んだ。








 家路の途中で唐突に気が付いた。
睡眠時間が足りていない。
研究中は気が付かなかったが、今はやたらに眠気が襲ってくる。
そんな眠気と戦いながら、ようやく辿り着いた。
久しぶりの我が家だ。
成り行きか、それとも誰かの企みかはわからないが、とにかく、自分はマサラタウンに戻ってきた。
こうなったら、言われた通り、年末年始はゆっくりと過ごすことにするか。
何かあった時のことは、その時に考えよう。
寝不足なので、どうせ今考えたとしても、大した考えなど浮かんでこないだろうし。
 門を開け、階段を上がり、玄関まで着いた。
扉を開け、中に入る。
ただいま、と言おうと思ったが、
この広い家のどこに祖父がいるかは分からないし、
そこまで大きな声を出す気力も残っていない。
また、探し出す体力もなさそうだ。
とにかく、自分の部屋に行って、とりあえず寝よう。
と、シゲルは自室へと向かった。
 階段を上りかけたところで、後ろから声が聞こえた。
「おお、シゲル、お帰り」
ゆっくりと振り返ると、祖父が立っていた。
「……ただいま帰りました」
「うむ、元気そうで何より、とは言えないようじゃな」
苦笑しながら、少しふらふらしているシゲルを支えようと、オーキド博士は手を伸ばしたが、
さりげなく、拒絶される。
「いえ、大丈夫です。
ただの寝不足です」
だから早く寝かせてくれ。
シゲルは用件をさっさとすませることにした。
「これが預かってきた物です」
バッグから取り出して、オーキド博士に渡した。
「わざわざすまんかったの」
「……確かに、お渡ししました」
用件はすんだ。
後は部屋に行って寝るだけだ。
早く部屋に行きたそうなシゲルの気持ちを察したのか、オーキド博士は言った。
「……長くなってすまんかったな。
今日はゆっくりと休みなさい」
「……はい」
オーキド博士に気を使わせたことを少々申し訳なく思ったが、
これでやっと寝られる、とシゲルは階段を再び上っていった。
シゲルが部屋に入る直前に、オーキド博士が呼びかけた。
「明日は、出かけるからな〜」
それならば、明日は一日寝ていよう、とシゲルは思った。

























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