「……」
でも……
「……」
ここで止めれば、
冗談だったと言えば、
まだ大丈夫かもしれない。
まだ、許されるかもしれない。
その一方で、自分の欲望は、止まろうとしない。
メチャクチャにしてしまいたいと、
そうさせろと、
訴えてくる。
どうすればいいのか。
心は決まっていたはずなのに、
今更そんな迷いが生じたことに、シゲルは戸惑い、
その動きを止めた。
「……シ…ゲル……」
サトシが涙声で、シゲルを呼ぶ。
我に返り、シゲルはサトシの方を見た。
与えられた刺激と、恐怖で、身体が震えている。
その瞳は、今にも溢れだしそうな程に、潤んでいた。
息づかいも乱れている。
「……」




絶望した。
無理だ。
もう、無理だ。
何て都合の良いことを考えたのか。
彼を傷つけている。
すでに、取り返しのつかない程に。




ならば、手遅れならば、何をためらうことがある。
彼の心は、もう手に入らない。
失っている。
「……」
 シゲルは、昂ったそれをもう一度あてがった。
壊してしまえ。
全て。
「――――!!」
彼の悲鳴も、身体を動かす時の音も、はっきりと聞こえる。
快楽も感じた。
意識だけが、遠い。




痛い。
苦しい。
気持ち悪い。
それなのに、身体がビクビクと反応している。
声が、涙が勝手に出てくる。
動かされる度に、
突き刺される度に、
意識が遠くなって、
引き戻される。
もう嫌なはずなのに、
そう思っているはずなのに、
身体が言うことをきかない。
限界がきて、
過ぎ去って、
朦朧とした意識のままで、
ただ感じることしかできない。
こいつの思い通りにしか、なれない。
涙が流れる。
恐怖と同時に、今度は別の感情が溢れてきた。
 お前はいつもそうだ。
オレの気持ちなんか、全然気にしちゃくれないんだ。
オレがどう思っているかなんて、どうでもいいんだろ。
どうせ、今だって、いつもの嫌味な顔で、笑っているんだろ。
ちくしょう……
 重い目蓋を辛うじて開いて、サトシはシゲルを見上げた。
目を瞠る。
「……っ」
出そうとした声は、喉に引っかかって出てこなかった。
何で、そんな顔してんだよ……
薄れていく意識の中で、視界はぼやけるばかりなのに、
シゲルの泣きそうな表情だけが、鮮明だった。




シゲルは、いつも自信たっぷりで、
嫌味なことばっかり言う奴だけど、
それでも優しい時があって……

だけどオレは、
シゲルの何を知っていたんだろう……








身体が震える。
気を失った彼を腕に抱き、抱きしめても、何も変わらない。
手に入れたいと思い続け、
それを自分から壊したのに。
とうに失っているのに、
何を恐れているのか。
何が怖いのか。








 気が付くと、身体がひどく重かった。
目を開くのが億劫だった。
何でこんなに身体がきついんだ、と思ったところで、
思い出して、サトシは目を開いた。
シゲルがサトシを見下ろしている。
ひどく不安げな表情であったが、サトシと目が合うと、すぐにそれは消えた。
「やあ、ようやく起きたのかい?」
そう言い放つシゲルを、サトシは見つめる。
意識を失う前に見た表情は、夢だったんだろうか。
でも、さっきの表情と似ていた。
「……ゲル…」
声が掠れていた。
それに驚いて、サトシは起きあがろうとしたが、
シゲルの両手がそれを止めた。
「……できるだけ、ゆっくり起きあがった方がいい」
意味が分からなかったが、サトシはその言葉に従う。
腰に違和感を感じたので、これのせいか、と思った。
 起きあがった後、自分の身体をゆっくりと見回した。
身体は特に汚れていないけど、服は着ていない。
やっぱり、夢じゃないのか。
「……オレの服は?」
「……」
シゲルは黙ったまま、サトシに服を渡した。
サトシは受け取り、のろのろと着替えていく。
身体が重かった。
 いつもの倍ほどの時間をかけ、着替え終わった後、
サトシはシゲルに目を向けた。
すると、シゲルはサトシに何かを放った。
キャッチして見てみれば、果物だった。
「……サンキュ」
サトシが礼を言うと、シゲルが顔をそらす。
サトシは果物に目を向け、一口かじった。
果汁が喉を潤してくれた。
 食べながら、もう一度シゲルの方を見れば、
シゲルは変わらず無表情のまま、遠くを見ていた。
「……」
シゲルは今、何を考えているんだろう。
何で、あんなことをしたんだろう。
どうして、あんな泣きそうな顔をしていたんだろう。
どれも、分からないことばかりだ。
「シゲル……」
掠れた声で呼ぶと、シゲルはサトシの方は向かずに、声だけで返事をする。
「……何で、あんなこと、したんだ……?」
「……」
「……答えてくれよ……」
「……」
シゲルは黙ったまま、答えなかった。
答えられなかった。
「……」
サトシも黙り込んだ。
目を覚ましたばかりの時は、シゲルは優しかった。
身体を気遣ってくれたり、服を渡してくれたり、果物だってくれた。
自分の知っている彼だ。
じゃあ、今はどうしてだろう。
何も言ってくれない。
自分の方すら見てくれない。
反応のないシゲルに尋ねる自分の言葉が、虚しい。
「……どう言ってほしいんだ……」
シゲルがやっと口を開いた。
できるだけ胸に抱く感情を押し殺す。
出す意味はない。
「理由なんてないさ」
サトシの方を向いた。
一番最初と、同じ表情だ。
冷たい。
サトシの瞳が揺れた。
それに気付いていても、シゲルにはどうすればいいか、分からない。
だから続ける。
「試しにやってみただけだ」
傷つけるためだけに、続ける。
「……試し……?」
シゲルの言葉が頭に響く。
冷たい表情なのに、声だけが優しい。
頭の中が騒いでいる。
この気持ちは何だろうか。
この先は聞かない方がいい。
だが、この場から逃げ出すことも、シゲルの言葉を止めることもできなかった。
「ただの……暇つぶしだ」
言い放たれた言葉に、サトシの頭で何かが弾けた。
感情が押し寄せてくる。
それが怒りなのか、
哀しみなのか、
分からない。
止まらない。
「お前っ……!」
サトシはシゲルの胸ぐらを掴む。
動いた拍子に、腰が痛み、顔を歪め、サトシは俯いた。
身体が痛い、
だがそれよりも、
胸がズキズキと痛い。
荒い呼吸をさせながら、サトシは顔を上げた。
サトシを冷たく見つめたまま、シゲルは言った。
「気が済むまで、殴れば?」
殴ってくれればいい。いっそそうしてくれ。
 言い放たれた言葉に、堪えていたものが溢れ出す。
シゲルの胸ぐらを掴む、震えたその手を抑え込もうと、力を込めた。
震えは収まらない。
視界が霞んだ。
「……」
サトシを見つめるシゲルの表情が微かに歪んだ。
だがそれも、今のサトシには見えない。
涙で霞み、何も分からなかった。
「……」
シゲルがサトシの頬にそっと触れた。
指を動かして、溢れる涙を拭う。
涙で霞んでいた視界が、少しだけ鮮明さを取り戻す。
シゲルの表情が見えた。
「……何で、そんな顔してんだよ……」
声に出なかった言葉を、今度は告げた。
でも、シゲルは答えてくれない。
顔を歪め、辛そうにサトシを見つめるだけだ。
止まらない涙で、また何も見えなくなった。
「……何で……」
もう、言葉にならなかった。








いつもいつも嫌味ばっかり言う、オレの幼なじみ。
でも実はすごく優しい。
からかわれても、
ケンカになっても、
そのことを、オレはちゃんと知っていると、思っていた。


だけど、今は、
お前のことが、分からない。

























P_Novel TOP





何かもう、ゴメンなさい…;
最後にはちゃんと両想いになりますので!