3月15日
昨日よりも更に機嫌良く、シゲルは家に遊びに来たサトシに尋ねた。
「昨日はサトシの日でした。では、今日は何の日でしょう?」
「……ええ?」
今日も特別な日なのか、とサトシは考える。
昨日と同じように考えるならば、3と1と5で……
「……サイコーの日……?」
サトシの答えに、シゲルは納得したように頷く。
「確かに、ある意味ではそうだな」
「……」
どういう意味で?と思う。
サトシの疑問を感じ取ったのか、シゲルは教えてやった。
「僕にとっては特に、っていう意味で」
「……何でお前にとっては特にサイコーなんだ?」
昨日から、何かしらシゲルは変だ。
昨日は楽しかったが、今日は、何だか嫌な予感がする。
だが、気になるものは気になる。
315は一体何の日だというのか。
「で、今日は何の日なんだ?」
シゲルは嬉しそうに答えた。
「サトコの日」
「……」
誰だよ、そいつ。
「……は?」
結構な沈黙の後に、心の中でツッコミを入れつつ、サトシはシゲルにそう聞き返した。
「だから、3・1・5で、サ・ト・コ」
「……それは分かった。
オレが聞きたいのは、サトコが誰なのか、ってこと!」
もしかして浮気か、このやろう。
とサトシはちょこっとだけヤキモチを焼いた。
「お前、オレにわざわざ浮気をばらしにきたのか?」
オレだって、ヤキモチぐらい焼くんだぞ。
何て言ったっけ、あれだ、ジェラシーだ。
とサトシはシゲルに詰め寄ろうとする。
が、シゲルは心外だとばかりに目を丸くし、肩をすくめた。
「……まだ分からないのか、サトコちゃん?」
そして、そう呼びかけ、サトシの両の肩に両手を置いた。
「…………え?」
シゲルに代わり、サトシの目が丸くなる。
シゲルは肩に手を置いたまま、嬉しそうに言う。
「前に、女装したことあるんだって?」
シゲルの言葉に、サトシの顔色が変わる。
「……な、何で知ってるんだ!?」
「タケシから聞いたんだ」
「……」
タケシ、何でよりにもよってコイツに言うんだ!
嫌な予感がばりばりだ。こいつ、何か企んでる。
直感でそう感じて、サトシはその場から逃げ出したくなった。
それを見越していたのだろう、
肩に置かれたシゲルの両手の力は緩まずに、サトシをばっちり押さえている。
「道具はしっかりと用意させてもらいました」
シゲルは笑顔でそう言う。
その笑顔が眩しいくらいに輝いている。
どんだけ楽しそうなんだ、お前は。
「シ、シゲル……少し、落ち着け……落ち着いて下さい……」
冷や汗を垂らしながら、サトシは必死に訴える。
「いやいや、落ち着いてる、落ち着いてる」
いや、むしろ突っ走っているぞ。
帰ってこい、シゲル。頼むから!
シゲルは生き生きとした、見る人の心をわしづかみにするように微笑んだ。
サトシには通じないが。
「大丈夫、可愛くしてあげるから」
「――ギャーッ!!」
サトシの必死の願いは届かなかった。
「よし、完成」
ふう、とシゲルは満足そうに息を吐いた。
そんなシゲルに反論の声が上がる。
「……よし、じゃない!」
声の主は、長い金髪に大きなリボンをつけ、レースのついたドレスを着た、一見女の子。
正確には女の子に扮したサトシだ。
「何でオレがこんなカッコしなきゃいけないんだ!」
シゲルにそう怒鳴るが、シゲルは涼しい顔をして答える。
「そりゃ、今日はサトコの日なんだから、当然サトコの格好をしてもらわないと」
「理由になってねーよ!」
「とにかく、今日は一日その格好でいること」
「アホか、お前の言う通りになってたまるか」
「じゃあ、今から外に行こう」
「人の話を聞け!」
今日はいつになく、お前を遠くに感じるよ、シゲル。
本当に、お前どこまで突っ走る気だ……
「……嬉しいんだけど、
あまりくっつかれると歩きにくいんだけど?」
シゲルにしがみついて歩くサトシに、シゲルは苦笑する。
「だって誰かに見つかったら……」
なるべく顔を見られないように、人と顔を合わせないように、サトシは俯きがちに歩く。
「あれ、シゲル〜?」
シゲルへ呼びかける声に、シゲルは振り向き、サトシはびくついた。
「久しぶり〜、いつ帰ってきたの?」
今は懐かしき、シゲルが通っていた小学校のクラスメートだった。
良くも悪くも、シゲルにとっては普通にクラスメートとしての付き合いだった。
社交辞令で、シゲルも返事を返す。
「…一昨日ぐらいかな。たまには骨休めしないと」
「研究者になったんだって?
やっぱオーキド博士の孫だな。
血は争えないってやつ?」
「……誉め言葉としてもらっておくよ」
「相変わらずクールだな〜……あれ、その子……」
彼はシゲルの後ろに隠れるようにしているサトシに気が付いた。
反射的に、サトシは俯く。
「……もしかして彼女?」
「まあ、そんなとこかな」
「へえ〜」
彼はしげしげとサトシを見る。
その視線を痛い程感じつつ、サトシは、
やめろ、そんなに見るな、早く行ってくれ、と懇願する。ただし心の中で。
「可愛いだろ?」
「……のろけるなよ……
ねえ、君、顔上げてくれる?」
彼の言葉に、サトシは顔を引きつらせて、固まった。
シゲルはくすりと笑って、サトシに小声で囁いた。
「大丈夫だから、顔上げて」
「……」
恐る恐るサトシは顔を上げた。
彼と目があったので、とっさにまた俯いた。
シゲルは苦笑して、ようやく助け船を出した。
「……恥ずかしがりなんだ。あまり見てやらないでくれ」
「…お幸せに」
じゃあな、と彼は去っていった。
姿が見えなくなってから、サトシがやっと顔を上げ、安堵の息を吐いた。
「……別にバレないのに。どこからどう見たって、可愛い女の子だよ」
「…なんでそう言い切れるんだよ…」
「そりゃあ、僕がコーディネートしたからに決まっているだろ」
「……」
別の意味で、シゲルのその自信が怖い。
しかし、最初は落ち着かない様子だったサトシも、
慣れてきたのか、店に並ぶポケモングッズに心を奪われたのか、
次第に気にせずにどんどん歩いていくようになった。
外見は普通に女の子なので、まさしくデートだ。
「シゲル、こっちこっち!」
楽しそうにシゲルを引っ張っていくサトシについていきながら、
「……慣れって怖いねぇ……」
シゲルはしみじみとそう思った。
映画こそ見なかったが、14日と似たようなデートの後、
夕方、同じく二人は家路につく。
が、昨日とはちょっと違った。
「サトコちゃん、今日は僕の家に泊まらないかい?」
「サトコちゃん言うな。いいのか、泊まって?」
「むしろ泊まってほしいな」
「ふうん、じゃあ泊まる」
サトシはあっさりとシゲルのお誘いにのった。
シゲルはサトシに分からないように、怪しく微笑した。
オーキド博士は、仕事で今日は家に帰らない。
シゲルの家に到着し。部屋に入った後、シゲルはそれをサトシに説明した。
「そっか、だから今日オレに泊まれって言ったんだ」
自分の企みに気付いたとは思えないので、
サトシの言わんとしていることはシゲルには分からなかった。
「……どういう意味?」
「え、寂しかったからオレを呼んだんだろ?」
「……」
なるほど、そういう風に解釈したのか。
気付かなかったが、それも少しはあったのかもしれない。
本当の目的は違うけど。
「まあ、そんなとこ。今日はサトシと一緒にいたかったんだ」
素直にそう言うと、サトシはちょっと赤くなった。
「……き、昨日も今日も、すごい素直だな、お前!」
サトシの言葉に、シゲルはにこりと笑う。
「やっぱり、素直になるって大事だよな」
シゲルは数時間程前と同じように、
サトシの肩を両手で掴み、サトシ、と呼びかける。
「……シゲル?」
少し様子の変わったシゲルに、サトシは首を傾げる。
その動きに合わせて、金髪のカツラが揺れた。
「……本当のこと言うとね、色々とたまっているんだ」
「……何が?」
「最近会ってなかったし、これでも我慢したんだよ。
昨日はキスだけで終わらせたし」
「……何を?」
サトシに顔を近付け、耳元で囁いた。
ぶはっと吹き出して、サトシの顔が先程よりも赤くなった。
シゲルの腕を振り解き、サトシは一歩下がる。
「いやいやいや、ちょっと待て、シゲル。
オレ、今日はそんな気分じゃないっていうか……」
言いながら、更に後ずさる。
「大丈夫、すぐにサトシもその気になるから」
サトシが後ずさった分だけ、シゲルも後を追いかける。
「せっかく、そんな格好しているんだ。
いつもと違う気分が味わえるさ」
「って、こんなカッコをさせたのはお前だろ!」
「刺激的な気分になると思って」
「ならねーよ」
「僕はなる」
「なるな!」
言い合いを繰り返していると、シゲルが切り札とも言うべき台詞を口にした。
「昨日たくさん付き合ってあげたじゃないか。
今度は僕に付き合う番だ」
サトシがはっと気付いた。
「おま…!ずっと企んでいたのか!」
「まあ、否定はしないよ」
腹が立つやら呆れるやらで、次の言葉が出てこない。
絶妙なタイミングで、部屋の壁にぶつかり、サトシはそれ以上後ずさることもできなくなった。
「ちなみに、言い訳になるだろうけど、昨日楽しかったのは本当だから」
「……良い思い出のままにしておかない?」
「却下」
慌てているのに、動けもせずに、サトシはシゲルを見上げる。
シゲルは優しく微笑する。
「大丈夫、昨日も今日も僕は優しいから」
「……意味わかんねぇ」
「優しくしてあげるってこと」
サトシの顔が青くなる。冷や汗が背中を伝った。
「――ギャーッ!!!」
本日二度目の悲鳴が響いたが、当人たち以外には聞こえなかった。
暗転。