3月14日
「今日はサトシの日だな」
「はあ?」
いきなり変なことを言うシゲルに、サトシは間抜けな返事を返す。
「意味わかんねぇ、何でオレの日なんだ?」
別に今日は誕生日でもないし、この日に特別なことをした記憶もない。
シゲルの言わんとする意味がわからず、サトシはシゲルに聞き返した。
シゲルは楽しそうに答える。
「今日は何月何日?」
「3月、14日……」
「だから、314でサトシの日」
「……」
だからじゃない、だから?、と言いたいのはオレの方だ。
とツッコミたかったが、その前にシゲルが口を開いた。
「今日は特別にサトシの言うこと何でも聞いてあげるよ」
「マジで!?」
「マジで」
サトシの頭から、ツッコミたいことは飛んでいった。
もうそんなことはどうでもいい。
棚からボタモチとはまさにこのことだ。
「うっわー、嬉しいな、何してもらおうかな。
ホントに何でもしてくれるの?」
「もちろん」
サトシはウキウキとシゲルにしてもらうことを考える。
「それじゃ、とりあえず、デートしよう!」
サトシはシゲルの腕を掴んで歩き出した。
ピカチュウは残念ながらお留守番。
本当は遊園地にでも行きたいところだが、いきなりだったので、
デートは商店街でのウインドウショッピングになった。
「シゲル、あそこにポケモンのバッジがある!」
「はいはい」
サトシははしゃぎながらシゲルを引っ張っていく。
シゲルはおとなしくサトシに付き合ってやる。
ガラスショーケースの中には、様々なポケモンたちを形取ったバッジが、
人の目を引きつけるように並べられている。
例に漏れず、サトシもたくさんのバッジに魅了されていた。
「すげーな、かっこいいな〜」
「欲しいなら、買ってやろうか?」
シゲルの申し出に一瞬サトシの目が輝いたが、
サトシは首を振った。
「……いや、いいよ。見てるだけで満足」
シゲルは少し考えた後、サトシに聞いてみた。
「……じゃあ、それは置いておいて、一番気に入ったのは、どれ?」
サトシは目移りさせながら、バッジを見ていき、やがてその内の一つを指差した。
「あれ。ポケモンがマークみたいになっていて、カッコ良い!」
「なるほどね」
シゲルはサトシが指差したバッジに目を移した後、店員に声をかけた。
「……シゲル?」
あれよあれよという間に、
そのバッジはショーケースから取り出され、
箱に入れられ、綺麗に包装され、
ついでにリボンまでつけられて、シゲルの手に渡された。
サトシは唖然としてその様子を見ていた。
シゲルはサトシの手を掴んで持ち上げると、
その手の上に、バッジ入りの箱をのせた。
「プレゼント」
「……」
サトシは箱とシゲルを交互に見る。
「……でも……」
嬉しいんだけど、ここまでしてもらっていいのか、とサトシは困惑する。
シゲルはサトシに声をかけた。
「……たまには、素直になった方がいいさ。僕も、君も」
サトシはバッジが欲しい。
自分はサトシに何かしてあげたい。
だから取るべき行動は一つだ。分かりやすい。
「……」
シゲルは店の出口へと歩いていく。
サトシはそれを追いかけながら、言った。
「ありがと!」
振り返り、シゲルは楽しそうにサトシに笑いかけた。
昼食には美味しいパスタを食べて、流行りの映画を見た後に、
通りがかった喫茶店で映画の話で盛り上がりながらクレープを食べた。
シゲルは、サトシに嫌味の一つも言わないし、からかいもしないので、ケンカにもならなかった。
久しぶりのデートはとても楽しかった。
しかし、時計の音が静かに終わりを告げる。
手を繋いで、二人は家路を歩いていた。
やがて、分かれ道にさしかかった。
「……今日は、むっちゃくちゃ楽しかった」
「僕もだよ」
「でも、オレ今日は色々してもらってばっかりだった」
「サトシの日だからいいんだよ、それで」
「……お前、今日はすごい優しいな」
「……たまには、ね」
シゲルがまた楽しそうに笑う。
夕日が雰囲気を出したのか、
いつもよりもその笑顔を意識してしまい、サトシの頬が少し赤くなる。
「な、なんか調子狂うんだよ!」
赤くなった頬を隠すように、帽子を目深にかぶり、サトシはシゲルから顔をそらした。
そんなサトシの様子を微笑ましげに眺めた後、
シゲルはサトシの顎に手をかけ、俯いた顔を上げさせた。
深くかぶった帽子を取って、まだ赤い頬を優しく撫でる。
「サトシ……」
愛おしげに恋人の名を呼んで、シゲルはサトシに顔を近付ける。
シゲルもサトシも瞳を閉じた。
重なった唇と触れた身体から、互いの体温を感じながら、3月14日は過ぎていく。