100円





 旅の途中、妙に喉が渇いてきたと思いながら歩いていたら、たまたま自動販売機があった。
これは運が良いと、荷物を地面に下ろし、財布を取り出して中を覗くと、中には十円玉が三枚入っているだけだった。
「……」
一瞬驚いてしまったが、すぐに思い出した。
少し前に町でモンスターボールやキズ薬を買い置きして、有り金をだいぶ使ってしまっていた。
町を出る前に補充をしようと思っていたのに、そのまま忘れて出てきてしまったのだ。
 次の町に辿り着くにはまだかかる。前の町に戻るには行きすぎていた。
どこが運が良かったのか、自分のミスに小さく舌打ちして、シゲルはため息をついた。
 一度意識してしまったので、喉の渇きがひどく重くのしかかる。近くに水場も見あたらない。
自販機の前で立ち尽くしている自分の姿は、はたから見ればさぞ滑稽だろうと思ったが、
これといった良案も思い浮かばず、たかが飲み物ごときに難儀している自分が情けないのと、
その飲み物と自分の間に立ちはだかる、この自販機に対する恨めしさを抱いて、
シゲルは途方に暮れていた。








 ふと、先ほど歩いてきた道の方向から、人の話し声が聞こえてきた。
話し声は段々と近くなってくるので、こちらの方向に向かってきているのだろう。
面倒だったので、彼らがそのまま通り過ぎてくれることを願って、シゲルは無視を決め込もうとしていた。
 しかし、
「あれ、シゲル!?」
よく知った声が聞こえ、駆け寄ってくる足音が聞こえた。
 よりにもよって……
シゲルは仕方なく、顔をそちらに向けた。
案の定、駆け寄ってくるのは、いつも呆れるほど元気な幼なじみだった。
「……やあ、サトシ君」
こんな情けない姿を、彼には特に見せたくなかったのだが、向こうが気が付いてしまった以上、無視をする訳にもいかない。
もしそうすれば、こちらが返事をするまで突っかかってくるだろう。
サトシの性格は理解しているので、シゲルはあきらめて返事を返した。
「久しぶりだな、元気にしてたか?」
普通に挨拶を返されたことに気を良くしたのか、サトシは嬉しそうにまた話しかけてくる。
「まあ、それなりに」
対照的にシゲルは適当に返事をする。本当は、口を開くのも面倒になってきていた。
色々な意味も含め、サトシといると疲れるのはよく分かっているので、
できるならこのまま何事もなくサトシが通り過ぎていってくれれば、と思ったが、
その望みが限りなく低いこともよく分かっていた。
サトシはといえば、愛想のないシゲルの様子にちょっと口をとがらせた。
「何だよ、元気ないじゃん。そういや何してたんだ? 暇ならオレとポケモンバトルしようぜ」
「……」
自販機の前に立っている人間が何をするのかなんて、すぐわかりそうなものなのに、とシゲルは少々呆れたが、
サトシのこと、シゲルに気をとられて、自販機になど注意がいかなかったのだろう。
そして相変わらずのポケモン好き。小さい頃から、サトシの性格はほとんど変わっていない。
 「ちょっとサトシ、いきなり走り出してどうしたのよ」
「おや、シゲルじゃないか」
一人先に走ってきたサトシに、カスミやタケシが追いついてきた。二人と一緒だったピカチュウがさっそくサトシの肩に登る。
「久しぶりだな」
「奇遇ね、こんなとこで会うなんて」
話しかけてくるタケシ、カスミにも適当に相づちを打っていると、サトシがシゲルの左腕を両手で掴んできた。
「なあ、シゲル、ポケモンバトル!」
「……あいにく今はそんな気分じゃない」
再び催促してくるサトシに、そう言い捨て、絡んでくる両手を億劫そうに振り払った。
断られたサトシはまた口をとがらせる。
「じゃあ、いつそんな気分になるんだよ?」
「……さあね」
 いいかげん会話をするのにも疲れたので、シゲルはサトシから自販機へと視線を戻した。
その動きを無意識に目で追って、ようやくサトシは自動販売機の存在に気が付いた。
「なんだ、お前ジュース買おうとしてたのか。何買うんだ?」
「君には関係ない」
「お前なぁ――」
そっけないシゲルの態度に、サトシは怒りかけた。しかし、
「サトシ、そろそろ行かないと、夕方までに次の町に着かないわよ」
つまらないケンカに発展しそうなこの会話を止める意味も込めて、カスミが声をかける。
「だってこいつが……」
なおも食い下がるサトシに、今度はタケシが間に入る。
「まあまあ、どうせ次の町にシゲルも行くんだろ? バトルはその時でいいじゃないか」
「……わかったよ、その時には絶対バトルしてくれよな?」
「気が向けばね」
少し不満げに、サトシはすごすごと引き下る。サトシの台詞に、シゲルは相も変わらず愛想のない返事を返した。
 サトシの怒りが再び戻らないうちに、とカスミたちはサトシをせき立てた。
「さ、もういい加減に行くわよ!」
「まだ先は長いんだからな」
「それじゃ、シゲル、またね」
自販機を見つめたまま、シゲルは別れの言葉を述べるカスミにおざなりに手を振った。
サトシが何か言っていたが、それは無視をさせてもらった。




 ああ、うるさかった。
そう思いながらも、にぎやかだった分、ふたたび訪れた静寂がいつもより大きくて、少し寂しさを覚えたが、
それはそれとして、シゲルは再び現実の問題と向き合うこととなった。
しかし、シゲルの財布の中身はほぼ空っぽのままだ。
ここで何をしようと、金が何もないところから出てくるはずもない。
無理矢理にでもあきらめて、さっさと次の町に向かう、という結論に辿り着き、
シゲルはサトシたちが先ほど歩いていった方向に顔を向けた。












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