興味があるのは多分、小生じゃあ無くこの枷の方なんだろうな。と官兵衛は心中で呟いた。
先程の宴で様々なことを考えすぎて、余り酔えなかった官兵衛は、政宗に二次会へ誘われ彼の部屋へ訪れた。
政宗は相変わらず尊大だったが、相手を乗せることにはどうやら長けているようで、
官兵衛は気付けば先程豪語した一人で出来る大概なことを、何故か披露させられる羽目になっていた。
既に十分に酔っているらしく、政宗の要求は次第にムチャクチャなものへとなってきており、
箸を持たされ膳を目の前に置かれたところで、官兵衛はとうとう降参した。
「だああ!もう限界だ!お前さんも見りゃあ分かるだろ!
 コレで!箸なんざ!使えるかっ!」
そう叫びながら放り投げられた箸が床板に落ちるのを目で追い、政宗は大仰にため息をついた。
「何だよ、アンタ、この俺と違って、世話を焼いてくれるような奴がいなかったんだろう?
 なら、これぐらいは出来ねぇとなぁ」
やはり先程の皮肉を根に持っていたようだ。
政宗は床に落ちた箸を拾い上げ、官兵衛の前に差し出して、とらいあげいんと言い放つ。
政宗が時折交える異国の言葉を官兵衛は解さないが、どうせもう一度やれということだろう。
ニヤニヤと笑いながら、地味に嫌な仕返しをしてくる政宗に、こいつは絶対いじめっ子だと官兵衛は確信した。
「ふん、勝手に言っていろ。付き合ってられん!小生にだって出来んことの一つや二つや三つあるんだよ!」
言い捨てて、官兵衛は酒を呷る。
その様子に肩を竦めた後、政宗も倣うように一気に酒を飲み込んだ。
そうして、酔いの回った様子で官兵衛を暫く眺めた後、何か別の仕返しでも思いついたのか、
政宗は不意にその目を煌めかせ、官兵衛の機嫌を取るように空になった彼の杯に酒を注いだ。
「なあ、だったら、そういう時はどうするんだ?」
「……そういう時ってのは?」
問いそのものよりも、それを聞いてくる真意を量りかね、官兵衛は眉を寄せる。
「だから、一人じゃ出来ねぇことをする時さ。やっぱ誰かにさせるのか?」
その言わんとする意味は、
手伝わせる相手がいるのかという皮肉か。それとも単に気になったのか。
このお殿さんなら、どちらもあり得るだろう。
「まあそうだな、流石に手伝ってもらわにゃあならんこともある」
どちらにせよ、返す言葉を思案する程の問いでは無いだろうと、政宗の問いに官兵衛は頷いた。
「Hum……酒は飲めるが膳は駄目。
 じゃあ戦支度もだよな?あれは俺だって流石に骨が折れるぜ」
「お前さんは特に着込んでるようだしな」
「俺に言わせりゃあ、アンタらの方がどうかしてるぜ。
 無闇に生身を晒す意味が分からねぇ。
 狙ってくれと言ってるようなもんじゃねぇか」
「速さが肝の戦もあるだろう?」
「いやアンタ足遅いじゃねぇか」
「コレさえ無きゃもっと速いんだよ!」
そう言って思わず腕を振ったので、鉄球が幾らか引き寄せられ、空になった徳利を幾つか割ってしまう。
「……すまん」
「No problem、気にすんな」
気まずそうに謝ってくる官兵衛に笑みを零し、政宗は破片を拾おうとする官兵衛を制する。
かと言って勿論自分で片付ける訳でも無く、適当に破片を払って後はそのままだ。
それでいいのかとは思ったが、特に口を出すまでのことでも無い。
「でもまあ、確かに不便だな。
 誰かに手伝わせるっつっても、させづらいことだってあるだろう?」
「いいや?それ程浅い仲でも無いんでね」
「……へぇ」
自軍も北条軍の者たちも気の良い連中ばかりだ。
己の言わんとする意味に気付かぬまま、
些か誇らしげに言う官兵衛に少しだけ呆れた様子で相槌を打ち、
政宗は持っていた杯を床に置いて、緩慢な動きで官兵衛に近付いた。
「……だったら、ここを触らせるのも平気なんだな」
視線で一度"ここ"を示し、政宗は目を細めて官兵衛を見上げてくる。
一瞬沈黙した後、今度は官兵衛が呆れた様子で眉を寄せた。
「……お前さん、だいぶ酔いが回ってるな」
「まだ大した量じゃあねぇよ」
酔っ払いの常套句をのたまい、下から官兵衛を見る政宗の目は明らかに据わっている。
その顔を徐々に近付けてくるので、酔った勢いとは言え、ただの猥談で済ませる気はないのだろう。
どうしたものかと考えながら、持っていた杯をひとまず床に置き、
官兵衛は政宗に気付かれぬように少しずつ後ずさっていく。
が、鉄球が引き摺られる音に気付き、政宗は小首を傾げた。
「……それ、勝手に動くのか?」
「あ、ああ、動くんだよ!小生もたまに驚かされるんだ!」
酔いのせいで思考が定まらぬのか、政宗がその関心を官兵衛から鉄球に移したので、
これ幸いと官兵衛もそれに乗っかる。
だが、鎖で繋がっている以上、政宗が後を追うことに変わりはない。
ならばここで後ずさるのを止めればいいものを、それを思いつかぬまま官兵衛はじりじりと後ずさっていく。
その官兵衛に引かれる鉄球を政宗は四つ足でそろそろと追い掛け、当然ながら壁まで追い詰めていく。
背中の壁に気付かずに、そのまま後頭部をぶつけた官兵衛は、その音で再び政宗の関心を引いてしまった。
焦点を再び官兵衛に合わせ、彼を捉えると、政宗は更に近付いて彼の上に跨る。
そして薄く笑むと官兵衛の額に手を当て、彼の髪を掻き上げて髪に隠れたその瞳を覗き込んだ。
 初めてまともに視線が交差する。
互いの瞳に潜んだ光に、両者共に驚き、そして引き込まれた。
そのまま唇が重なり合い、貪るように舌が絡み合う。
歯列をなぞり、口中に残った酒を舐め取り、それでも足りずに唾液すら奪い合った。
呼吸の間さえ惜しく、どちらかが唇を離せば、それが我慢できずにもう片方が唇を押し付けてくる。
 熱くなった吐息を漏らし、政宗が官兵衛の首に手を回し縋り付く。
首筋から後頭部を撫で、おざなりにまとめ上げただけの髪に指を絡めていく。
解けた髪が耳や首筋をくすぐるが、それがまた心地良い。
しかし、髪を掻き回していた手の片方が、官兵衛の下肢に伸び、
草摺を捲って袴越しに性器へ触れてきたのに気付いた時、官兵衛は漸く我に返った。
「ま、待て待て!」
顔を一度背け、無理矢理に唇を離させる。
官兵衛の突然の拒絶に驚き、政宗は訝しげに彼を見つめた。
今し方の深く激しい口吸いで頬に朱が走っており、
胸を幾分上下させ、気怠げな息を漏らしているその様子は、妙な色香が漂っているが、
逆にそう感じてしまったことに若干の罪悪を感じながら、官兵衛は釈明と説得を試みる。
「いや、これ以上はマズイぞ!
 ほら、考えてもみろ、酔いに任せたってロクなことがないだろう?
 後悔先に立たずと言うし、二日酔いの上にそういう後悔はな、余計にこたえるぞ」
「……」
「それにな、お前さんみたいな奴なら、何も小生とやらんでも、他にいい相手がいるだろ?」
確か嫁も正則併せ、いると聞いているし、男を好むならば色小姓の一人もいるはずだ。
先程の衝動は、あくまでも酒の勢いだと思うことにして、
官兵衛は得意の口八丁で政宗の気まぐれを呼び起こそうとする。
声音に幾分の焦りが含まれてしまうのは幾らか苦しいが、構わず突き通す。
「なあ独眼竜、何せこの腕だ、これでお前さんを楽しませるのは、小生にゃあ荷が重い」
そう言って枷を政宗の眼前に晒すが、彼は黙り込んだままだ。
「や、だから……」
そうして官兵衛を見つめる彼のその表情は、感情を表に出していないと言うのにどこか哀しげで、
また余計なことを言ってしまったかと官兵衛を戸惑わせた。
「おい、独眼竜……」
「……」
政宗は何かを堪えるように唇を噛み締め俯いた後、漸くその口から言葉を絞り出した。
「……俺程度とは、やる気になれねぇってことかよ……」
その言葉に内包された感情は、素気なく扱われることへの不満や怒りなどと言う子供じみたものでは無い。
拒絶された相手に対する嘆きや恐れすらも孕んでいるような、
為にそれを抱く己の弱さに憤るような、そういう何かが込められていた。
 官兵衛は政宗の過去など知らない。
敵将一人のそれを慮る必要も意味も無いからだ。
しかし、官兵衛は気付いてしまった。
竜の眼に己と似たその質を、竜の言葉から政宗の純然たる心の片鱗を知ってしまった。
これはまるで、合わせ鏡だ。
 俯いたままの政宗の頬に触れかけて、枷に阻まれ叶わぬと気付く。
初めて触れたいと思ったのに、それすらまともに出来ぬのが口惜しい。
そうして官兵衛は気付く。
気付いて、そんな己に舌打ちする。
ああ、何てこった。何て厄介なんだ。
「……そういう訳じゃあない」
心を抑え、虚勢で堪えようとする政宗に、官兵衛は漸く口を開く。
触れ得ぬ代わりに、皮肉と自虐ばかりのその口が、常と同じく言の葉の裏に包み隠したまま本心を語る。
「だが結局は、小生もお前さんと同じってことさ」
逆しまだがその根は同じなのだ。
気付いてしまえば、先程の衝動も最早酒のせいには出来まい。
しかしこのまま酒に全てを任せてしまうには、先が未だ判然としていない。
ならば勢いで為す覚悟はただの無謀に違いない。
「だから、これ以上はマズイんだ」
「……」
官兵衛の言わんとする意味に正しく気付き、応えようと政宗は一度唇を弛緩させるが、
思い付かずか思案の途中か、返しの言葉は紡がれない。
「お前さんも、なれ合いは好まんだろう?」
いや、どちらかと言えば舐め合いか。
官兵衛は苦笑しつつも、敢えて軽口を叩いた。
「……Ha」
今度は応え、政宗も漸く苦笑を返した。
「……そうだな」
普段の癖で、伝わらぬ詫びをそれでも素直に口にして、政宗は官兵衛の首に回したままの腕を解いた。
そのまま政宗が離れようと身動いだ際に、
触れ合っている部分の違和感に政宗と官兵衛は同時に気が付き、共に動きを止めた。
「……マズったな」
「……参ったな」
微妙な異口異音ながらも、同時に呟いて、気まずそうにもう一度相手に目を遣った。
互いに理性は取り戻し、また納得もしたのだが、身体の方は既に衝動の勢いに乗ってしまっていたらしい。
「アンタ、実のところ、これ自分でやってんのか?」
「…………いいや」
暫し言い淀むが、観念して官兵衛は首を振る。
「……こればっかりは、仕方ないだろう……」
自分では出来ないが、かと言ってやらないわけにはいかぬのだ。
官兵衛は半ば投げやりに言い捨てるが、
彼自身も他人にさせざるを得ない現状を情けないと考えているらしい。
ばつが悪そうに、顔を背ける官兵衛を見れば、同じ男として流石に政宗も同情する。
 官兵衛の上に跨ったままだったので、政宗はのろのろと膝だけ立てる。
拍子に頭がぐらついたので、指摘された通り、確かに少し飲み過ぎているようだ。
その酔いが些か冷めたか未だ回っているかまでは分からないが、
どちらにせよ言い訳じみてきたのでそこで考えるのを止めた。
そして、政宗の行動を不審がっている官兵衛の胴に手を掛けた。
「……お、おい、独眼竜!?」
政宗の意図に気付き、当然慌て始めた官兵衛の顔を見ないまま、政宗は言い捨てた。
「こればっかりは仕方ねぇんだろう?」
先程、互いにこれ以上は止めておくと納得し合ったばかりなのだ。
ばつが悪いのはこちらとて同じだ。
「いや、だがな……」
下克上ひしめく乱世とは言え、奥州を束ねる御大将、しかも由緒正しき家柄の、
それもお殿様に果たして御手淫賜っていいものか。
「……Shit、外しづれぇな……」
考えあぐねている間に、鎖を掴まれ、繋がった枷が上へ引っ張られたので諸手も上がる。
近くに転がっていたのか、また食器の割れる音がしたが、
両者共にそれどころでは無いので今度は気にも留めない。
「腕、暫く上げてろよ」
そう命じて、政宗は再度具足を脱がそうと挑んでいるが、
この殿様、着物ならばいざ知らず、流石に他人の具足など外したことは無いだろう。
時折文句を零しながらも、慣れない作業に四苦八苦している様が少し微笑ましく、
官兵衛はおとなしくマグロになることにした。
「……いやいや、それはマズイ」
最近は突っ込むのもいけるクチなので、とりあえず流されかけた己に自らそうツッコんでから、
どうにか身体をまさぐるのに邪魔な具足を外し終えて息をついていた政宗に、官兵衛は声を掛ける。
「なあ、独眼竜」
「うん?ああ、もう下ろしても構わないぜ」
両腕を上げたままの官兵衛に気付き、政宗はそう応えた。
「いや、そうじゃなくてな」
「じゃあ何だよ?」
腕を上げたままなのは流石に結構きついので政宗の言葉に甘えて腕を下ろしつつ、
官兵衛は引き続き袴を寛げていた政宗を止めに入る。
「だから、つまりあれだ、いくら何でもお殿さんにさせるわけにゃあいかんだろう」
「……アンタ、意外に堅物なんだな」
既に鎌首をもたげている官兵衛の股間に目を遣り、今更何をと政宗は呆れた様子でそう呟いた。
そして、一度舌打ちした後、焦れた様子で官兵衛に密着し、彼の下半身に己のそれを押し付けた。
股間の固い感触と耳に当たる吐息に、官兵衛は思わず生唾を飲み込んだ。
「こうなっちまった以上、どのみちアンタも、それに俺だって、もう収まりがつかねぇんだ。
 だったらこれが一番手っ取り早いじゃねぇか」
そう言ってから、政宗は再び官兵衛の前髪を掻き上げ、
気恥ずかしさから背けていたその顔を再度彼に向け、髪に隠された彼の瞳に笑いかけた。
「せっかくのpartyだ、お互い楽しもうぜ」
「……」
一瞬何かを言い返しかけるが、独眼竜の瞳に諸共の情欲の光を見つけ、官兵衛はその眉尻を下げて観念した。
応の返事の代わりに政宗に口付けると、束の間目を見開くが、すぐに政宗もそれに応える。
その唇が離れた後、官兵衛が未だ不本意と言った様子で呟いた。
「……さっきも言ったが、この腕じゃあ本当に大したことは出来んからな」
それを聞いて、政宗は屈託無く笑い出した。
「OK、だから下手に動いて部屋は壊してくれるなよ」
二度あることは三度ある。
とは流石に言えず、官兵衛は努力するとしか返せなかった。

























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小賢しい伊達は策に溺れました。

真面目な話で言えば、伊達は人から拒絶されると結構ダメージ受けます。
それなのに、下手に自虐して、自分で更にダメージ受けました。
まあ、黒官はそれに釣られてくれたので伊達的には結果良し。
これでも小生は優しいんだよ。

次から本番です。エロシーンのことです。