月影
確かに、それに違和感は感じていたはずだった。
ただ、その弱く儚い願いにも似た夢幻を、心のどこかでいつも見ていたのだ。
「What do you mean!?」
思わず声が大きくなるのも仕方がないその知らせに、政宗は動揺露わに目を瞠る。
「マジです、筆頭。あと二刻程で到着するみてぇです」
報告した当人も戸惑いを隠しきれないようで、政宗に縋るような目を向けている。
「……」
だが、政宗はすぐには何も言葉を発せない。
それ程に思いも寄らぬことで、何よりその理由が分からない。
何故、今なのか。
いや、それとも今だからこそなのか。
「…OK、来ちまったもんは仕方がねぇ」
その思惑が何であれ、会ってみないことには分かりようがない。
観念めいた覚悟を決め、政宗は出迎えの準備をするように命じた。
母が来た。
米沢城で暮らす政宗の実母保春院は、同じく米沢城にて暮らす彼の実弟小次郎を伴い、
現在の政宗の居城となっている会津の黒川城に足を踏み入れた。
幾分の不審をその顔に浮かべて出迎えた政宗に、彼女は穏やかに微笑んだ。
「政宗殿、すっかりご立派になられて…」
「…母上もお変わりないようで何より」
硬い表情と口調で政宗はそう応える。
彼女の瞳にも緊張の光が見えるが、他には何も分からなかった。
「…兄上、お久しゅうございまする」
保春院の背後から掛かる声に、政宗は弟の方へと視線を移した。
「小次郎、息災か?」
「はい」
母以上に緊張した面持ちの弟は、そのせいか答えに疑問を持つ程に顔色が悪かった。
以前の記憶より遥かに成長した弟だが、未だ頼りない印象を抱いた。
政宗は再び保春院に目を向けた。
「しかし、またどうしていきなり?」
そう切り出すと、顔に翳りを生じさせ、彼女は口を開いた。
「武田との同盟を結んだ当初、この母が反対したことを覚えていますか?」
「…ええ」
忘れるはずもない。わざわざ大広間にまで来て、家臣達のいる前で己を罵ったではないか。
声に出しては言わなかったが、何を今更、と政宗はあからさまに不愉快そうな表情を浮かべた。
しかし彼女は緊張した表情のまま、その声に後悔の音を滲ませ、言葉を続ける。
「あの時はそなたの深慮に気付かずに己が浅慮を振りかざし、
今となってはただただそのことを悔やむばかり……
愚かな母を許して下さいますか?」
「……」
正直、白々しい。
今までにどれだけ己の方針に意見を言ってきたか、
どれだけ弟と比較し蔑んできたことか。
しかも武田との同盟を結んだのは半年も前のことだ。
今、それをわざわざ持ち出すには時期が遅すぎる。
「…それでわざわざ米沢から会津まで?
母上の御心にこの政宗、言葉もございませぬ」
しかしそのまま反論はせずに、ただし幾分かの皮肉を込めてそう返すが、
母はそれを受け止め、憂いを浮かべたままだ。
じくりと胸が疼いた。
「…長旅にてお疲れでしょう。部屋を用意させますので、今宵はどうぞごゆるりと」
それだけ言い、政宗は堪えかねて母から顔を逸らした。
「お心遣い、感謝致します」
穏やかな声に嫌でも昔を思い出し、昔のように戻れれば、と抱いてしまう己の心を自覚せざるを得なかった。