「来るか……」
独眼竜は京より北を手中に治めた。
残るは、南を得た己のみ。
そうしたかったんだろう、お前は。
元より、分かっていたかもしれない。
心に焦りがなかったのは、そのせいやもしれぬ。
「……付き合ってやるよ、独眼竜」
元親は戦の準備を命じた。








温い海に温い風。
雨の降らない曇った空。
この温さが懐かしい。
空だけは記憶のそれと異なっていたが。
だが来たのだ。
とうとうここまで来た。
これで漸く…
 富嶽要塞の砲撃が始まった。
鼓膜をやられそうな轟音と衝撃が近くの兵士の身体を抉り、屍へと変えていく。
「Let's party!」
六爪を抜き、独眼竜は走り出した。




 竜の勢いは止まらない。
それに続く軍の勢いも竜の狂気に酔った。
斬り裂き、突き刺し、穿つ。
降服する兵士の声も届かなかった。
 独眼の竜は逸る心を抑えられず、一人先陣していく。
ある意味で、この場で最も竜から遠い片倉小十郎景綱とその部隊が、それを懸命に追いかける。
しかし追いつけない。
周りに目を向ければ、死にかけた兵と屍がそこらに転がっている。
「……」
小十郎はどんどん引き離される。主君が遠くなる。
「政宗様……」
もはや政宗の姿は見えないが、戦える敵兵の数もまた、ほとんどなかった。




 煙と爆発の炎に包まれながら、木騎が音をたてて崩れた。
その直後、自分を取り囲む兵達を斬り伏せていた竜の視界の片隅に、確かに映った。
六爪を振り、障害物でしかない兵達を片付けたあと、改めてそちらに目を向ける。
歩いてくる。
こちらに来る。
巨大な碇槍を肩に掛け、俺の方に近付いてくる。
 正面に立った鬼に、竜は目を細め、笑った。
「よう、鬼」
「よう、独眼竜」
応えるように、鬼も笑った。
その笑いが記憶と変わらなくて、竜は嬉しくなる。
「待ちわびたぜ、アンタに会える日をな」
変わらない。
アンタは変わっていない。
それが嬉しくてたまらない。
そのせいで、一瞬だけ歪んだ鬼の表情にも気付かなかった。
「…なんだぁ、そんなに俺が恋しかったか?」
元親が茶化すと、竜はにい、と笑った。
「ああ、これでようやく……」
狂気に酔い、戦の乱に呑み込まれた竜は、その爪を鬼に向け、突きつけた。
「アンタを殺せる」
「……」
元親は、肩から碇槍を降ろした。
「来やがれ」




 六爪と碇槍がせめぎ合う。
戦いに悦ぶ狂竜の瞳が輝いている。
碇槍の突きが掠ろうとも、己の血が流れようとも、勢いが衰えることはなかった。
よくもここまで…
一瞬よぎったが、そのように促したのは、己だった。
そして、それに溺れたのも、また己。
いずれ後悔させてやる。
いつかの竜の言葉を思い出す。
そうだな、竜。その通りだ。
だから、ならば、楽しもう。
今のこの瞬間に。
束の間の逢瀬に。




 碇槍に付いた鎖が、風を切る音と共に竜に襲いかかった。
竜はそれを六爪で弾き飛ばし、鬼との間合いを詰め、三爪を振り下ろした。
碇槍で受け止められ、また鎖が向かってくる。
それを避けると、碇槍が三爪を弾き、続けざまに一撃が繰り出された。
三爪が砕ける。
砕けた爪を鬼に投げつけた。
鬼が碇槍でそれを防ぎ、三爪をもがれた腕に向かって、素早く突いた。
碇槍が肩を貫き、竜の肉を抉る。
が、仄暗い光をその瞳に浮かべ、唇を笑みの形にした後、
竜は残る三爪を振り下ろした。
 刃が、鬼の身体を斬り裂いた。








「…さすがに、竜は強ぇ…な」
斬り裂かれた勢いで、後ろに倒れ込んだが、
傷から溢れ出す血も、痛みも放っておき、元親は半身だけ起こした。
そんな彼の首に、独眼竜は刀を突きつける。
「Ah-ha、そうさせたのは、アンタだぜ」
「へっ、違ぇねぇ…」
脂汗を浮かべながら、元親は低く呻く。
その拍子に刀が首を掠り、赤く細い線が浮かんだ。
「…なぁ、独眼竜」
息が詰まるが、構わず言った。
「……てめぇが欲しいのは俺だろ?
他の奴らは、生かしてやってくれよ」
「……」
独眼竜は眉を顰めたが、すぐにそれは消えた。
「安心しろよ」
媚びるような優しい声音と共に、歪んだ笑みを浮かべる。
「もうそんな心配なんかする必要ねぇ」
元親が目を瞠り、愕然とした表情になる。
意味は言われずとも分かった。
「…独眼竜、てめぇ…」
抑えきれぬ怒りを含んだ声に、竜は酔ったように笑う。
首に刀を突きつけたまま、膝を折り、元親にその顔を近付けた。
楽しげに、狂気の浮かんだ瞳で元親の隻眼の瞳を覗き込み、その中に己の姿を映らせる。
「他の奴らのことなんか考えんなよ。
アンタは今、俺のことだけ考えてりゃいいんだ」
「……独眼竜…」
哀れだ。
竜のその姿に、元親は眉を寄せた。
「最期くらい、俺を見てくれよ」
竜の瞳が、不意に切なげに揺れ、想いが零れる。
だがすぐに、覗いたそれは消え、また狂気が顔を出す。




ああ。
もう気付く余裕もないのか。




呟きかけた言葉を飲み込み、元親はやんわりと笑う。
ならば、せめてもの償いだ。
「…さぁ、トドメを刺しな、独眼竜」
元親の言葉に、独眼竜はうっとりと歪んだ笑みを浮かべる。
ああ、これで。
これで…
突きつけた爪で首を軽くなぞった後、
狂気に光る瞳が、鬼を捉えた。
鬼の胸に真っ直ぐと刃が吸い込まれ、貫いていく。




 同時に、元親はその腕で、政宗を抱きしめ、口付けた。
血を吐く口の端をつりあげ、元親は笑った。
狂わせたのは俺だ。
悔やんでも、もう遅い。
ならば、せめて……
「じゃあな、政宗」
お前が背負うことはねぇ。
背負わせねぇ。
だから、竜…
―――政宗。
「――――」
政宗はその片眼を見開いて、元親を凝視する。
だが、その視線は返されることなく、隻眼の瞳から光が失われる。
物言わぬ肉の塊となった身体が、地に投げ出された。
 そこに転がる屍を見下ろしていると、口の中に入り込んだ血がゆっくりと喉を伝っていった。
いつかの鉄の味がする。
酒を飲み、酔った訳でもないのに、頭が痛い。
吐き気がする。
何故今更、以前に斬られた傷が痛む。
政宗は立ち尽くす。
感覚はなく、もはや、立っているのか、それすら分からない。
 返り血だけが、いやに温かい気がした。








 先陣した政宗にようやく追いついた小十郎は、屍の中に一人佇む政宗に声をかけようとした。
「……」
しかし、侵しがたい雰囲気に飲まれ、声をかけるのが躊躇われた。
そうすれば、いや、そうせずとも、このまま消えてしまいそうだった。
「…よう、遅かったな」
家臣の気配に気付き、政宗は振り返った。
空の暗さのせいか表情がしかと見えない。
かける言葉が思いつかず、代わりに肩から流れる血に、今し方気付いたふりをした。
「殿、お怪我を……」
政宗は自分の肩に目を向けるが、興味無さげに視線はそらされた。
「大した傷じゃねぇ」
「…政宗様……」
「さーて、戦も終わったことだ。いい加減、奥州に帰らねぇとな」
「……はい…」
聞かれることを拒むように、そう言われ、
それを問い詰めるには弱々しすぎて、小十郎は主君の言葉に従うだけだった。




 ぽたりと、鞘から出しっぱなしの刀の上に、一粒水が落ちた。
降りきれなかった空が、ぽつ、ぽつ、と雨を落としていく。
次第にその数は多くなって、やがて雨音が変わっていった。
「雨…」
雨は鎧や刀にこびり付いた血とその臭気を流していく。
留めておきたい熱さえ流し去っていった。
「殿」
促され、歩き出す。
前にも後ろにも山とある屍が、光の宿らぬ瞳で政宗を見送った。




「……最期まで、酷いやつだな、アンタは」
狂ったままでいさせてくれたなら…
小さく呟いた声は、
誰の耳に届く訳でもなく、
雨の音にかき消された。

























Novel TOP





応竜シリーズ完結。
バサラ2発売前に書いてたやつですので、元親が普通に殿様してます。
続きは…個人的結論の為に書いてますが、
読んで下さっている方の補完に任せた方が良いかもしれないので、
書き上げてもアップするかは考え中です。