四国の鬼は、確かに自国をよく治めていた。
家臣の意見を聞き、適切な判断を下す。
平等に。
時折は城をふらりと出ていき、家臣を心配させるところもあるが、為政者としては間違いなく秀でていた。
「どうだ竜、お前もやるか?」
弓の的から政宗の方に視線を動かし、元親はそう呼びかけた。
「……」
敵を近くに置いているというのに、気にも留めない。
分からない。
その笑顔の裏が読めない。
 政宗は立ち上がると、元親のところまで歩み寄り、弓を引ったくった。
矢をつがえ、素早く弓を引き、的を射抜いた。
「見事」
称賛する元親に舌打ちし、なぜか生じる苛立ちを振り払うように、政宗は次々と矢を放った。
元親は縁側に腰を下ろし、その様子を楽しそうに眺めている。
「……」
四国の鬼は、平等に接する。
独眼竜は敵であるはずなのに、気にせず他と同じに扱う。
何故?
何を考えているのか、俺をどう見ているのか…
 矢をつがえ、弓を引いたところで、
不意に身体の向きを変え、政宗は矢先を元親に向けた。
「……」
政宗から放たれた殺気に一瞬表情を変えるが、
元親はまた笑みを浮かべ、政宗を見つめる。
「……」
俺はアンタの敵だ。
他とは違う。
そうだろう、鬼。
周りの方が騒然となっているが、鬼は微動だにしない。
再び苛立ってきて、そのまま矢を放った。
矢は鬼の頭上を通り、壁に突き刺さった。
「乱れてるぜ、独眼竜」
「……」
政宗は眉を顰め、元親を睨み付ける。
騒がしい周りを元親は片手で制した。
「落ち着け、大したことねぇよ」
そう言って周りを宥める。
「……悪かった」
政宗は聞こえるか否かの声でそう呟くと、その場を立ち去っていく。
大したことねぇ。
その言葉と正体の分からぬ感情が、何故か心に纏わりついてきた。








またもふらりと外に出る元親に付き合い、元親と政宗は初めて出会った海に辿り着く。
以前は政宗が座っていた場所に、今度は元親が座り、その隣に政宗も腰を下ろした。
「良い海だろ、竜」
ここが、一番景色が良く見えるんだぜ、
と子供のように自慢する元親に、政宗は言い捨てる。
「…温いだけだ、空の方がよっぽどいいぜ」
「ハハ、確かに北に比べりゃあ、温いなぁ」
笑い声を上げた後、陰を作る木の根に頭を預け、元親はゴロリと横になった。
だらしねぇな。
人前では決して臥せることのない政宗としては、我慢ならない体勢だが、
元親はそんなことなど、気にしていない。
呆れたが、人のことに、とやかく言う気もなかった。
「……」
海を眺め、空を見上げ、二人はぼんやりとした時を過ごす。
 何がそうさせたのか、政宗はいつからか気になっていたことを口に出してしまう。
「……なぁ、鬼」
「何だ、独眼竜」
元親の返事に、眉を寄せ、政宗は言った。
「俺の名は、独眼竜じゃねぇよ」
「俺の名も、鬼じゃねぇなぁ」
笑いながら、そう言い返す元親に、
ムキになったのか、言うべき機会を望んでいたのか、
政宗は寝転がっている元親の上に半ば覆い被さって、彼を見下ろした。
その名を、初めて口にする。
「元親」
己の瞳に、その時何を浮かべていたのかは分からないが、
元親は、そんな政宗の瞳を覗き込み、彼の頬に触れて、一度だけ撫でた。
「元親」
瞳を反らせず、動くことも出来なかった。




どちらからかも分からない。
ただ分かるのは、
言葉を紡ぐ唇が笑みを浮かべる唇と重なったことだけだった。








 長く留まりすぎていた。
相手を知る知らぬとは関係なしに、このままではまずい。
「なぁ、独眼竜」
こいつが俺の名を呼んでくれぬうちに、俺がそれに堪えられるうちに。
 親しげに話しかける元親から、政宗が顔を背けた。
「……煩ぇよ」
気付いてしまったのだ。
「……煩ぇ」
早く立ち去らなければ。








 何も告げず、城を出た。慌てた様子で家臣達が追いかけてくる。
振り返って、政宗は不敵に笑う。
「…ついでだ、九州まで行ってみるか」
「……」
まだ回るおつもりか、
絶句しているのが分かる。
「と、殿、しかし…」
「ごちゃごちゃ言うな。奥州よりよっぽど近いだろうが」
それだけ言うと、政宗は馬を走らせる。
半分げんなりした様子で、家臣達がそれに続いた。




冷たい風が頬を撫でる。触れられた時の熱を奪っていく。
それでいい。囚われてはならないのだ。
鬼なんぞに、食われてたまるか。
これ以上、楽しませるものか。

青い海と空が目の前に広がる。
その境に、余計なものを閉じこめたかった。








 意識を手放した政宗から萎えたものを抜き、元親は政宗に目を落とす。
口だけで笑い、剥ぎ取った眼帯の下にあるものに目を向け、手を伸ばしてその右目を撫でた。
「……」
何度も。


「…危ういな、竜」

























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ダテは強いけど、脆いだろうと…