「…某、刀は苦手でして……」
独眼竜愛用の六爪の一本をぎこちなく握りそう訴える幸村に、政宗は軽い調子で言った。
「真剣だが、まあただの手合わせだ。それにアンタだって基本ぐらいやってるだろ?」
「はあ…」
やはり幸村のノリはイマイチだ。
戦の際の無駄なハイテンションを懐かしみ、政宗は一つため息を吐いてから心を決めた。
ならば無理矢理その気にさせるまでだ。
「行くぜ」
勝手に開始を宣言し、政宗は一気に間合いに踏み込み、刀を振り下ろした。
当然幸村はその一撃を受け止め、そのまま弾き返す。
「何だ、やるじゃねぇか」
口笛を吹いて目を細め、政宗は体勢を立て直して再び幸村に突進した。
幸村も再びそれをはじき返し、今度は彼が政宗へと向かっていく。
 刀の打ち合う音が辺りに響くが、城下の外れの街道を更に逸れた林の中なので、見に来る者など誰もいなかった。
政宗の思惑通り幸村も次第に昂揚してきたようで、苦手だと言っていた刀も振り回している内に慣れてきたのか、
たまに首筋を掠め政宗をひやりとさせるような、なかなかの太刀筋を見せてくる。
「やるなぁっ、真田幸村!」
そう言いながら一撃を加える政宗の表情は実に活き活きとしており、彼もまたこの手合わせを楽しんでいることが言わずと知れた。
「そちらこそっ!」
普段使わない刀だからこそ幸村は基本に忠実で、だからこそ政宗も隙に付け込みにくい。
そうなれば政宗も次第にムキになり始め、普段の得物が二槍の男には負けてたまるか、と意地になる。
幸村も負けず嫌いを全面に押し出し、一歩も引けを取らない。
「どうした、もうお終いか?」
「まだまだぁっ!!」
若さと勢いに任せ、スタミナ切れとなるまでそれから二刻程打ち合いを続けた。
 両者ともほぼ同時に、そして倒れるようにその場に横になった。
手合わせとは言え真剣でやったものだから、身体中が掠ってできた切り傷だらけだ。
全身を襲う疲労で身体が重い。
しかし、頭の方は妙に冴え冴えとしている。
そのおかげか、つまらぬことに拘っていた己が、どれ程矮小であったかが、幸村には今ならば分かる気がした。
 戦で為合った時、先程の手合わせの時、幸村は政宗に己と近いものを感じた。
武術でも学問でも性格でもない、もっと深い自己を成す本質的な部分で、彼を理解できると思った。
そしてそれはきっと、彼も同じだろうと思ったのだ。
ならば何を拘ることがあろう。
もしかすれば、それを見越して政宗は手合わせなどと言い出したのかもしれない。
いや、きっとそれは確かにあるのだろう。
幸村はそう直感し、同時に政宗へ初めて尊敬の念を抱いた。
それに併せ持たれる武術、政。幸村は感服した。
「……流石は独眼竜殿、某、やはりまだまだ未熟でござる」
思わず音となって漏れた言葉に、政宗は顔だけ幸村の方に向けた。
「何だ、いきなり?」
今まで敵意剥き出しだった男の言葉に一瞬耳を疑い、政宗はそう返す。
その声に、漸く声が出ていたことに気付き、幸村は何でもない、独り言でござる、と言った。
その言い訳らしい言い訳を真面目に口にしていることが可笑しくて、政宗は、変な奴だな、と屈託無く笑った。
その笑いが何故かひどく幸村の心に残る。
 戦の際の凶暴な表情、人を食った不敵な笑みだけではない。
憂いに満ちた表情、それを隠す心、そして今の笑顔。
ただの一日で、こんなにも独眼竜の様々な面を見てしまった。
そしてそれら全てが幸村を惹きつけるのだ。
 政宗が何か喋っている。
なかなか良い太刀筋だった、と褒められた。
それを聞いていない訳ではなかった。
全て覚えているし、後で思い出すことも出来た。
それでいて幸村はその声を妙に遠くに感じた。
己自身が、そして理性とも言えるその思考が宙に浮き、普段の彼の及ばぬところに行っていることなど幸村は気付かない。
「…伊達殿」
無意識に呟いた声は政宗の言葉を遮ったが、政宗は応え、どうした、と続きを促した。
「……」
だが幸村は何も言わない。
何処か遠くを見ていて、それでいて政宗をひたすらに見つめている。
「真田?」
幾分不審そうに眉を寄せる彼を見つめる己を遠くに感じながら、幸村はそれでも尋ねた。
「何故、天下を目指されますか?」
それはきっと、彼の心をもっと知りたい、己と似た彼の本質を知りたいと、そう思ったからだ。
しかしその唐突すぎる問いに、政宗は眉を寄せた。
それでも幸村の声から真摯なものを読み取って、だから政宗は答えた。
「戦を終わらせる為だ」
その言葉に幸村は戦慄し、己の頭が急激に冷めていくのを自覚した。




 幸村は元服して間もない頃に、尊敬していた父・昌幸を戦で亡くした。
その父の替わりとなって、彼は武田信玄に仕えるようになる。
信玄の下で健全に成長を続けながら、やがて戦で名を上げるようになる。
虎の若子、紅蓮の鬼と恐れられるようになった彼は、事実、戦場では普段の穏やかさが信じられぬ程の猛将ぶりを見せた。
当然、人は戦が彼を変えるのだと、武将とはそういうものだと思っていたし、それは決して間違いではなかった。
しかし、幸村の心は常に何一つとして変わっていなかった。
戦で学んだ彼は、常に戦の時の心のままだった。
「…戦を、終わらせる……?」
ぎこちなく唇を動かし、そう呟く幸村に、政宗は頷いた。
「ああ、そうすりゃ、皆が笑って暮らせる世の中がくるだろう?」
「……」
答えられぬ幸村に構わず、政宗は言う。
「それが俺の夢だ」
瞳を輝かせ夢を語る彼を呆然と眺め、幸村は今度こそ政宗を真実遠くに感じた。
 父を戦で亡くし、数々の戦で人を殺めてきた幸村は、ある時、唐突に悟った。
戦は終わらぬ。
俺も、ただ死ぬだけだ。
そしてそれは、彼の心と生き方そのものを決めた。
主君の目指すものの為に、その理想の為に己の命を散らそうと。
 政宗の言葉は幸村にとって信じられないものだ。
政宗に、その本質において己と近いものを感じていただけに、解り合えると思っていただけに、彼の言葉は、幸村を動揺させた。
「……伊達殿、は、戦が終わると…そう、信じているのか…?」
絞り出された声を不思議に思いつつも、政宗は事も無げに頷いた。
「終わらねぇものなんざ、ねぇだろう?」
半身を起こし、政宗は幸村を見下ろす。
つられて幸村は起き上がるが、その視線を見返すことが出来なかった。
「某は、そうは思わぬ……」
俯きそう呟く幸村に、政宗は片眉を上げたが、何も言わない。
幸村は己の信念とも言うべき思いを口にする。
「戦は、戦だけは終わりませぬ。
 例え戦がない時、平和な時が暫し有ろうとも、それこそ人と、その命と同じ、儚いものに過ぎぬ」
「……」
「古より変わりませぬ。
 我らは戦い続け、そして、ただ死ぬだけだ」
そこまで告げたところで、幸村は漸く喋りすぎたことに気が付いた。
これは、人に話すべきではないのだ。
特に、儚いものを信じているこの男には。
数刻前の政宗の普段とは違う様子を見ていただけに、幸村は慌てた。
「……じゃあ、アンタに夢は無いのか?」
暫くして言葉を発する政宗に、特に変わった様子はない。
俯いていた顔を上げ、幸村は政宗を見た。
目つきが悪いのは変わらない。
睨む眼光の鋭さも同じだ。
だがきっと、何かが違うのだ。
だが問われるままに、幸村は答える。
「……夢など、所詮は一夜の幻に過ぎませぬ。
 そのようなもの、信じられましょうか」
まただ。また、彼に対して要らぬことを言ってしまった。
しかし、これを止める術も、話を逸らすことすら、幸村には思い及ばない。
「……なら、アンタが戦うのは、何の為だ?」
政宗は相変わらず、怒鳴りも反論もせずに、静かに幸村に聞いてくる。
それだけに、幸村は辛かった。
いっそ怒ってくれた方が楽であった。
だが幸村はそれでも政宗に告げる。
「……死ぬ為に。戦でこの命を散らせる為に」
主君の理想の為に、とは言い訳かそれこそ押し付けにしかならぬだろう。
だからこれが、戦で全てを学んだ幸村が抱いた唯一の望みかもしれない。
「……」
政宗は感想ともため息ともつかぬ息を零した。
それきり何も言わない。
幸村も何も言えない。

























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次でお終い。