白南風





 目を閉じれば脳裏に浮かぶ。目を開ければそこに在る。
それは正に、新しき世界。




「勝負あり、だな」
流石に呼吸を荒くしながらも、死闘を経て敵の首元に刀を突きつけた政宗は不敵に笑う。
突きつけられた方の幸村は、暫し呆然とそれを見つめていたが、
突然、斬れるのも構わずに俯き、叫び声を上げた。
「…What!?」
思わず刀を引き、政宗は一歩後ずさる。
幸村は叫びながら、二槍の先を何度も地面に叩き付けた。
「……」
政宗はその様子を呆気に取られて見つめていた。
 が、
「お館様に……」
呼吸を荒くしたまま、不意に言葉を発する幸村に眉を寄せた。
「合わせる顔がございませぬぅっ!!」
そう続け、突然幸村が走り出した。
「ちぃっ!」
我に返り、政宗は握っていた刀を幸村に向かって投げつけた。
投げた刀は宙に軌道を描いて幸村の数歩前の地面に突き刺さり、その足を止めさせる。
「おいおい、何勝手に逃げてんだぁ?」
嘲りと少々の怒りを込め、政宗が歩み寄りながら背後から声をかけると、幸村は振り向き、睨み付けてきた。
それに嘲笑を返し、政宗はもう一本刀を抜き、その切っ先を幸村に突き付けた。
「武士なら、潔さも必要じゃねぇのか、なぁ、真田幸村?」
「……」
「それとも戦場に来ておきながら、死ぬのが怖くなったか?」
その言葉に、怒りを露わにして、幸村が言い返した。
「見くびるな! 身に着けしこの六文銭、只の飾りにあらず!」
応えるように、首にかけた六文銭が音をたてた。
政宗は、それに冷笑を返す。
「なら話は早ぇな」
そして幸村の燃えるような瞳に冷めた視線を向けた。
「アンタの首、この独眼竜が貰い受ける」
刀を翳す政宗に、怯むことなく幸村は政宗を見据えた。
「…Ha」
刀を振り下ろす。
それが幸村を斬り裂く直前に、何かが風を切る音が政宗の耳に入った。
振り下ろしかけた刀で向かってきたそれを弾き返す。
弾かれ、地面に突き刺さったものを見れば、それは手裏剣だった。
「武田の忍か!?」
続けて飛んでくる手裏剣を避けながら、その方向を見極めようと政宗は目をこらした。
しかしそれを当然見越し、手裏剣は四方から飛んでくる。
「shit!」
全て弾き返した時には、そのようにし向けられたらしく、幸村との距離が開いていた。
そして幸村の背後に、上空から黒い影が降り立った。
「悪いねぇ、独眼竜の旦那。水差しちゃって」
迷彩柄の忍装束を身につけた男の口調は、言葉とは裏腹に全く悪びれていなかった。
「…分かってんなら、さっさとどいた方が身のためだぜ」
政宗は不機嫌そうに言い捨てた。
言葉通り水を差されたのだ。
「そいつは死ぬ覚悟してるんだとさ、望み通り死なせてやれよ」
そう言った後に、幸村の方を向いて煽る。
「そうだろう、真田? それともさっき言ったこと取り消すのか?」
「お、おのれ、まだ愚弄するかぁっ!」
「ほら旦那、煽られないの」
「しかし佐助! ああまで言われて引き下がるわけには――」
「上司に死なれちゃ、俺が困るんだよ。てなわけで、独眼竜の旦那」
政宗に飛び掛かりそうな幸村を背後から押さえつつ、佐助はへらへらと笑いながら政宗に言った。
「今日のところは勘弁してね」
それと同時に煙幕が張られ、煙が消える頃には、もはやそこには誰もいなかった。
「ちっ!」
忌々しげに、政宗は大きく舌打ちした。








 真田幸村と伊達政宗が初めて出会ったのは、川中島での戦の時だった。
伊達側が甲斐に侵攻し、それにより起こった戦だが、伊達側の勝利に終わる。
講和の条件として武田側は自領の一部を差し出し、同時に伊達へ同盟を申し入れた。
伊達側はそれを受け入れた。
「……納得できぬ」
「まーだそんなこと言ってんの、旦那?」
憮然とした表情の幸村に佐助はため息をついた。
何度も繰り返されたやりとりだ。いい加減佐助も飽きてきた。
「いいじゃないの、これで軍神も動くだろうし、魔王に対しても先手を打てるんだから」
「それはそうだが……」
「真田の旦那はさ、そんなに独眼竜の旦那が嫌いなわけ?」
「……」
先の戦で晒した己の不甲斐なさを思い出し、幸村は唇を噛み締める。
「…そうではない。伊達殿は強く聡い御仁だ。
 しかし信用はできぬ」
頭が切れる。
ならばこの同盟も向こうの都合が悪くなれば早々に破られるかもしれない。
不意をついて甲斐を荒すかもしれない。
信玄が政宗の都合良く動かされないかと、幸村はそれが気がかりだった。
そんな幸村の気持ちは簡単に読み取れるので、佐助は軽い口調で言った。
「…まあ、そりゃそうだけどね、そんなことお館様だって承知の上でしょ」
「うむ…」
「旦那じゃあるまいし、お館様が簡単に独眼竜の旦那の口車に乗るわけないって」
「それもそうなのだが……」
しばらく沈黙した後、幸村はふと首を傾げた。
「佐助、お前先程、何やら無礼なことを言わなかったか?」
「…気のせいじゃない?」
佐助はまたへらりと笑い、はぐらかした。








 正式に同盟を結ぶため、武田信玄は真田幸村ら十数人を共として奥州に入り、伊達政宗の居城を訪れた。
信玄の後ろで控えながら、幸村は油断無く政宗を観察する。
 不意に政宗が幸村の方に目を遣った。
「…Ha」
そう嘲笑したように見えた。
幸村は視線を鋭くして政宗を睨み付けるが、すぐに政宗が視線をそらした。
その後は見向きもされなかった。




 同盟調印後、幸村は城の一室で待つこととなった。
部屋の縁側で一人座り、ぼんやりと庭を眺めていると、不意にどこからか声がかかる。
「…まだふて腐れてんの、旦那?」
佐助の声だ。
声の主を探すことはせずに、庭に目を向けたまま、幸村は言い返した。
「ふて腐れてなどおらぬ」
「そういう顔がふて腐れてるって言うんだよ」
その台詞と共に、佐助が幸村の目の前に現れ、ため息をつく。
 佐助は幸村の隣に立ち、同じように庭を眺める。
「そんなに独眼竜の旦那が気に入らない?」
「……」
「竜の旦那もそんなに悪い人じゃないと思うけどねぇ」
「何故分かる?」
「いや、俺忍なんだけど…」
ぶっきらぼうな物言いに内心苦笑しながら、佐助は幸村に奥州での偵察で調べたことを話してやった。
政のこと、軍のこと、民の評判などだ。
「まあ、竜の旦那は政に対してはマジメにやってる方だよ。
 あの年でやるよねぇ、そう思わない、旦那?」
確か政宗は自分より二つ年上であったはずだ。
「……うむ……」
成程、確かに二つ程度の年の差であるにもかかわらず、
一方は家臣の身にしか過ぎず、もう一方は一国の主だ。
「この城だって立派だしさ、城下町だってちゃーんと栄えてたじゃない。
 戦したばっかなのにねぇ」
「分かっておる!」
自分の器の小ささを思い知らされ、幸村は声を荒げた。
佐助は気にせず、突然妙な提案を口にした。
「ならさ、せっかくだから庭を散歩でもしたら?」
「は?」
「この辺の庭くらいなら、五月蠅いことも言われないっしょ。それに…」
佐助は不意にからかい口調で、食えない笑みを浮かべた。
「いいもん見られるかもしれないよ」
自分に目を向け、不審がる幸村に、佐助は笑みを深くした。








 ただ待っているだけなのは、どうも性に合わない。
佐助の言葉に興味を覚え、幸村はふらふらと庭を歩き回っていた。
当の佐助といえば、ごめん旦那、まだお仕事が残ってるんだ、と言い残し、またどこぞへと行ってしまった。
 季節は春。どこからか甘い桃の香りがしてきた。
甘い香りなら、花より団子を好む幸村なので、そういえば小腹が空いたな、とのんきなことを考えながら、
しかし香りのしてくる方向に誘われるように向かっていった。
桃団子というものがあれば、等と考えながら。

 存外近くにあったらしく、甘い香りをさせながら、淡い紅色が目に飛び込んできた。
同時に、枝を広げる桃の木の真下に、人影が見えた。
「!?」
何故。
幸村は目を疑った。
数回目を擦って再度確認してみるが、間違いはなかった。
桃の花を見上げるその人物は、現在、武田信玄と談義しているはずの奥州筆頭・伊達政宗その人だった。
何故、この男がここに。
居ようはずがない。
「……」
物の怪か?
いや、まさか。仙木である桃に、物の怪が近寄ることがあろうか。
 思わず茂みに身を潜め、幸村は政宗を盗み見る。
先程の彼とは違い、人を食った笑みもなければ、尊大そうな様子もない。
薄紅の花の色のせいだろうか、憂いに満ちた表情で佇む彼は、
ひどく儚げで、空気に溶け込みそうな程に透んだ、美しさがあった。
「……」
幸村は呆然としたまま、しかし視線は決して政宗から逸らすことなく見惚れていた。
 空気が動いた。
政宗が木の根本に腰を下ろし、背後の木に身体を預ける。
幸村は漸く我に返った。
微かに頬が赤く染まっていた。
首を振り、見惚れる己を振り払う。
やはり魔性の類か?
でなければ、この男に見惚れるなど。
生じた感情にそう理由付けたが、幸村は誘われるように、それも無意識のうちに、政宗に近付いていった。








 あの母は、どうも自分のやることに何かしら言わずにはおられぬらしい。
武田信玄が城を訪れる数日前に、わざわざ大広間にまで来て、家臣たちの前で異論を唱えた。
そして例のごとく弟を引き合いに出して、自分を罵った。
 いつものことだ、今更それに揺るがされる程、母を恐ろしいとは最早思っていない。
最早、母を恋しいと思う歳でもない。
それでも、戦が終わって居城に帰ってきた途端に悪し様に罵られれば、
しかもそれが続けば、流石に気も滅入るというものだ。
 そんなにも俺を憎むか。俺を拒むか。
自分なりに父から受け継いだこの国をきちんと治めてきたつもりだ、整えてきたつもりだ。
だがそれでも、母の目には母の後ろに隠れている小次郎の方が素晴らしく思えるらしい。
その現実に、何やら虚しさと疲労を覚えた。
 だから、それを引き摺ったままの己に苦笑しながらも、
暫しの間だけで良いので一人になりたい衝動に駆られたのだ。
着替えた後に、一服しながら庭に目をやると、やや離れた場所だがふと薄紅色が目に入った。
「……」
煙管を置いて、ふらふらとそこへ行くと、桃の木があった。
開いた花と、ぷくりと膨らんだ蕾が愛らしい。
 唐突に思った。
幼い時分に、母と桃を愛でたことがあったような気がする。
あの母と俺がか?と思うが、父ではなかった。
「……Ha」
だとすれば、まだ右目を失う前の頃のことか、はたまた桃の木が見せる夢幻だろう。
くだらねぇ、と政宗は自嘲した。
しかしそこに腰を下ろし、束の間の夢に思いを馳せた。
 草を踏む音が耳に入った。
調印後、信玄の相手は自分の影である猫に任せたままだったので、
いい加減、小十郎が呼びに来たか。
そう思ったが違った。
「……」
嫌になるほどの暑苦しい気配が逆に可笑しかった。
真田幸村だ。
 しばらく笑うのを堪えていたが、政宗はそちらに顔を向けて、身を潜めている幸村に笑い混じりで声をかけた。
孤独を望んだ時の中で、知らず彼の介入を許容したのだ。
「よう、真田。いつまで隠れてるつもりだ?」

























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母親なんて気にしないと思いつつも、実際そうできないのが伊達くん。
でも嫌われてると思ってるから、お母さんを理解出来ません。
義さんの方も。

続きます。