犬にリベンジ
伊達政宗の居城から、突如叫び声が響いた。
その音量に、お約束的に一斉に鳥が羽ばたいた。
「アンタ五月蠅ぇよ」
痛む耳に顔を顰めながら、政宗は声の主に向かってそう零した。
「も、申し訳ござらぬ…」
声の主である真田幸村は、部屋の中央にいる政宗から遠く離れた壁に貼り付いたまま、
詫びと共に頭を下げはしたものの、政宗の文句に言い返した。
「しかし、政宗殿がいきなり某の傍まで来られたので、つい…」
「近付かれたくないってか?」
冗談で自嘲気味にそう言うと、幸村は即、勢い良く首を振った。
「そんなことありえませぬっ!」
「Ha」
知ってる。
そんなことなど、十分すぎる程、アンタは俺に教えてくれたじゃねぇか。
しかし、それでもまだ足りぬらしい。
短く笑い、政宗はわざとそっぽを向いた。
幸村が慌てて近寄ってきた。
「ま、政宗殿…お気を悪くされたでござるか?」
政宗の背後で、置き場のない手を無意味に動かしながら、幸村は途方に暮れた様子でそう尋ねた。
答えずにいると、幸村は更に政宗の背に向かって告げる。
「某は、真実、そなたが愛しゅうござりまする」
「……」
俺も、まだまだ甘えたがりだな、
と己に呆れながら、しかし幸村には悟らせぬように、政宗は無表情に幸村に目をやった。
「この幸村、嘘偽りは申しませぬ。
どうか、信じて下され」
不意に、政宗の冷たい目がニヤリと笑った。
「へ…?」
様子の変わった政宗に、幸村の頭から疑問符が二つばかり程浮かんだ。
「知ってるさ」
そう呟いた後、突然政宗が幸村を押し倒した。
「ハ、ハレンチーッッ!!」
案の定、途端に顔を真っ赤にして叫んだ後、
すぐさま政宗を押しのけようとする幸村の腕を、政宗は掴み、動きを封じる。
「今度は逃がさねぇぜ、幸村」
「まままま政宗殿っ」
「Ha-ha、どもってるどもってる」
「おおおお離し下されぇぇぇ!」
「No」
「異国語は分かりませぬっ」
「断るってことだ。
いい加減これぐらい覚えとけ」
「ご勘弁下されぇっ」
「Oh、そりゃどっちのことだ?」
「両方にござるっ」
「Ha、どっちもNoだ」
低く笑いながら、政宗は幸村に顔を近づける。
「政宗、殿…」
顔の距離に比例して、ますます顔を赤くしていく幸村に苦笑しつつ、
政宗は幸村に口付けた。
「う…っ」
短く声を上げる幸村の頭に腕を回し、その髪に指を絡めた。
梳きながら口付けを深め、僅かに開いた口から舌を滑り込ませた。
熱い彼の舌と絡めると、重なった唇からくぐもった音が漏れる。
唇を離すと、幸村が大袈裟に咽せた。
「幸村」
頬を赤く染めながら、不安そうに見上げてくる幸村に、政宗は笑みを零す。
顔を近づけ、耳に息を吹きかけながら囁いた。
「ヤろうぜ」
「ひぇぇっ」
情けない悲鳴を上げ、幸村は自分を押さえ込む政宗から逃れようとする。
それをさせじと、政宗は片手で幸村の両腕を掴み、
もう片方の手で、彼の装束に手を掛けた。
「別に取って食や…」
むしろいつも食われてんの、俺の方だし。
と思いながら言いかけたところで、ふと言葉と共に政宗の動きが止まった。
何か考えているらしく、幸村をじっと見下ろしている。
「政宗…殿?」
不思議そうに見上げてくる幸村と目が合った瞬間、政宗がニヤリと笑った。
「アンタが嫌だって言うんなら、仕方がねぇ」
「…へ?」
間抜けな声を上げる幸村に、いつもの数倍意地悪そうな顔をして、
政宗は幸村にとっては驚くべきことを口にした。
「今回は、俺がしてやるぜ」
「…?」
しかし最初は意味が全く理解できずに幸村は瞠目した。
そんな幸村にまた不敵に笑いかけると、乱暴に幸村の装束を左右に引っ張った。
「ぎゃあぁぁ、お助けぇっ!」
「五月蠅ぇなぁ」
やれやれと大きくため息をつくと、政宗はもう一度幸村に口付けた。
「ん…っむ…ぅ」
はだけた装束の間だから手が差し入れられ、その手が更に装束を脱がしていく。
「ま、政宗…殿ぉ…っ」
「まだ脱がしただけだぜ?
そんな可愛い声出すなよ」
何かがおかしい。
襲いっぷりはいつもの彼なのだが、
今回はまるで本当に襲われている気分なのだ。
そんな考えが過ぎった頃には、政宗の手によって幸村の身に着けていた装束はほとんど脱がされていた。
「ま、政宗殿っ、な、何やらおかしくありませぬか!?」
「what?
何もおかしいことなんざねぇよ」
「し、しかし、何やら某――」
襲われているというか、これでは食われてしまいそうというか。
そんな気分だということを幸村は伝えようとしたが、
政宗の言葉に遮られ、同時にその言葉で彼が何をするつもりかに気が付いてしまった。
「ただ今回は立場が逆ってなだけだ、you see?」
「へ?」
幸村の見開いた瞳が二、三度瞬いた。
つまりそれは、政宗殿が某で、某が政宗殿ということで……
そして幸村は漸く理解した。
「へえええっっ!?」
驚きと悲鳴とが調度良い具合に混ざった叫び声を上げ、
赤く頬を染めた表情は、幾分青くなった焦りのそれへと変わった。
「いや、それは困るでござる!
それはご勘弁願いたいっ!」
持ち前の馬鹿力を出し、幸村は再び政宗を押し返そうとする。
「うるせぇ、俺にもたまにはヤらせろ」
負けじと政宗も力を込める。
「いっつも好き勝手突っ込んでやがんだから、今回ぐらい俺にも突っ込ませろ!」
体勢のせいか、押し返されかけた身体が、再び幸村の上に覆い被さってくる。
「いや、それは政宗殿も同意の上でござろう。
今回某は同意などしておらぬ!」
それは御免だと、戦場では二槍を操る逞しい腕が力を奮い、政宗の身体を押し上げる。
「だから今ここで、わざわざ許可取ろうとしてんだろうが!
大人しくしやがれ!」
「だからそれはご勘弁願いたいと申している!」
端から見れば呆れるような内容であっても、当の二人は真剣そのものの攻防である。
「いいじゃねぇか、減るもんでもないだろうがっ!」
「そういう問題ではござらぬぅっ!」
合わさった手の平は、例えるならばぶつかり合う刃のようなものだろうか。
まるで鍔迫り合いでもしているかのように、互いにそのままの体勢で睨み合う。
「挿れさせろ!」
「お断り致す!」
「いつもいつもお前に突っ込まれて、こちとらいい加減飽き飽きしてるんだよ!」
「あ、飽き飽きとは聞き捨てならぬ!
いつも気持ち良さそうになさっているではないか!」
「だ、誰が…っ」
あからさまに言うのが政宗ならば、包み隠さないのが幸村である。
情事時の己の様子を持ち出され、僅か怯んだ政宗に幸村は手を弛めない。
「政宗殿にござる!
某に縋り付き、更にと強請ってこられるのも、他ならぬ政宗殿でござるっ!」
「だ、黙れっ、この犬…っ!」
恥ずかしさに、頬に朱が走る。
しかし幸村は追い打ちをかける。
「黙らぬ!
全て真のことであるぞ。
瞳を潤め、切なげに某を見上げる顔も、艶やかに上げられる声も、
政宗殿のものに違わぬ。
この幸村、嘘など申さぬぞ」
「こ、て、めぇ…っ!」
赤く染まった頬はますます赤くなり、ついにブチリと彼の血管の方が切れた。
「……言ってくれるじゃねぇか」
妙に冷静な声に、幸村は我に返り、眉を寄せる。
一度俯き、再び幸村を見据えた政宗は殊更無表情で、片眼だけは凶暴な光を放っている。
「政宗殿…ぅあっ」
呼びかけた幸村に痺れのような刺激が走った。
見れば政宗の手が幸村の下半身に伸び、その付け根を握っていた。
「そうだなぁ、確かに急所触られちゃあ、反応するってもんだよなぁ」
六爪を操る彼の握力を発揮され、快感と共にじんわりと痛んだ。
たぶん、いや絶対、怒っている。
「ま、政宗殿、お気を確かに…」
怒らせた幸村は青くなって、先程の勢いはどうしたのか、恐る恐る声をかける。
「Ah-n?別に怒っちゃいないぜぇ」
それを証明するかのごとく、政宗は笑みを浮かべたが、それは逆効果だった。
怒っておられる。
絶対怒ってる。
何故なら、目が笑っておらぬ。
怒りを向けながら、しかし握られたままの幸村のそれは扱かれ続け、
恐怖と快楽の狭間で幸村はとうとう動けなくなってしまった。
だが、政宗の怒りは収まらないし、手の動きも止まらない。
「アンタの言う通り、いつも気持ちよくしてもらってるからなぁ。
礼に今回は俺がしっかりと可愛がってやらあ」
「あ…っ、いえ、わざわざ、政宗殿の手を、煩わせることも無いか、と…っ」
止まらない手の動きに翻弄されながらも、幸村は懸命にやんわりと拒絶した。
「遠慮すんなよ、幸村。
俺とお前の仲じゃねぇか」
僅かな間、手の動きを止め、政宗は片眼以外で笑顔を作った。
それに冷や汗を流しながら、幸村はあくまでも断った。
「いや、遠慮などではなく、男として挿れられてしまうのは、少々…」
それは、失言だった。
少なくとも、政宗に向かって言うべき言葉では無かったのだ。
完全に笑顔の消えた政宗に、幸村は今度こそ蒼白になった。
「へぇ?
男としては、何だって?」
「いえ、あの…」
「挿れられるのは?
言ってみろよ、なぁ、幸村?」
声音だけが優しく、諭すような口調なのが、酷く怖い。
ヤバイ。
マズイ。
そんな思考が働く余裕すらあったのかも怪しいが、
カタカタと震える幸村にあくまでも声だけは優しく、政宗は囁きかけていたのだが、
「俺はてめぇに、
い つ も 挿 れ ら れ て ん だ よ っ っ ! ! 」
唯一優しかった声音すら、とうとう怒りを込めた怒鳴り声になり、
均衡の崩れた二人の攻防は、政宗が征した。
「ひぎゃああああっっっ!!」
半分恐慌状態に陥った幸村は、押し倒されたまま訳も分からず暴れ出す。
「お、お助け下されぇっ!
いやあっっ!!」
娘のような悲鳴を上げる幸村に、政宗の嗜虐性が目覚めた。
「Ha-ha!楽しませろよぉ、真田幸村ぁっ」
「お助けぇぇっっ」
暴れる幸村を押さえ込みながら、がっちり覆われていた己の下半身を晒した。
興奮したそれは既に勃ち上がっている。
「覚悟しろよぉ、幸村ぁ」
「ひ、ひえぇっ」
ああ、俺の受け受け人生もこれで漸く!
感涙に咽び泣きそうになるのを、それは流石にまずいと堪え、
せめて言葉通り可愛がってやろうと、未だ開いたことの無いであろう彼の蕾に手を伸ばし、
最後に幸村に目を向けかけた時だった。
「それはいけませぬなぁ、政宗殿?」
いつものダミ声でもなく、先程の悲鳴でもなく、
妙に落ち着き、凛とした声が、政宗の鼓膜に響いた。
「…は?」
声音の変わった彼に、一瞬、政宗の動きは止まった。
彼はそれを逃さずに、己を押さえ込んでいた手を逆に掴み引き寄せた。
体勢を崩した政宗を容易く組み敷き、低く笑った。
「形勢は、変わりましたな」
「ゆ、幸、村…?」
様子の変わった幸村を見上げると、いつもの彼らしからぬ表情とかち合った。
うっすら笑むその表情に普段の幼さは無く、瞳にも無駄に真っ直ぐな光が見えなかった。
「奥州を束ねる御方ともあろう者が、眼前の些細な欲に我を忘れなさるとは」
はっきり言って、今の幸村は格好良い。
ずば抜けて格好良い。
だが、怖い。
戦の彼の迫力も相当なものだが、何というか、それとは明らかに違う迫力なのだ。
むしろ、ぶち切れた者に近付きたくない心境が近いのかもしれない。
幸村は寒気のするような笑顔でやんわりと笑むと、
政宗に顔を近づけ、耳元で低く囁いた。
「少々、仕置きが必要と見える」
Oh, my go…!
俺はどうやら最悪な奴を呼び起こしてしまったらしい。
震える身体を冷や汗が伝い、触れてきた手に寒気が走る。
思考は混乱して働かず、先程の幸村よろしく身体も硬直してしまった。
「いやああああっっっ!!」
最後に上げた悲鳴は幸村よりも娘らしかった。