瞠目して、幸村は政宗を見つめた。
「……抱く、でござるか?」
「ああ、アンタにそれができるならな」
「……」
しばし考え込んだ後、幸村は躊躇いがちに声をかけた。
「…お側に近寄っても、よろしいか?」
「……ああ」
返事を聞いてから、幸村は立ち上がり、政宗の近くに寄ると、ゆっくりと腰を下ろした。
「…失礼、仕る」
緩慢な動きで、幸村は政宗をその腕と胸の中に包み込んだ。
冷めた感情で、されるがままに抱き寄せられていたが、幸村はいつまで経っても動く様子がない。
幸村が言葉通りのことをしたのだということに思い至り、政宗は脱力感に襲われた。
「……そうじゃなくてよぉ…」
「えっ、違うでござるか!?」
驚いて腕を離す幸村に、政宗は頭を抱えた。
「アホか、そういう意味の抱くじゃねぇ!」
「では、どういう意味でござるか?」
その問いに、政宗はしばらく考え込む。
何でこんなことをわざわざ説明してやらなければならないかと思うと、何だか情けなくなってきた。
「……伽なら分かるか?」
「伽……」
反芻した後、幸村の顔が見事なまでに赤くなった。
「は、破廉恥でござるーっ!」
「あのなぁ……」
呆れて言葉が出てこない。
「そ、そのようなこと、某が、政宗殿と……」
幸村はぶつぶつと呟き、そんな光景を想像したらしく、盛大に鼻血が溢れ出す。
「うげっ!」
すんでの所で、吹き出す勢いの赤い液体を避け、
政宗は幸村の近くから避難した。
「……」
幸村の着ている着物の色は赤なので、服についても特に問題はないだろうが……
政宗は懐から手拭いを取り出すと、幸村の顔に投げつけた。
「鼻血を拭け。
もし一滴でも畳に垂らしやがったら、
武田のオッサンに請求してやるからな」
「も、申し訳ござらぬ……」
投げつけられた手拭いで鼻を拭い、幸村はため息をついた。
おい、ため息つきたいのはこっちだ。
「……で、どうなんだ?できるのか?」
話を戻すと、鼻から手拭いを離し、幸村は答えた。
「…それで、政宗殿のお心は晴れるでござるか?」
「……」
痛いところを突いてくる。
また、自嘲した。
「…まぁ、無理だろうな……」
常に心に掛かる靄は、これから先何があっても晴れることはなかろう。
たとえあの鬼を手に入れたとしても、
その先に虚しさしかないとしても、だ。
一時の情事に溺れるのは、ただの気休め以外に何もない。
「……だが、その僅かな刻だけでも己を忘れられるなら、構わねぇ」
「しかしそれでは……」
言葉を遮るように、政宗は幸村に近寄り、間近から顔を見上げた。
「抱けよ」
自分を見上げ、挑発する政宗に、幸村の胸が高鳴った。
その瞳に、狂気にも似た感情に、吸い込まれそうだ。
だが、己を忘れて何になろう。
我に返れば、忘れた分だけ辛くなるだけだろうに。
この人は、その束の間を求める程に、追いつめられているのか。
それを思うと、辛くなった。
「……哀れみも同情もいらねぇ、蔑まれたって、もう、いい」
幸村の瞳に浮かぶ自分への労りを拒み、
おそらく抱いているであろう嫌悪もどうでも良かった。
「忘れさせてくれ」
それが不可能なことは、自分が一番分かっている。
帯を解かれ、衣がずらされて肩と胸元が晒される。
肌寒かったが、すぐに熱くなるだろう。
「…本当に、よろしいでござるか?」
尚も躊躇いがちに聞いてくる幸村に何度目かの苦笑を漏らし、自分から口付けた。
「政宗殿…!」
堰を切ったように、抱きついてきた幸村の腕に手を回し、目を閉じた。
乱れた呼吸と、濡れた声と、卑猥な水音。
「…あっ、んっ、あぁっ…!」
声はとうに抑えることを忘れ、自分の声すら、昂る身体を更に興奮させた。
己を貫く快感に全てを委ねる。
どちらが先か、それとも同時か、二人は熱を放った。
何も考えずに、中に残る感触を感じていると、そっと髪に触れられた。
目を開けば、幸村が指に髪を絡め、その髪に口付けていた。
その動作を虚ろな瞳で眺めていると、幸村の瞳が政宗に向けられた。
「まさむね、どの…」
まだ少し息を荒くさせながら、幸村が口を開く。
返事をするのが億劫だったので、政宗は上に覆い被さっている幸村に、視線だけ向けた。
「大丈夫、でござるか……?」
「……」
応える代わりに、幸村の頭をぽんと軽く叩いてやった。
指に絡めた髪を耳にかけてやると、黒い眼帯が覗いた。
幸村がそれにもそっと触れると、政宗が眉を顰めた。
「…触んな」
言い捨てると、すぐにその手は離れた。
「失礼致した」
素直に詫びる幸村に、一瞬だけ目を見開き、政宗は顔を歪めた。
「アンタは……優しいな…」
近寄る時にも声をかけ、拒めば中まで触れてはこない。
名前もしかと呼んでくれる。
行為は同じであるのに、幸村はあの鬼と正反対のことをする。
「……アンタなら、良かったのにな……」
手に入れたいと思った男がこいつなら、
きっと自分は満たされていた。
想いを返してくれるから、
無理矢理奪う後の虚しさも、
狂気の応竜になることもなかろう。
だが、それでも俺は……
右手の傷が疼く。
「……」
幸村は辛そうに政宗を見つめる。
己の無力さを思い知らされた。
想い人が狂気に走ることを、止めもできぬ。
「政宗殿、今は……」
虚ろな瞳に宿る感情や狂気が痛々しい。
幸村は政宗を強く抱きしめた。
「今は、某のことだけ、考えて下され」
それが不可能なことを、幸村も政宗も悟っている。
それでも、
僅かなこの刻に、
この行為に、
共に縋った。
夜、月を肴に元親は酒を呷る。
月は冷たい光を投げかけ、四国の夜を冷やした。
「……」
杯に酒をつぎ、一気に飲み干した後、元親は顔を顰めた。
悪い酒ではないが、何か物足りない。
「……俺も、溺れたか…?」
肩がズキリと痛みを訴えた。