どれほど時が過ぎたか。手の傷はまだズキリと痛む。
反対の手で政の合間に煙管を吹かしていると、
甲斐からの使者が書状を携えて来ていると告げられた。
仮にも同盟を結んでいる相手からの書状。
何か情勢が変わりでもしたか?
 政宗は使者を通すように指示を出す。




 部屋に通された使者に、政宗は目を丸くした。
使者は、座を正すと、深く頭を下げた。
「伊達政宗殿、真田源二郎幸村、
おやか…我が主君、武田信玄の命により、参上仕りました」
「……」
平伏したまま、幸村は書状を差し出す。
手を伸ばして、それを受け取ると、政宗は書状に目を通した。
「……」
一武将がわざわざ書状を携えてくるのだから、どんな内容かと思いきや…
ちらと幸村に目を向ければ、いまだ平伏したままだった。
政宗は声をかける。
「…慣れないことするもんじゃねぇぜ、幸村。顔上げな」
「……」
ぎこちなく顔を上げる幸村に、政宗は苦笑した。
「姿勢がキツイなら、足を崩せ。別に構わねぇよ」
「……申し訳、ござらぬ」
ふぅ、と安堵の息を漏らし、幸村は足を崩し姿勢を楽にした。
苦笑したまま、政宗は言った。
「……で、この書状の真意は?」
「は?」
そう尋ねる政宗に、幸村は間抜けな声を返した。
「武将のお前がわざわざ届けに来たという書状にしちゃあ、軽すぎねぇか?」
書状はほとんど挨拶しかなく、内容もあって無きが如し。
はっきり言って、どうでもいい内容。
小姓にでも持たせれば十分だ。
なぜ、幸村がわざわざ来たのか。
 疑い深く幸村を見ていると、幸村は大げさに首を振った。
「書状には何も他意はございませぬ。
某が参ったのは、お館様に頼み申したゆえ」
「what?」
「政宗殿に書状を送ると聞いて、
某を使者として使わして下さるようにと、お館様に頼み申した」
「why?…何故?」
そう問うと、幸村は楽しげに笑い、答えた。
「政宗殿にお会いできるからでござる」
「!?」
政宗が目を瞠った。
「お会いしとうございました、政宗殿」
「……」
笑顔のまま、真っ直ぐな瞳で見つめられ、政宗は気まずそうに顔を背けた。
戦場とは違う着物姿の幸村は、それでも変わらない笑顔で政宗を見つめる。
その瞳を受けるのが堪えがたい。
己の汚さを見せつけられるようだ。








 酒が振る舞われた。
杯に注がれた酒を飲み干す幸村を、自身は飲まずに政宗は眺めていた。
一人だけ飲むのが気になるのか、幸村が声をかける。
「政宗殿は、お飲みにならないでござるか?」
「…しばらくは、な」
今の己には、酒は毒にしかならない。
少なくとも、幸村の前では狂いたくはない。
その瞳に蔑みや嘲りが浮かぶのを考えると、それに僅かばかりの恐怖を覚えた。
あまりにも真っ直ぐなこいつの前では、せめてまともな己でいたい。
「……」
何に縋っているのか、俺は。




「政宗殿」
名を呼ばれ、我に返った。
「どうした?」
「そうお尋ねしたいのは、某の方でござる」
幸村は持っていた杯を置き、政宗をじっと見つめる。
その瞳に、政宗は少々たじろいだ。
「今日の政宗殿は、普段と違うように見受けられる」
「……どう違うんだ?」
言い返すと、幸村は少し困ったように頭を掻いた。
「…しかとは、言えませぬが……」
「……」
「…ただ、心ここにあらず、といったご様子」
「……」
「何か気に掛かることがおありか?」
政宗は眉を寄せ、幸村の視線から顔をそらした。
「……何もねぇよ」
言い捨てると、すぐさま言い返された。
「嘘でござる」
「嘘じゃねぇ」
「嘘でござる!」
「嘘じゃねえって言ってんだろうが!」
思わず政宗は怒鳴るが、
それの倍の音量で幸村は叫んだ。
「違わぬぅっ!!」
「……」
一瞬呆気にとられ、政宗の言葉が止まった。
「…お前なぁ……」
まるで子どもの言い争いだ。
呆れて再び幸村を見ると、幸村は少しむっとした表情で政宗を見つめていた。
何だよ、悪いのは俺か?
政宗は一つため息をつく。
「ったく、この強情が」
「……政宗殿の方が、強情でござる……」
尚も言い返す幸村に、諦めと自嘲混じりの笑いが零れる。
「……まぁ、そうかもしれねぇな……」
「政宗殿……」
幸村が眉を寄せる。
「…お辛そうだ……」
「……」
辛いのか?何故?
「某に、何かできることはございませぬか?」
「……」
こいつの思考が分からない。
「……何でだ?」
「…と、申されるのは?」
幸村の方は、政宗の問う理由が分からない、といった様子だ。
「……何でお前はそう俺に構ってくるんだ?」
「いや、それは以前申し上げたはずであるが……」
「あぁん?」
「……」
幸村は少し考えた後、
では、もう一度言いまする、と姿勢を正し、政宗を見据えた。
「某、伊達政宗殿をお慕い申し上げております」




そういえば、以前にそんな戯言をぬかしていたか。
「…笑えねぇjokeだな」
「じょおく…?」
異国の言葉に幸村は首を傾げた。
「戯言」
「戯言ではござらん!」
説明してやると、また怒鳴ってきた。
五月蠅いし、暑苦しい。
「…俺は、言葉は信じねぇ」
「な、何故に?」
少し困惑したように、幸村が尋ねる。
眉を顰め、政宗は答えた。
「人の言葉には必ず裏がある。
ましてや、敵相手にはな」
「…某は、敵、でござるか…?」
その問いに、迷いなく政宗は肯定する。
「ああ、アンタは敵だ」
束の間の同盟関係に、何の意味があるのか。
現状は利害の一致が呼んだ結果。
だから、たとえ意味があったとしても、時代がそれを許さない。
同じ目的がある者同士、いずれは戦となる。
それが今の時代。
ゆえに、求めるものを手に入れようとするならば、奪い取る外にないのだ。
「……」
眉を寄せた後、幸村は俯いた。
「しかし……」
拳を握り、幸村は言い淀んだ。
頭で理解していても、納得はできなかった。
「……」
政宗はうなだれる幸村を、見つめる。
幸村、アンタの言葉に裏がないのは、ちゃんと知っているさ。
今まで散々突きまとわれてきたからな。
だからこそ分かる。
俺の行く方向と、アンタが進む方向は、あまりにも違う。
これ以上お前が俺といれば、これ以上俺がこいつといれば、
必ずどちらかが引きずり込む。
ならばここで断ち切る方がどんなによかろうか。
「……今は、今は武田と伊達は、同盟を結んだ間柄のはず」
俯いたまま、黙っていた幸村が不意に口を開いた。
まだ縋るのか、こいつは。
「今だけはな」
「そう、今だけでござる」
幸村が顔を上げた。
真剣な表情に、少々気圧される。
「己の立場も無力も重々承知。
だが、政宗殿をお慕いしているという、
己の気持ちに裏も嘘偽りもございませぬ。
それゆえ、今だけで構いませぬ」
「……何がだ?」
問いながら、心の奥底では聞くことに躊躇いが生じている。
この男に引きずられぬために、聞かぬが良いと気付いたが、すでに遅かった。
「某は、政宗殿のお心を晴らす手助けになりたく思いまする」
やはり、と政宗は唇を歪め、嘲笑した。
誰に対してかは、自分にも分からない。
「……」
「何か、何か某にできることは、ございませぬか?」
俺は、引きずられる訳にはいかない。
まだ、何も手に入れていない。
あの鬼も、狂いゆく強さも、まだ。
「……Ha…」
この嘲りは、自分にでもあり、幸村に対してでもあった。
「なら、俺が抱けるか?」
先駆けの言葉はいつも己から。
自ら狂を招き、今度は道の違うこいつまで引きずり込むのか。
それが応竜の定めか。

























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