官兵衛が大坂城の時と同様に幸せをかみしめていると、
氏政と歓談していた家康がはたと思い出したように、ポンと手を叩き、官兵衛に呼び掛けた。
「そういえば官兵衛、独眼竜に話があるんじゃなかったか?」
その言葉に、官兵衛と政宗が同時に眉を寄せた後、官兵衛があっと声を上げた。
「そうだった! 独眼竜、鍵…じゃなかった最上だ最上!」
「何だよ、ムナクソ悪い名前出すな」
最上の名に、政宗が露骨に嫌な顔をするが、官兵衛は食い下がる。
「そいつもここに来るって聞いたんだ。
お前さん、近所だろう? 知らないか?」
「知らねーよ。ていうか別にあんな奴、来なくてもいいだろ。
あのオッサン、かなりメンドくせえんだぜ」
「どくがんりゅうのいうことも、もっともですね」
どうやら、ご近所同士の仲は悪いらしい。
露骨な政宗に加え、穏やかな表情のまま謙信までもが最上に対してさり気なくひどいことを言っている。
「いやいや来てもらわなきゃあ困るんだよ! 何しろ――」
「最上の飼っている鳥が官兵衛の枷の鍵を持っているらしいんだ」
慌てる官兵衛に、落ち着け、と握り飯を渡して宥めつつ、家康が代わりに官兵衛の言葉を引き継いだ。
「鳥って、超真空流星隼号のことか? そういや、あいつ光物好きだったな」
流石はご近所、何だかんだで鳥のことは知っているらしい。
隼が名前に付いてるけど、あれ本当は鷹なんだぜ、と豆知識を披露してから、
政宗は、過去の記憶を辿り、貰った握り飯を食べている官兵衛に告げる。
「確か、オレが上田へ行く段階では、目立った動きはなかったぜ。
小十郎、お前がここまで来る時はどうだったんだ?」
「は、そうですね……小十郎が向かう頃には、最上は城に不在のようでした。静かすぎておりましたので」
政宗に問われ、暫し考え込んだ後、小十郎がそう答えた。
やはり、最上の行方は判然としない。
落胆混じりの息を吐く官兵衛に多少は同情したのか、
家康や政宗が、そのうち来るだろう、気長に待っていろ、と気休めを言った。
だが、気休めではあっても、言ってることはもっともだ。
最上が不在ならば、城に乗り込んでいっても無駄骨であるし、
こうやって落ち込んでいるのは実に小生らしくない。
と、ムリヤリ気を取り直し、官兵衛は話題を変えた。
「ところで独眼竜、さっき言っていた上田ってのは? 竜の右目と別行動なんて珍しいな」
官兵衛の問いかけに、政宗は二、三度瞬きした後に答えた。
「ああ、暇だったから、真田んとこに行ったんだよ。手合わせでもと思ってな」
「全く暇ではありませんでしたが、とりあえずの反論は後にいたしましょう」
「いや、あんたらの場合、手合わせレベルじゃないからね」
小十郎と佐助の言葉を華麗にスルーして、政宗は続けた。
「そしたら、丁度武田のオッサンたちが小田原に出かけるとこだったんで、ついて行ったんだよ。
そこで北条のじいさんからアンタのことを聞いて、御誕生会やろうって話になったわけだ」
そして、小十郎や家康にもそのことを伝え、各自の知り合いに声を掛けて集めた次第らしい。
幸村も生真面目に頷き補足する。
「小田原へと参ったのは、北条殿には以前、大変お世話になりましたゆえ、改めてお礼を、と思いまして」
「うむ、あの薬には随分と世話になった」
そう言うと、幸村と信玄は、佐助も巻き込んで、氏政や風魔に礼を述べる。
そういえば、以前に氏政が薬を探し求めて穴蔵まで訪ねてきたこと(風魔青ルート参照)を官兵衛は思い出した。
無事手に入り、その薬で甲斐の虎の病も癒えたというわけか。
「こんな世ぢゃ、年寄り仲間は一人でも多い方が良いからのう」
「抜かしよるわ!
北条の、ワシもお主も隠居するにはまだまだよ!」
そんな氏政と信玄のやり取りもあり、場は和やかな雰囲気に包まれていく。
経緯はどうあれ、こうして御誕生会を開いてくれたのは、官兵衛にとってもやはり嬉しいものだ。
感動で思わず涙ぐみそうになったのを誤魔化すように、官兵衛は取り分けてもらった料理を次々に平らげていった。
一同の腹もだいぶ満たされ、政宗が考案したという、
彼のステージのご当地資源でもあるずんだ餅を官兵衛が食べていると、不意に氏政が口を開いた。
「ところで官兵衛殿、ずっと気になっておったんぢゃが」
「うん?」
ずんだ餅がなかなか美味であったので、後で作り方聞いてみよう、と思いつつ、官兵衛は氏政へと顔を向けた。
氏政は、官兵衛の隣にいる風魔の横に置いてある大風呂敷を指差した。
「その大風呂敷は一体何なのぢゃ?」
「ああ、これか。これは大坂城で貰った物をまとめてあるんだ。
あ、そうだ」
思い立って、官兵衛は風呂敷の結び目を解き、布を広げる。
「まあ、こんなにたくさん!」
「まつ、これはすごいな!」
風呂敷から出てきた品々に前田夫妻が感嘆の声を上げ、
その声が周囲の関心を引いて、各々で談笑していた者たちが再び官兵衛のところへ集まってきた。
「北条殿、これを見て欲しいんだが……」
しかし、集まってきた者たちには頓着せず、官兵衛は大坂城で立花からもらった黒松の盆栽を氏政の前に置いた。
「ほほお、これは素晴らしいのう!」
鉢いっぱいに広げ、生命力を感じさせる根張り、風雪に耐えてきたことを窺わせる幹肌、整えられた葉姿、
改めて観ても素晴らしい出来映えだ。
氏政も感嘆混じりの息を吐いた。
「立花に貰ったんだが、北条殿に世話の仕方やコツなんかを教えてもらいたくてな」
「わしと官兵衛殿の仲ぢゃ、構わんとも!」
そう言って胸を張り、氏政は筆と紙を用意させた。
「まず、黒松は水や肥料を好む。特に、水切れには注意ぢゃ! それから、肥料は油粕などが……」
などと説明しつつ、氏政はそれを紙に書き付けていき、
その横で官兵衛は、時に頷き、時に相槌を打ち、真剣に説明を聞いている。
「こ、これは……!」
そうして二人が盆栽談義で盛り上がっていると、突然、家康が驚いた様子で声を上げた。
顔をそちらへと向けてみれば、家康は官兵衛への贈り物を凝視している。
「権現、どうかしたか?」
「官兵衛、これはもしや、三成の刀か? 見てもいいか?」
声を掛けた官兵衛に家康がそう尋ねてくる。
彼が指差す先には三成から半ば押し付けられた無名刀 吉があった。
「ああ、まあそうだな、一応それも貰い物だ」
官兵衛が頷くのを確認してから、家康は刀を半ば程まで抜く。
鮮やかな色が視界に飛び込み、現れた花が周囲を和ませた。
紛れもなく、無名刀 吉である。
「では、この札は、まさか刑部からか?」
花を鞘に戻し、そっと元の場所へ置いてから、家康は今度は"厄払い"と書かれた紙を指し、更に尋ねてきた。
「お前さん、よく分かったな」
「この字には、覚えがある」
長くはなかったが、豊臣傘下にいたおかげだろうか。
その観察力に官兵衛が少しばかり感心していると、家康は刀と紙を見つめたまま、黙り込んでしまった。
「……官兵衛」
そして、氏政に盆栽について色々と書いてもらった紙を官兵衛が懐にしまった頃合に、漸く家康が口を開いた。
どうした、と官兵衛が再び家康へと顔を向けると、
家康は官兵衛の左手を両手でがしっと握りしめ、ぐっと顔を近付けた。
「ワシは感動したぞ! 官兵衛、これこそ絆だ!」
「は、はあ?」
「三成は愛刀!
刑部は厄払い!
官兵衛、二人は、それほど大切な物をお前にくれたんだ。
これが絆でなくて何と言うんだ!」
「……」
きらきらと目を輝かせる家康の勢いに圧され、官兵衛は言葉も出ない。
というより、思考が追いつかない。
だが、三成の刀は上位レベルの物が手に入って不要になっただけであるし、
刑部の厄払いなど、ただそう書いただけの紙である。
何だかすごく誤解されていることは間違いないだろう。
「あ、あのな、権現、これは――」
「ワシもあの二人に負けていられないな!
忠勝、出撃だ!」
「!!!」
突然やる気を出した家康は、官兵衛の話を聞くこともなく、
呼び出した忠勝に飛び乗って空の彼方に飛んでいってしまった。
「……」
呆気に取られ、それを眺めていた官兵衛だが、間もなく、意外すぎるほどあっさりと家康は戻ってきた。
しかも誰かを伴っている。
「さあ、素敵紳士な吾輩の登場だよ!」
「ハハハ、苛烈、苛烈」
家康に続いて、忠勝から飛び降りた二人に、一同は唖然とした。
一人は官兵衛が探し求めていた最上義光、もう一人は梟雄・松永久秀である。
突然かつ強烈な二人の登場で、暫くの間、誰も何も言葉が出て来ない。
「家康、アンタ……」
最初に何とか言葉を絞り出したのは政宗だ。
とりあえず家康を手招きして、近づいてきた家康の首に腕を回し、引き寄せる。
「てめえっ、何つーもん連れて来てんだよ!」
それから、些か小声で、政宗は家康を怒鳴りつけた。
「……いや、最上を迎えに行ったんだが、まさかあいつまで一緒だとは思わなくてな……
独眼竜、首に入ってるんだが……」
「入れてんだよ!」
流石に苦笑するしかない家康を政宗が締め上げていると、
松永が大仰にため息をついてから口を開いた。
「安心したまえ。此度の趣旨は理解しているよ」
「そうだよ、政宗君。我々、戦国紳士会は、そこの、誰だったかな……
とにかく、そこの彼の御誕生会を祝うためにやって来たのだよ」
ビシッと官兵衛を指差し、最上もそう宣言する。
指差された官兵衛にとっては、最上はともかく松永とはあまり関わりがなかったので遺恨はないのだが、
何か面倒なことになってきたのは察しがついた。
「まあ来てしまったからには、しょうがないぢゃろう」
どうしたもんかと官兵衛が考えていると、氏政が一部の緊迫した間に割って入った。
流石は御誕生会主催者の一人にして小田原城主、やる時にはやるのだ。
「ぢゃが、お主ら! この御誕生会は官兵衛殿を祝うためのもの! 諍い揉め事は御法度ぢゃ!
それだけは忘れてはならんぞぉ!」
アメとムチの使い方もなかなかだ。
すごいぞ北条殿、3での成長っぷりには本当に頭が下がる。
いや、小生は3からの参戦だから、その前はよく知らないけど。
「話もまとまったようだ。早速、卿に祝いの品を贈ろう」
怪しげな笑みを浮かべ、松永がゆっくりと官兵衛の方へと近づいてくる。
「Hey、妙な真似するとただじゃおかねえぞ」
その官兵衛を庇うようにして間に入ってきたのは政宗だ。刀を構えて松永を睨み付ける。
おお、何だかちょっとかっこいいぞ、独眼竜。
「やれやれ、信用されていないようだ。
だが、既に準備は済ませていてね」
わざとらしく息を吐いてから、松永が不意に指を鳴らす。
すると辺りに爆発音が響き、場が緊張に包まれたが、次の瞬間には、東雲の空に色鮮やかな火の花が咲いた。
つまり、花火である。
花火と桜、天と地に花が咲き誇る様は、儚くも美しい、まさに夢のような光景だった。
誰も彼もが息を呑み、目を奪われ、繰り返し打ち上げられる花火の音のみが辺りに響く。
そうして最後に一際大きな花を咲かせた後、空の花は吸い込まれるように消えていく。
残された地の花は名残惜しげにその花弁を風に乗せ、それがひらりひらりと舞いながら、彼らを優しく撫でていった。