「ほーい、官兵衛殿ぉ!」
が、信玄が口を開く前に、不意に官兵衛を呼ぶ声が聞こえ、
思わず一同がそちらへと目を遣ると、北条氏政が嬉しげにこちらへと走り寄って来ていた。
その後ろには、追加の料理を抱えた片倉小十郎とまつの姿もある。
「北条殿、邪魔しているぞ!」
鍵の取得が第一の官兵衛であっても、親しくしている氏政を無下にはできない。
両腕を上げて、ぶんぶんと手を振り、危ない、振り回すな、とかすがに怒られつつも、
官兵衛は氏政へと挨拶を返した。
後に続いていた小十郎とまつの二人は、到着した官兵衛たちに声を掛けてから、抱えていた料理を宴席の中央に並べた。
「さあ皆様、どうぞお召し上がり下さいませ!」
まつの呼び掛けに、利家を先頭に一同は我先にと料理へと手を伸ばし、各々の小皿へと料理を取り分けていく。
ちなみに、その取り分けに難儀せざるを得ない官兵衛の分は、まつが取り分けてくれた。
何ともよく気が付く奥方殿だ。そう感心する官兵衛の心中を察したのか、
利家が、そうだろう、まつは日ノ本一のおなごだ、と胸を張る。
それに対してまつは、まあ、犬千代さまったら、とはにかんでいる。
相も変わらず仲の良い夫婦だ。
「……ところで、政宗様のお姿が見当たらないんだが……」
ずっと気にはなっていたのだろう、一同の腹が幾分満たされた頃合を見計らい、小十郎がそう切り出した。
その言葉に、氏政と話していた官兵衛も、はたと思い出し、声を上げた。
「そうだった!
甲斐の虎、お前さん、若虎を呼び出せるとか何とかさっき言っていただろう。
あれはどうなったんだ?」
「おお、そうであったのう」
官兵衛に言われ、信玄は謙信との酒の川中島合戦を一旦止め、目を閉じた。
黙しながらも、信玄から迸る並々ならぬ迫力に圧され、知らず一同は揃って口を噤み、信玄を見守っている。
その信玄の額には武田家紋である武田菱が束の間浮き上がっていたが、
官兵衛がそう判じる前にその家紋は消えてしまう。
「暫し待つがよい」
やがて、信玄は再び目を開き、何事も無かったかのように手酌で注いだ酒をぐいっとひと飲みにした。
それに伴い、張り詰めていた空気も緩み、一同も息を吐く。
「……ところで、政宗様は……」
一度は静まり返った宴席が再び賑やかになった頃、小十郎が先程口にした質問を今一度繰り返した。
それに対し、家康の時と同様、佐助が小十郎に事の次第を説明している。
まったくあのお方は、と呆れる小十郎を余所に、官兵衛は信玄へと声を掛ける。
「おい甲斐の虎、今のは何だ?」
「先程言ったであろう。暫し待てと」
「ふふ、なんとまあ、なつかしい」
どうやら謙信は信玄の行動の意味を理解しているようだ。
同様に、佐助やかすが、それに利家、まつ、氏政、家康……
言ってしまえば、小十郎と官兵衛以外の者たちは、信玄が何をしたかが分かっているらしい。
風魔は無反応なので、どちらかは定かではないが、皆、一様に懐かしんでいる。
「北条殿、北条殿」
微妙な疎外感に耐えられず、氏政に尋ねてみようと官兵衛が彼へと声を掛けた時だ。
「お館さぶぁああああっっ!!」
かなりの騒音を立てながら、いかにも一勝負終えた体の、
あちこちに傷やら焦げた跡やらを付けた装束の真田幸村が、門を通り広場に滑り込んできた。
それから、同様の姿の伊達政宗も後に続き広場に馬で乗りつけてくる。
「よお、来てたのか」
宴席にいる官兵衛に気付いて、政宗は馬から降りると、
政宗に駆け寄り小言を漏らす小十郎を適当にあしらってから、官兵衛へと近付き、声を掛けた。
一部には恒例となっている信玄と幸村の殴り合いを初めて目の当たりにし、
唖然としていた官兵衛は政宗に呼ばれ、我に返る。
「……あっ、独眼竜、これは一体どういうことだ!?」
「Ah? どういうことも何も、アンタの御誕生会だよ。書状にもそう書いただろう?」
「いやいや書いてないからな! ほら、よく見ろ!」
と言いながら、官兵衛は懐から書状を取り出そうとするが、当然ながら手枷が邪魔をする。
仕方がないので、取ってくれ、と頼んでみるが、政宗からは嫌だと断られた。
好きで頼んでいるわけじゃないと食い下がるものの、政宗は首を縦に振らない。
それを見かねたのか、忠勝と風魔が無言で申し出てくれたので、
官兵衛は忠勝と風魔を交互に見た後、風魔に頼むことにした。おそらく、忠勝には無理だろう。
「ほら、書いてないだろう!」
何とか取り出した、誰の御誕生会かを記していない書状を政宗に示すと、
政宗は暫しの間沈黙した後、不意に指を鳴らした。
「……そうだ、サプライズパーリィってやつだ。な、驚いただろ?」
「……」
誤魔化しているのは明らかであったが、
どうせ書くのを忘れたんだろう、と問い詰めたところで独眼竜は認めないだろう。
官兵衛はこれ以上の追及を諦め、いや、本来の疑問を思い出し、そちらを尋ねることとした。
「それはともかくだ、先程、甲斐の虎の額に何かの模様が浮き上がって、
それから間もなくお前さんたちが到着したわけなんだが、一体どういうことだ?」
「うん? ああ、あれか」
話題が逸れたので、これ幸いと政宗は話に乗っかってきた。
飲食には邪魔なので、一旦兜を外して横に置いた後、近くにあった酒瓶で手酌しながら、政宗は口を開いた。
「詳しいことは知らねえが、あれが武田の伝令手段らしいぜ。さっき真田の額にも浮かんでたしな。
1(無印)のムービーにあったから話は知っていたんだが、目にしたのはオレも初めてだ」
おかげで決着がお預けになっちまった、と政宗は零すが、官兵衛には何の話だかさっぱりだ。
ただ、1(無印)の話が挙がっていたので、
2から参戦の小十郎、3から参戦の官兵衛には見当が付かなかった理由は何となく理解した。
「つまりは、その伝令手段とやらを使って、甲斐の虎は若虎を呼び寄せたってことか?」
「そうそう、あれには俺もビックリしたよ」
官兵衛の言葉に頷きつつ会話に入ってきたのは前田慶次である。
幸村と政宗より遅れ、今到着したらしい。
「何だ、随分と遅かったじゃねえか」
「ひどいな、俺はあんたと違って馬に乗っていないんだよ」
とりあえず何か飲み物、と酒を次々と空にしながら、慶次は口を尖らせ政宗へ抗議した。
「真田も馬なしだっただろう?」
「いや、あいつと一緒にされてもねえ……」
「気合いにござる! 貴殿は今ひとつ気合いが足りませぬぞ!」
政宗の返しに慶次がそう零していると、信玄との殴り合いが終わったらしい幸村が更に会話に加わってきた。
政宗との勝負で作ったであろう傷に加え、青あざまでもが増えていたが、
本人はいたって元気そうなので、官兵衛も何も言わなかった。
最近は突っ込むのもいけるクチであっても、ツッコミが追いつかないので、実のところ諦めたのだ。
「黒田殿、この度はお祝い申し上げる!」
「あ、ああ、ありがとう……」
官兵衛の正面に座り、律儀に頭を下げる幸村につられたのか、官兵衛も戸惑いつつも礼を返した。
横では政宗が、今し方思い出した様子で、あ、ハッピーバースデーとぞんざいに祝い、
それに合わせたのか慶次も、めでたいねえ、と軽いノリで手を叩く。
一方の幸村は神妙な顔つきで、更に言葉を続けた。
「時に黒田殿、御誕生会には"ぷれぜんと"なる贈り物を用意すると聞いたのですが、真にございますか?」
「あっ、真田てめえ、それはこのオレの言葉が信じられねえってことか!」
どうやら御誕生会の定義は政宗から聞かされたらしい。
幸村の言葉に気を害したらしく、政宗が抗議の声を上げた。
「こちとら伊達に南蛮語使ってねえんだよ!
御誕生会、つまりはバースデーパーリィ!
生誕を記念して、主役にプレゼントを贈る宴を開く。そうだろ?」
政宗から同意を求められ、大坂城でのことを思い出しながら、官兵衛は頷いた。
「ああ、そうらしいな。大坂城でも色々と貰ったというか押し付けられたというか……」
風魔に預けていた大風呂敷にちらりと目を遣って、官兵衛は少し照れ臭そうに笑みを零す。
「では、某も何かお贈り致しましょう。佐助!」
そう言うと、幸村は鍋に入れた餅を食べていた佐助を呼びつけた。
自称休暇中の佐助は、関わり合いになりたくないと束の間聞こえないふりをしていたが、
幸村の大声が他の者たちにも聞こえないはずはなく、かすがと信玄に促され、諦めて官兵衛たちの方へとやって来た。
「何ですか? 俺様、今日は仕事しないって言いましたよね?」
「佐助、黒田殿への"ぷれぜんと"だ!
政宗殿との勝負で大事あってはならぬと、お前に預けていたであろう?」
「ああ、はいはい」
幸村からの用事が仕事ではなかったので、
佐助は安心して懐から上田城ステージのご当地資源である信州味噌と真田紐を取り出し、
官兵衛に、はいどうぞと手渡した。
「つまらぬものではございますが、真田紐は伸びにくく丈夫でございますので、何かとお役に立つかと。
それに、"黄金の雌鶏"の資源でもありますゆえ、どうぞ好きにお使い下され!」
「良いんじゃねえか? アンタ、ガタイの割には火力が無いからな」
「うるさいな、この枷さえ無けりゃあ、小生だってなかなかやるんだぞ」
政宗の茶々入れにそう返していると、佐助が椀によそった米を官兵衛に手渡した。
「信州味噌は意外とご飯と合うんだよ。ってことで、はい」
「米は謙信様からだ。心して食せ」
「まつどのにたいてもらいました。たきたてですよ」
先程佐助がそちらから移動したので、何となく様子を見ていたのだろう。かすがと謙信がそう付け加える。
「なるほど……確かになかなか美味だ」
よく熟成していて、塩加減も丁度良い。これはご飯が進む。
「でしょ?」
「気に入って頂けたのならば、何よりでござる」
口に物が入っているので、佐助と幸村の言葉に頷くに留め、官兵衛はご飯を次々にかき込んだ。
その食べっぷりに、佐助も幸村も心なしか嬉しそうだ。
「ほら、これも食べてみろ。まだまだあるからな」
「こちらもどうぞ」
それに触発されたのか、小十郎やまつまで料理を勧めてくる。
手枷に気を遣って、官兵衛が食べやすいように料理を取り分けてくれるのがまた心憎い。
思えば、穴蔵では倹約の意味もあるが、あまり美味しいものを食べていなかったし、
ここまで気遣われることも多くはなかった。
大坂城の時といい、最近の小生は本当についている。
こんなに幸せでいいんだろうか、と思ってしまうくらいだ。
ああ、でも美味いなあ、幸せだなあ。