ああ、何だか今までのツキのない人生が嘘のようだ、と官兵衛が束の間であろう幸せをかみしめていると、
暗のおじさん、占ってきましたよ、と鶴姫が声を掛けてきた。
恐る恐る内容を尋ねてみると、結果は、『花に吉あり、捨てるなかれ』だそうだ。
「……つまり、どういうことだ?」
「分かりません。神語なので」
官兵衛の質問に鶴姫はバシッとそう答えた。
花と言えば桜、つまり桜を捨てるな、ってことか?
それとも桜に限らない?
例えば小生の頭に載っているこの花も?
と、少しの間吟味してみるが、やはりよく分からなかった。
まあ、小生は預言なんて信じないし、頭の片隅に置いておく程度にしておこう。
「女巫、ありがとさん」
と、鶴姫に礼を言っていると、今度は三成と大谷がやって来た。
先程の怒りがまだ冷めていないらしく、三成は憮然としたまま官兵衛の正面に立ち、見下ろした。
「何だ、まだ何か用か?」
官兵衛のぞんざいな物言いに、三成は眉を顰め、大谷は大仰なため息をついたが、
先程のように斬りかかっては来なかった。
「……貴様にくれてやる」
それだけ言うと、三成は持っていた刀を官兵衛へと放り投げ、すぐに立ち去ってしまった。
足下に落ちたその刀を拾い上げ、官兵衛は鞘から少しだけ抜いてみると、鮮やかな色が目に飛び込んでくる。
『どこからともなく現れた花が周囲を和ませる』という三成の第五武器(面白武器)・無名刀 吉である。
「……?」
三成の思考はたまに理解不能だ。もしや、贈り物のつもりだろうか。いやまさかな。
官兵衛が首を傾げつつそんなことを考えていると、残った大谷が言い添えた。
「上位レベルの刀が手に入ったゆえ、それは最早要らぬそうだ」
「……そうか」
その無用な補足で何とも言えない気分になったが、
まあせっかくだし、貰えるもんは貰っておこう(いざとなったら売っぱらえるし)、
と官兵衛は持ち前のポジティブシンキングでそう思い直した。
「で、刑部、まさかお前さんも何かくれるってのか?」
半ば冗談でそう言うと、大谷は暫しの沈黙の後に口を開いた。
「……そうよなあ、ならば、不運なぬしのために、厄払いでもくれてやろう」
冗談だったのに、と官兵衛が驚いていると、
大谷は懐から取り出した紙に"厄払い"と筆で素早く書き、ほれ、と手渡した。
「おい、なおざりにも程があるだろう!」
思わずそう言う官兵衛に、大谷は面倒そうに答える。
「仕方なかろう。われは呪うのが専門だ」
「尚更効くか! そうだ、こんなもんより鍵よこせ刑部!」
「おっと、われは急に――」
「鍵!」
「それが人にものを頼む態度か」
ぶちのめしたくなるが、大谷が鍵を持っている限り、下手に手は出せない。
出すと、再び鍵を求め北へ向かうことになるかもしれない。それはごめんこうむる。
ぐぬぬ、と官兵衛は悔しがり、大谷はそれを楽しそうに眺めている。
と、思いきや、
「……そもそもわれは鍵など持っておらぬでな。ぬしの青ルートで鳥に持っていかれたままよ」
「なっ……!」
あっさりとぶっちゃけられた事実に官兵衛は愕然となる。
「黒田、よくよく考えてみよ。ぬしの青ルート以降、鍵の在処は明確に示されておらぬであろ」
「……」
言われてみれば確かにそうだ。
小生の緑ルートは天下は取った、次は鍵探すか、な感じで終わったし、
その後鍵が話題になったのは最上ストーリーだけだし、いやあれは本当に話題になっただけだ。
天下統一モードで小生が言った鍵よこせに対して、刑部は何も答えていない。
「……まさか、そんな……」
「ぬしは心にまたも枷を付けた。実に哀れなことよ」
「……」
官兵衛は言葉もなく項垂れる。
この落ち込みよう、ともすれば再び愛しか無くなってザビー教信者・ジョシー黒田になってしまうかもしれない。
その道から救ったのは、何と小早川秀秋だった。
ひたすら鍋を作り、鍋を振る舞い、自身も鍋を食しながら、何となしに話を聞いていた小早川は、
口に入れていたネギを飲み込んだ後、ぽつりと呟いた。
「鳥が持っているなら、最上さんを探せばいいんじゃないの?」
その言葉に、官兵衛がゆっくりと顔を上げ、小早川を見る。それに少し怯みつつも、小早川は続けた。
「だ、だって黒田さん、その鳥は、最上さんが飼っている鷹なんでしょ?
飼い鷹なら、どんなに遠くに出かけても、最終的には飼い主のところへ戻ってくるはずだよ。
そしたら、最上さんを見つけるのが一番だと思うな」
「……」
一理ある。いや、むしろその通りだ。
うかつだった。そんな単純明快、実に簡単なことに、何故今まで気付かなかったのだろう。
絶望の淵にいた官兵衛の目に、再び星の光が見え始めた。
「金吾、恩に着るぞ! お前さんもたまには良いこと言うんだな!」
「そうですねえ、金吾さんは本当にたまに良いことも言いますよ」
見事に立ち直った官兵衛の背後から、突然天海が声を掛けた。
気配を感じなかったので、心底驚き、官兵衛は声を上げた。
「うわっ、ビックリした! って、天海様じゃないか。いつの間に……」
「随分前からいましたけどねえ。
それはともかく、良いことついでにもう一つ朗報を、と思いまして」
そう言いつつ天海が取り出したのは、一通の書状だった。
「実は金吾さんは東の方々からも御誕生会への招待状を送られていたのですが、
これによれば、あちらへは件のお方も参加されるとか何とか」
「な、何だって! 本当か!?」
「て、天海さま、ぼくそれ知らないよ! 家康さんからも書状が届いてたの!?」
官兵衛と小早川がほぼ同時に天海の書状を覗き込んだ。
確かに、参加者に最上義光の名があり、差出人は徳川家康となっている。
「小田原は少々遠かったので。おや、金吾さんは凶王より徳川を選ぶつもりでしたか」
「何だと! 金吾、貴様ァッ!!」
天海の言葉(というより徳川)に、誰よりも先に反応したのは、やはり三成だ。
固有技"刹那"を使ったのだろう、少し離れた場所で孫市からサザエを食べさせてもらっていた三成が、
次の瞬間には金吾を締め上げていた。
「貴様ッ、この私より、家康を選ぶというのかッ! おのれ家康ッ! 家康ゥウウウッッ!!」
「ひいいっ、三成くん誤解だよ!
ぼくはただ、憧れの小十郎さんに会って、お話して、また野菜をもらいたかっただけだよおっ!!」
「おやおや、これは大変なことになりました。かわいそうな金吾さん」
ぎゃあぎゃあと騒いでいる三成と小早川の様子を眺めながら、天海が堪えきれずに忍び笑っている。
その横で官兵衛は、早く小田原に行かないと、とあたふたしている。
「こうしちゃいられん! 一刻も早く小田原に向かって、最上を捕まえて、小生の鍵を手に入れるんだ!」
そう言って、鎖をぐいっと掴んで鉄球を引き寄せたのだが、
そこで官兵衛は鉄球が妙に光っていることに気が付く。
「あれ、綺麗になってる……」
「ああ、磨いておきました。暇でしたので」
「……市もお手伝いしたわ……」
「え、あ、そうか……すまんな……?」
天海とお市にそう言われ、官兵衛は戸惑いつつも礼を述べる。
第五天はともかく、天海様もたまによく分からないことをするな、と思ったが、
急いでいたので深くは気にしなかった。
「おや、早速引き摺るのですか。僧ごときが磨いた鉄など、汚れてしまっても構わないと、そういうことですね」
だが、小田原へと向かうため、大坂城を発とうと足を踏み出そうとした瞬間、天海がそんなことを言い出した。
「えっ、いや待て待て、小生そんなつもりじゃ……」
「……ああ、汚れていく……これも市のせい……」
お市はお市で、しくしくと泣き出した。
「……」
困った。これでは先に進めない。
天海、お市、鉄球を順に見た後、苦し紛れに、官兵衛は鎖を掴み、その鉄球を背負った。
「ほら、これなら文句ないだろう!」
とは言え、鉄球はかなり、いやものすごく重いのだ。
だから官兵衛も引き摺らざるを得ないわけで、これをこのまま担いでいくのは何とも骨が折れる。
それに贈られた品々もある。どうしたものか。
官兵衛が困り果てていると、不意に何かの音が辺りを騒がせる。
空にも地にも響き渡り、全身を震わせるような轟音だ。
「何と!」
音の正体に気付いたらしく、島津が驚きと幾ばくかの喜びの声を上げ、同時に空を見上げた。
それにつられるように、官兵衛も他の者たちも空へと目を向け、ようやくその正体に気が付いた。
戦場を縦横無尽に飛び回り、一振りで十の敵を薙ぎ払う。何者も彼の者に傷を付けること能わず。
徳川に過ぎたるもの、戦国最強・本多忠勝は、大坂城天守に、ゆっくりと降り立った。
「……!!」
「……」
「あっ、宵闇の羽の方!」
そして、忠勝と共に風魔も姿を現した。
そして駆け寄る鶴姫をかわし、次に官兵衛の前へと現れる。
「……」
風魔は無言のまま官兵衛を見つめ、それから一度その顔を忠勝へと向け、再び官兵衛を見つめる。
「……もしかして、戦国最強を連れて、小生を迎えに来てくれた、とか……?」
官兵衛が期待をだいぶ含めてそう言うと、風魔は微かに頷き、忠勝の方からも機動音が聞こえた。
風魔の姿がずっと見当たらなかったのは、おそらく忠勝を呼びに行っていたからだろう。
とにかく、渡りに船とはこのことだ。
「黒田殿、手前共からの贈り物はここにまとめておきました」
立花が風呂敷に包まれた贈り物の品々を手渡し、微笑した。
「どうか、道中お気を付けください」
「立花……」
立花の言葉と微笑が官兵衛の胸を打ってくる。
何だか目尻に熱いものが込み上げてきたので、官兵衛は急いで忠勝の背に乗り込んだ。
「よろしくな、戦国最強。今度は置いていってくれるなよ」
了解したかはっきりとは分からないが、官兵衛の言葉に忠勝はまた機動音を鳴らし、
それから脚を曲げて、離陸の体勢を取った。
「お前さんたち、御誕生会開いてくれてありがとう!」
飛び立つ間際、照れくささを抑え、官兵衛は一気にそう叫んだ。