政宗の言葉を引き金として、幸村の脳裏に、それは唐突に蘇った。

「……政宗様を、救ってくれ……」
どうにか絞り出したかのような掠れた音で、小十郎は彼の主を殺してくれと願い出た。
乱世とは言え、家臣に殺されるのは忍びない。
せめて好敵手と唯一認めた幸村の手であるならばと。
「……あれは、政宗様じゃねぇ。
 政宗様の器を使う、ただの化性だ……」
ついに小十郎は諦めたのだ。
あの狂人を政宗と認めぬ代わりに、彼の死を認めた。
右目でありながら、己の主を守れなかったことすらも認めた。
「……」
全ての始末をつけた後、きっとこの者は主に殉ずる。
主のおらぬ現世に未練などあるはずもない。
幸村はそう思う。
「……てめぇの身の安全は保証する。
 全て終わった後は、必ず無事甲斐に送り届けると誓う」
幸村の沈黙を迷いと見たのか、小十郎はそう言い募る。
見くびられたものだと、心中で幸村は苦笑した。
「……仮に武田が奥州に攻め入るとしても、ですか?」
ささやかな意趣返しに、小十郎は暫し沈黙し、しかし頷いた。
 幸村はまた思う。
彼は、これ程近くに在って、気付いていないのであろうか。
それとも、傍に在るからこそ、思い及ばぬことなのだろうか。
「……片倉殿は、何を以て、あの御方を伊達政宗殿と定めないのですか?」
幸村の問いに小十郎は眉を顰めた。
「……だったら、てめぇはあれを政宗様だと見なすのか」
小十郎にとってそれは、政宗への侮辱であり、幸村に対しての失望だ。
顔を険しくし、小十郎は幸村を睨みつける。
幸村は暫し沈黙し、また口を開く。
「……恐らくは…伊達政宗殿に、相違ござらぬ……」
その刹那、小十郎は鞘から刀を抜き、その切っ先を幸村に突き付けるが、
幸村に怯む様子は無い。
「……伊達殿が失われたものこそ、貴殿にとっては伊達政宗殿を定める便。
 故に貴殿は、あの御方を伊達政宗と認めることは出来ぬのでしょう?」
「……」
その渋面に疑念を加え、小十郎は幸村を見つめる。
「……あの御方は、事象をただの事柄としてしか捉えられぬのです。
 実感も、伴う感情も無い。
 何が起ころうとも、あの方の御心を揺さぶることは出来ぬのです。
 それが、伊達殿が失ったものなのです……」
小十郎は唖然とする。この男は、一体何を言っているのだ。
「……それ以外は、かつての伊達政宗殿と何一つ変わってはいない……
 しかし、定める便そのものを失った者を、その者と見なせる者など多くはありますまい」
己とて、一度は伊達政宗を否定した身だ。
政宗本人ですら、恐らくは己自身を定められぬのだろう。
「……」
幸村の言葉はただの憶測に過ぎない。
ただの憶測で、あの狂人を己の主君に据え、
伊達政宗を貶め、主君の矜持を踏みにじろうとしているのだ。
だと言うのに。
 淡々と話す幸村は、政宗を見下しも憎みもしていなかった。
感情を抑えようと努めていたが、
その端々に政宗に対しての哀れみは抑えられてはいない。
哀れみだけではない。
好敵手に対する思いだけでもない。
そうだった、この男は。
 長い沈黙の後、小十郎は未だ戸惑いを隠せぬままに口を開く。
「……てめぇの言ったことが真実だとしても、それで全て許されるはずもねぇ……」
小十郎は数多の断末魔を、政宗が行った虐殺の光景を、その耳と目に刻みつけられているのだ。
敵も味方も親類ですら区別なく、政宗は仁義の及ばぬ思考で以て、その手に掛けているのだ。
言い訳などするはずも無かろうが、それすら許されぬ程に、彼は殺しすぎた。
怨嗟と呪詛をその身に背負いすぎたのだ。
小十郎がせめてと願った、好敵手の手に掛かることすら、殺された者たちからすれば許し難いことだ。
この現世では、相応の報いすら無いのかもしれない。
「……そう、故に某は……何も、出来ぬのです……」
勿論、幸村の想い人に対する恋情と好敵手に対する願いも孕んではいたが、
幸村も小十郎も、それを口にすることは出来なかった。




 政宗の取り留めもないその一言は、幸村に小十郎の決断を蘇らせた。
同時に、一つの確信をも抱かせた。
それは、以前に抱いた一つの推測だ。
ただの憶測であってほしかったものだ。
余りにも身勝手で哀れな、
政宗の所業を定めた、ただ一つの理由であり、意志だ。
 頬に触れるその冷たい両の手を、溢れてきた涙がまた濡らす。
何も出来ず、何をすることも許されぬ。
無力で、不甲斐なく、ただの情とつまらぬ哀れみから童のように泣いているだけだ。
「……」
政宗はその温い水とそれが出てくる幸村の瞳をぼんやりとただ見つめていたが、
誰に言うでもなく、呟いた。
「……一つだけ、分かったことがある……」
その涙の意味も理由も知らぬが、その瞳は見たことがある気がする。
俺が殺した者の中に、こんな瞳で見ていた奴がいたかもしれない。
脛巾たちが、こんな目をしていたかもしれない。
「……アンタは俺を、哀れんでいるんだな……」
それは、政宗の確たる意識の下で紡がれた言の葉では無かったが、
幸村の胸を刺すには余りあるものだった。
束の間目を見開いていたが、
その瞳からはまた堰を切ったように涙が溢れてきた。
「……それだけであるならば、どれ程良かったか……っ」
哀れだと思った。
苦しく、辛く、やり切れない。
どうすることも出来ない。
何一つ出来ることがない。
悔しい。
哀しい。
それらは全て、己の想いから生じているのだ。
「お慕いしております」
最早留め置けぬ。
抑えてきたこの心を、この無為の感情と言葉を、涙と共に流れ落とすだけだ。
「そなたが愛しいのだ」




 幸村の想いに、政宗は微かに目を見開き、
それから諦めたように目を伏せた。
暫く後、俯いたまま唇の端を少しだけ上げたが、
再び顔を上げた彼から表情は消えていた。
「……俺にとって、たぶんアンタは、特別なんだろう……」
一欠片を失った彼は、最早情を理解出来ない。
その彼が、たとえ意識の外で零したものだとしても、
情を口にしたのは先程ただの一度きり。
数多の心の一つだけ。
ささやかな奇跡であった。
だから分かっているのだ。
もう二度と、そのような奇跡は起こらない。
起こりようもない。
「……だが俺はきっと、アンタを殺せる」
情が生まれることはない。
他と変わらず、ただ殺した事実を記憶するだけだろう。
「……だから、己の理想を貫きたいなら、俺を止めたいなら、」
救いたいならば、望みを叶えてやりたければ。

政宗は虚ろとなっていたその瞳に、確たる強い意志の光を覗かせた。
「全力で、俺を殺しに来い」








 独眼竜の暗殺未遂から数月後、会津では、非道を重ねる伊達政宗に対し謀反が起きた。
その混乱は、今までの様々な風聞と共に、かつての黒脛巾により広められ、奥州全土にまで発展していった。
時をほぼ同じくして、甲斐の虎が同盟を破棄し、奥州に侵攻した。
混乱により統制を欠く伊達軍に対抗する力は無く、降伏、落城が相次いだ。
当時の政宗の居城であった黒川城では流石に抵抗はあったが、
本丸裏手側から突如現れた真田幸村率いる伏兵部隊の手により、間もなく城は落ちた。
 謀反の首謀者とされる片倉小十郎景綱は、黒川落城の際に自刃した。
伊達家に繋がりのある者、特に政宗と血縁関係のある者は悉く政宗の手によりその命を落としており、
生家へと戻されていた正室、側室たちも謀反が起きる以前に既に離縁されており、
また子も生まれてはいないため、武田による奥州平定後、伊達家は断絶した。
 当主であった藤次郎政宗については、謀反または武田の侵攻の折に死んだとされているが、
それが誰の手によるものであったかは伝えられていない。

























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イフアナザーアフターダテ毒殺未遂事件。
アナザーなのは、別次元のサナダテがあるからです。
書き上げてないだけで。

文章力が足りなかったので反則ですがここで少し補足。
ここでのダテの殺害判断基準(暗殺未遂の容疑者は除く)は血が繋がっているかどうかなので、
愛ちゃんたちを殺していないのは、血が繋がっていないからです。
片倉くんが避難させたのもありますが。
仮に五郎八ちゃんたちが生まれていたら確実に殺しています。

最後まで読んで頂いてありがとうございました。