独り言のように、政宗は呟いた。
暫しの沈黙の後、彼の呟きに対してどこからともなく応えが届き、
虚空に向かって取り留めもない会話は続いた。
それからまた暫く、黒脛巾の消えた部屋で政宗は考える。
戦の後のこと、戦の前のこと。
仕込みは十分にしてあるはずだから、遅かれ早かれ何かは起こるはずだ。
問題は、それまで己の身体が保つか。
保たないならば、他に手を打っておかねばなるまい。
そして政宗は、真田幸村に思い至った。
明日でここに来て八日。
長くは留まるなと言われているので、もう少しと願っても許されないだろう。
明日には、全てをこのままにして、放り出さねばならない。
彼の本心をしかと確かめることも出来ずに、
彼を止めることも出来ずに、
彼らの願いを叶えることも出来ずに、去らねばならない。
「……」
幸村は己の手に目を落とした。
彼に貫かれた傷は塞がりつつある。
しかしあの童は、意識こそ戻ったものの、殺されかけた恐怖に未だ怯えているという。
何者かの気配に、幸村は障子の方に目を向ける。
下弦の月に照らされる障子の向こうの人影は、しかし口を開かずにただそこで呆けていた。
「……何か、御用でしょうか?」
伊達殿、と彼の者の名で呼びかけると、人影が微かに身動ぎ、次いで障子を開く。
現れた彼の者の手には、抜き身の刀が鈍い光を放っていた。
「……確かめたいことがある……」
表情の無いままそう言い放ち、その後に政宗は微笑する。
「……アンタを、殺せるか……」
「……」
それに、幸村は眉を寄せる。
「……それで、何をお確かめに?」
今の政宗には、その行為そのものには意味も理由も無い。
行為に付随するものが無い限りは、彼は無意味なことはやらないのだ。
では、己を手に掛けることに付随するものとは。
「……情を交わした者であっても、殺せるか……そもそも情が生まれるか……」
そう答えると、政宗は刀を無造作に放り投げ、
言葉の意味するところに呆けていた幸村に向かって倒れ込むついでに押し倒した。
「暫く付き合え」
一方的に言い放ち、政宗はそのまま幸村の着物に手を掛ける。
帯が解かれたところで、幸村は漸く我に返った。
「……お待ち下され。何を……」
構わず長着を脱がせようとしている政宗の肩を掴み、幸村は戸惑いがちに逆らった。
「ネコは嫌か? なら別に俺でも構わない」
幸村の抵抗をそのように捉え、袴を脱がしにかかる。
「伊達殿、なりませぬ。某は……」
幸村と言えど、それの意味を知らぬ程幼くはなかった。
いや、彼が胸に抱き続けている想いがあるからこそだ。
しかし、だからと言って、政宗からの誘いであっても、このような形で、
劣情に身を任せ、今の政宗を抱けるのか。
「嫌か?」
衣を剥がしていた手を止め、政宗は漸く幸村を見下ろした。
期待も失望もすることのない、虚無の瞳だ。
彼の右目を覆う眼帯と同じく、無機質な瞳だった。
「違う、そうではないのだ。ただ、某は……」
心のどこかで、この者を伊達政宗とは認めたくは無いのだ。
ここに在るのは、伊達政宗の本質を失った器であり、幸村が恋情を抱くあの政宗ではない。
そう思っていたいのだ。
己の推測を、ただの推測にしておきたいのだ。
「……某は、そなたを……」
だが、政宗が紡いだ言の葉が、
やつれるばかりの姿が、
幸村を取り巻く全てが、無慈悲に真実を語る。
政宗は、心の一部を失い、数多の命を踏みにじった。
それは、己を壊すためであり、己が壊されるためにだ。
こんなもの、信じたくはないのに。
「……」
焦れたのか、政宗は再び着物を崩し始める。
袴の隙間から差し入れ、下帯に手を掛けた。
「……っ、だ、伊達殿…っ」
器用に袴も下帯も解かれ、彼の手にそこを握られた。
「あ…っ、伊達殿っ」
その手の動きは巧みで、的確に幸村を昂ぶらせてくる。
堪えるのが精一杯で、抵抗の余地も無かったが、
己の一物が政宗の口に含まれた時、咄嗟に彼の頭を掴むと力任せに引きはがした。
「……」
幸村の行動に微かに目を見開いて、
政宗は、呼吸を乱し頬を朱に染める幸村を、じっと見つめた。
「……嫌なのか?」
口の端から零れる先走りを舐めた後で、政宗は再度尋ねる。
倒されていた半身を起こし、首を横に振るが、
言うべき言葉を求めて幸村はその瞳を揺らすばかりだ。
「……嫌でないならば、何故拒むんだ?」
「……」
己の抱く様々な想いを、今の彼に巧く伝えられる自信は無かったが、
暫しの沈黙の後、幸村は言葉を絞り出した。
「……後できっと悔やむことになります……」
「何故だ? 己がやりたいようにした結果だろう?」
政宗は即座にそう問い返す。
彼の行動の元は、恐らくは彼が理解できない事柄に対しての疑問からだ。
道理や人との関係に伴う感情といったある種のしがらみから解放された故に、
今の彼の思考は至極単純だ。
「……」
幸村は眉を寄せる。
感情の何が呼び起こされたかは分からないが、
苦しく、辛く、悲しく、哀れで、許し難く…
「……抱いた想いが一つとは限りませぬ。それらはそれぞれ別の理由がある。
そなたと身を繋げたいと思う。
しかしそなたとの関係を壊すなと、戒める己も在る。
一つではないからこそ、我らは迷うのです」
「……」
政宗はじっと幸村を見つめている。
呆けているようにも、思案しているようにも見える。
理解しようと努めているとも取れる。
いや、これはただの期待か。
長い沈黙の後で、不意に政宗は幸村に向けていた目を伏せた。
「……だとすれば、俺に分かるはずもない……」
独白に似たそれは、幸村の胸に突き刺さる。
後悔ではない。
苛立ちでもない。
辛苦など感じるはずもない。
だというのに、
「……だから俺は、やりたいようにやるだけだ」
彼はそう言い捨て、再び幸村の下肢に手を伸ばす。
制止しようとするが、そこを包み込んだ手に上下に扱かれ、思わず声が漏れる。
己が発したあらぬ声に、束の間身体が硬直し、その隙にまた口に銜えられた。
「……だ、伊達どの…っ」
彼の手が袋を揉み解し、舌が先端から根本までをなぞり吸い付く。
裏筋を舌が伝い、揉まれた袋にも唇を寄せられる。
それらは義務的な愛撫ではあったが、確実に幸村から快楽を引き出し、理性を剥がしていく。
「…っく」
零れる声を少しでも押さえようと口を手で覆うものの、その隙間から音は漏れていった。
幸村の昂ぶりに合わせるように、政宗の動きも速くなる。
抑えようとしても、これ以上は堪えきれぬ。
だが、彼はまだ己の一物を口に含んだままだ。
「だ、駄目だっ!」
精を吐き出す直前、幸村は政宗の頭を掴み引き剥がしたが、
間に合わず、放たれた白濁が政宗を汚す。
顔面に放たれ、流石に彼は目を閉じ眉を顰めた。
「あっ…」
余韻と羞恥で幸村の顔が朱に染まる。
政宗は顔を擦り、その粘液を拭う。
「も、申し訳ござらぬ…っ」
慌てて謝罪する幸村に、政宗は無造作に問い返した。
「何が?」
その答えに、幸村の表情が歪んだ。
泣きそうにも見えるそれを見つめた後、彼はまた目を伏せた。
「……分かるはずがないと、言っただろう……」
それが苛立ちだったのかは分からない。
いや、彼がそれを抱くはずもないことは、己自身の推測が知っているというのに。
次に政宗が顔を上げると同時に、彼は己の右眼を覆う眼帯をも剥がしてしまった。
それは、彼が拒み続けた象徴に他ならなかったが、
それですら今はもう、顔を拭うのに邪魔となる物に過ぎない。
表情を消し、政宗は行為を再開した。
四つ足の体勢から膝立ちで半身だけ起こし、
脚を少し開いて幸村の放った精液で濡れた指を一つ、己の菊座に突き入れた。
「……っ」
彼の五感や欲は正常なのだ。
悲鳴にも喘ぎにも似た呻きを零しながら、
政宗は自らの手で自身の菊座を弄り、異物を受け入れる準備をしている。
自身の手で自らを乱していく。
堪えかねて零れる吐息や頬を染め情欲に歪む表情は、幸村の箍を外すには十分すぎる。
それを止めるのは幸村の恋情だが、追い立てるものも同じ感情に他ならぬ。
目の前の彼から目を離せず、聞こえてくるのは彼の嬌声と己の動悸ばかりだ。
触れれば堰が切れてしまうのは分かりきっている。
だからこそ触れたいし、故に触れられぬ。
そんな幸村を知る由も無かったが、不意に政宗の身体がぐらりと傾いた。
壊れかけた身体であっても、脳が止めることはないからだ。
情欲と違う意識で、幸村は咄嗟に腕を伸ばし、彼を受け止める。
彼は虚空を見つめたまま、幸村に目を遣った。
政宗がこの一連の状況を認識すると同時に、幸村は衝動で以て、彼を強く抱き締めた。
筋も衰え、骨と皮だけになりつつあるその感触が、幸村にはただ哀しかった。
音がする。
湿った吐息と、衣擦れと、水音と、嬌声だ。
うっすらと目蓋を開けるのと同じ頃合いに、精液が注ぎ込まれた。
何度目かは分からないが、中も下半身も精液でぐちゃぐちゃだ。
熱いか気持ち悪いかとぼんやりと考えていると、真田と目が合った。
束の間何か考えていた様子だったが、言葉を発することはなく、
また抱き締められ、口付けられた。
ふと思う。
この男は、こうするのが好きなのだろうか。
以前ならば、俺でも理解できただろうか。
気が済んだのか飽きたのか、身を貫いていた雄を抜いた後は、己を抱き締めたまま動かない。
こちらも動く気力は無かったので、暫くそのままでいた。
だが、
「……」
真田の様子が、何か、変だ。
寒いのだろうか。
何故、肩が濡れるのだろうか。
「……」
微かに身動いで、真田の顔を覗き込む。
少しその理由を考えもしたが結局は尋ねてみる。
「……何故、泣いている……?」
少し驚いた様子で真田は顔を上げた。
拍子に、瞳から溢れた涙が頬を伝っていった。
何かを言いかけ唇を弛緩させたが、それを噛みしめ真田は眉を寄せる。
涙を無造作に拭うが、その水が止まる様子は無い。
何故泣くのかともう一度尋ねた。
「……分からぬ……」
理由が言えぬとは、この男にしては珍しい。
己には理解できぬこととはいえ、真田はこちらの問いには答えていたから。
「……」
真田が分からぬと言うならば、己は尚のこと知る由も無い。
ただ分かるのは、俺にはそういうものが無いということだけだ。
手を伸ばし、真田の瞳から止め処なく溢れるその涙を拭う。
それから、頭を撫でてみた。
「……伊達、殿……」
甲斐は無く、見開いたその瞳から溢れる涙は止まらない。
やはり幼子のようにはいかない。
いや、そもそも意味も理由も理解できぬ己には、どだい無理な話なのだろう。
「……どこか、痛いのか?」
痛い、苦しいと、あれらは泣いていた。
俺も殺されかけた時は苦しかった。
ではあの時俺は、泣いていたのだろうか。
「……苦しいのか?」
疑問と確認を口にする度、真田の目から涙が零れていく。
その止め方は分からない。
息の根諸共に。
それ以外俺は知らない。
ぽたり、ぽたりと、涙は雫となり落ちていく。
真田の頬を両手で挟み、伝っていくその水に触れてみる。
これも、俺にはもう分からない。
「……お前は、他の者のためにも、泣けるのか……」
分からないが、手足を裂いた時に見たような、その時に流すような水では無いのだ。
己のために流す涙ではないのだ。
だとすれば真田は、もしや俺のために泣いているのだろうか。
真田の涙は止まらない。
その術を知るべくもないが、
仮にこれが俺が流させているものならば、
俺にも止めることができるだろうか。
「……泣かなくていい……」
頭を撫でた時と同じように、それは今の己には思考が及ばぬ所作だった。
無意識に零れ落ちた言葉だった。
理解もできぬものだった。
それでも、理解のできぬそれを言の葉として、ただ取り留めもなく吐き出した。
「……間もなく、死ぬ身だ……」
身体に力が入らない。
上手く動かせない時もある。
思考も定まらぬことが多い。
そんな死に損ないのために、この男が泣く必要は無いだろう。
「……なぜ、そのような……」
真田が目を見開き、こちらを凝視している。
それ程驚くことでもあるまいに。
「人も畜生も、食べなければ死ぬだけだろう?」
そういえば、この男は、俺が物を食らえなくなっていることは知らないはずだ。だからだろうか。
「それに、俺を殺したいと思う奴らもいるからな」
種も間もなく芽を出すだろう。
家臣かも知れぬし、右目かも知れぬ。
勿論、時が先かも知れないが。