二、三日程顔を合わせなかっただけであったが、政宗は以前よりもやつれて見えた。
「この度は我が願いをお聞き届け頂き、恐悦至極に存じます」
まるで彼の矛盾を表しているようだ、と幸村は思う。
埋められぬその溝が、自身の身体に返ってきているのかもしれない。
「用向きは何だ?」
上辺だけの謝辞に応える気はないらしい。
幸村は頭を下げたまま、口を開く。
「伊達政宗殿に、お尋ねしたいことがございます」
「……言ってみろ」
許しを得て、幸村は顔を上げた。
「……貴殿は何故、人を殺め続けるのですか?」
「……」
紡がれた言葉に、政宗は幾分眉を顰めた。
恐らくは竜の右目からも諫められているからだろう。
興味の失せた様子の政宗に、幸村は言った。
「数日前に、そなたは某に人を殺める理由をお尋ねになった。
 そなたの理由とは違うからだと。
 では、そなたの理由とは何ですか?」
「……」
「そなたは感情を失っている。
 実感、とでも申すべきかもしれませぬ。
 そなたの周りで何が起ころうとも、それはそなたの御心には届かない。
 あらゆるものが、そなたにとっては些事にしかなり得ない。
 某にはそのように思えてなりませぬ」
「……」
政宗は微かに目を見開いた。
その僅かな様子から、己の考えがあながち的外れではないと幸村は判断した。
「……ですが、それが真であるならば、その些事をお続けになる理由は無いはずです。
 しかし、そなたは殺め続けている」
人の感覚からも道からも外れた行為を、口にすることは憚られたが、
政宗の持つその矛盾に何かありそうな気がするのだ。
「……何故にそれをお続けになるかを、どうかお答え頂けませぬか」
「……」
政宗は押し黙ったまま動かない。
その空虚で深い瞳を、幸村に向けるだけだった。




 長い沈黙の後、政宗は幸村に目を向けたまま、呟いた。
「……何故、だろうな……」
「……」
「……たぶん、アンタの言っていることは合っているんだろうな……
 確かに、小次郎や母上みたいに、何かを感じさせてくれる奴なんかもういやしねぇ……」
「……」
独白にも似たその呟きを、幸村は始めは聞き流したが、
すぐに今の彼の行動に起因するものに気が付いた。
「……ただの身内じゃあダメだと、
 もっと俺に近い奴でなければダメだと、
 俺はもう知っているはずなんだがなぁ……」
発端は失ったものをその行為によって再び得た故に。
対象は凄惨な試行錯誤の末の彼の結論から。
ならば、
「……」
一つの推測に、幸村は瞬間呼吸を忘れた。
これは、これだけは駄目だ。
これでは余りにも、身勝手で、残酷で、哀れではないか。
 しかし数瞬後に、政宗は唐突に口を開いた。
「……ああ、そういうことか……」
辿り着いた答えに、彼は微笑する。
それは、彼が周囲から学んで得た、ただの反応に過ぎないが、
それでも微かに表情に上らせたものは、彼自身に向けられた嘲笑に他ならなかった。








 己が他に向けて行うと同様の所業は、夢を以て己に返ってくる。
此度は四肢を切り落とされた後に火で焼かれた。
その前は熱湯だったか。
これで俺は何度死んだだろう。
 目を開き半身を起こすと、吐き気がどっと押し寄せてきた。
視界はぐるぐると回っている。
それを放ったまま、しかしそれ以上動きはせずに呆けていると、漸く小姓がやってきた。
歪んだ視界でそちらに目を向け、怯える小姓に構わず着替えをさせる。
その後は朝餉だ。
運ばれてきた膳のうち粥を二口分だけ喉の奥に押し込み、下げさせる。
どうせ全て平らげたところで、すぐに吐き出してしまうだけだ。
絶対的に精力は足りず、身体にもそれが現れているのは分かっていたが、
受け付けないのだから仕方のない話であるし、別段それ自体に興味もない。
 膳を下げる侍女とすれ違いに、小十郎が入ってきた。
下げられる膳に眉を顰めるが、特に何も言ってはこなかった。
「……」
己とて特に言うこともなかったが、竜の右目だという者の思考には多少は興味がある。
いや、ただ確かめておきたかっただけかもしれない。
 だから、今日の分の書状に目を通しながら、吐き気を無視しながら、
政宗は唐突に口を開いた。
「……何も、言わなくなったな」
その言葉に小十郎は顔を上げて、政宗に目を遣った。
「諦めたのか? それとも、期待しているのか?」
虚ろな瞳で音を紡ぐだけの政宗だったが、
その言の葉の意味するところは、小十郎の思考と決して遠くはなかった。
それどころか、小十郎の意識に上らぬ漫然とした意志をも読み取っていた。
「……期待、とは……」
「お前の思考を俺が知るはずないだろう?」
それでいてこの者は、そうやって他の思考を切り捨てる。
知りたがるのに、真実知ろうとはしない。
「……」
しかし、政宗の指摘はその通りであったのだ。
正気を失った主君に従い続ける家臣などおらぬし、
今の政宗の状態であれば誰であろうと漫然と期待してしまう。
その期待を己が手で行うか、時や他者が行うのを待つか、ただそれだけの違いだ。
今はもう誰しもがこの主君の完全なる死を望んでいるのだ。
「……お前、俺の右目だったな」
政宗の言葉や行動に脈略はない。全て等しく、無価値だ。
「……独眼竜の右目にございます」
そのささやかな反抗は、小十郎自身の矜持でもあるし、伊達政宗の矜持でもあった。
だから言ってから気がついた。
己は疾うに、目の前のこの狂人を仕えるべき主君と見なしてはいなかった。
「……」
政宗は沈黙したまま、小十郎に近くに寄るよう促した。
言われるままに小十郎は政宗に近付く。
政宗からは怒りも殺気も無いが、端からそんなものはこの男にはありはしない。
思いつくままに、たまたま捉えた思考のまま、人を殺すのだろう。
 側に寄ってきた小十郎を突き倒してその上に乗り、政宗はその虚空の目で小十郎を見下ろした。
「……右目なら、左目はもう要らないだろう?」
鞘から小太刀を抜き、政宗は微笑んだ。
 小十郎は抵抗しなかった。
仕えるべき主君が既に亡いのならば、右目である己の命など何の意味があろうか。
左目と言わず、この命そのものを奪ってしまえばいい。
それは小十郎自身の自分勝手な贖罪に過ぎないが、同時に彼の存在意義そのものでもあるのだ。
 しかし、突き下ろされるべき刃は小十郎の命はおろか左目さえも奪いはしなかった。
政宗は小十郎に最早構わず、縁の方へと這っていく。
辿り着いたそこで、先程無理矢理押し込んだ粥と胃液を吐き出した。
その様子を、小十郎は驚く程冷静に眺めていた。
「……あぁ、つまらねぇな……」
胃液と咳の合間に、政宗はそう呟いた。
そして、彼は唐突に気がついた。
「……小十郎」
喘ぎながら、政宗は唇の端をつり上げる。
「直に戦になるぞ」








 政宗の部屋から退がった後、小十郎はその足で幸村に与えた部屋を訪れた。
「……てめぇに頼むのがお門違いってのは百も承知だ。だが……」
普段の渋面に憔悴と疲労を加え、小十郎は幸村に願い出た。

























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