糸断つ時は





 縁側で煙管を吹かしながら、政宗は外を眺めていた。
吐いた煙がゆらゆらと空へと昇っていく。
繰り返し繰り返し、彼の口から吐き出される度に煙は上へと向かい、
風の無い今、それを遮るものは無かったが、空へと向かう途上で煙はかき消えてしまう。
しかし煙は絶えず空へ向かっては消えるを繰り返していた。
 微かに、真っ直ぐに空へと向かっていた煙が揺れた。風が吹いたのだ。
煙をかき消す勢いも無い風ではあったが、政宗の髪も微かに揺らし、それに彼は目を細めた。
遠くで微かに聞こえる喧噪以外に音を発するものが無い、そういう静寂に包まれていた空気を、
しかし政宗は唇が紡ぐ言葉で以て自ら消した。
「何の用だ?」
威嚇のつもりか、殺気めいた覇気が僅かばかり迸る。
身体は次の動きに備えているのが筋肉の動きで見て取れた。
「偵察だよ、忍のお仕事だもん」
冗談めいた口調でそう言い、政宗の背後にある部屋の天井から、一人の男が降り立った。
「…武田の忍か」
声で分かる程には互いに面識があった。
斬り合ったこともあるし、身体を重ねたこともある。
「そうですけどね、いい加減名前覚えてくんない?」
以前に猿飛佐助と名乗っていた、はずだ。
しかしこの小憎らしい独眼竜は何度そう言っても、
佐助自身、本当に俺様名乗ったっけ?とたまに思うぐらいに、
一度たりとも佐助の名前を呼んでくれたことはない。
「Ha」
鼻で笑い、政宗は唐突に殺気を消し、強張らせていた身体の力を抜いた。
「…そういうのって良くないよ。仮にも俺様、他国の忍だよ?」
たまにそう言ってはみるものの、説得力が無いのは佐助自身にも分かっていた。
分かっているが、ご丁寧に独眼竜は答えてくれた。
たぶん嫌味が含まれている。
「殺す気のねぇ奴を警戒したって仕方ねぇだろう?」
それを認めてしまうのは自分が無能であることを証明していることにもなるし、第一癪だし。
そう思ったが、確かに目の前の竜を殺す気は無かった。
 佐助は一歩足を前に進めたが、独眼竜は未だに視線の一つもこちらに向けずに、庭を眺めたまま煙管を吹かしている。
「……でもね、竜の旦那」
不意に呟いた佐助の声音は、いつもよりもその温度が冷えていた。
それが功を奏したのか、それとも気が向いたのか、
独眼竜は漸く大儀そうに身体をやや動かすと、横目で佐助に感情の無い視線を向けた。
たかだか忍の声や視線で竜が怯むはずも無いし、怯ませる気も無かったが、
己の動きで竜が多少とも動いたという事実が佐助には嬉しかった。
「…漸く殺る気になったか?」
竜の唇が笑みを形作る。瞳に凶暴な光が浮かんだ。
「さあ、どうだろうね」
気配を消すのが仕事なら、必要があるならばその逆もまた然り。
佐助に求められるのはそういうものだし、それが佐助の使い道だ。
敢えて出した殺気に、竜の瞳は益々輝き、それを確認して佐助もうっすらと微笑した。
この竜が求めているのは、きっとこれなのだろう。
主の仕える主君に求められるのも、おそらくは。
「やだね、戦ってのは」
いつもの軽口かそれとも本音か、佐助にもそれは分からなかった。








「…で、何でこんなことになるんでしょう?」
壁に寄りかかり、政宗は相変わらず煙を吐いている。
先程と違うのは、その視線が庭でなく隣で居心地悪そうにしている佐助に向けられていることだ。
「何だぁ、俺が作ったもんは食えねぇってか?」
「え、何このお饅頭、旦那が作ったの!?」
言い返された売り言葉が余りにも意外だったため、素でそう返して信じられないといった表情を政宗に向けると、
彼は一瞬眉を顰めるがすぐにニヤリと笑った。
「Yes、有り難く頂戴しろよ」
「……」
一体どうしてこういうことになったのだろう。
あの流れから言えば、普通斬り合いが始まるもんでしょ!
だけど何故だかどうしてか、刀を抜くはずの手は茶を点て、
凶暴な瞳の光は僅かな嘲りを含めてはいるが、興味深そうに佐助を観察している。
「…俺様、流れについていけないんですけど」
「つべこべ言わずに食いやがれ」
「……」
意を決して皿に載った饅頭をつまみ一口食べた。
口の中に程よい甘みが広がる。
「…美味しいです」
「当たり前だ」
そう言う政宗の口調は、殊の外優しい。
珍しく、佐助の気も抜けた。








 不思議な時間。
殺し合いとも偵察とも逢瀬とも違う時間。
本当にたまにだけ、それこそ竜の気まぐれで起こるような、根拠も理由も無い時間。
それは幸せだし、心地良いし、何より政宗と過ごせるこの時間は堪らなく嬉しい。
それはきっと、出逢った瞬間から、言葉と刃を交えた瞬間から、起こっていたのだ。
「俺、思うんだよ」
独白めいた呟きに返ってきたのは沈黙だが、政宗が耳を傾けているのは自ずと知れた。
「旦那の気まぐれでさ、こういう風に過ごせるの、正直すごい嬉しい」
「……」
「戦で殺し合いするなんかより、一人で偵察してるよりさ、ずっとこっちのが好きだ。
あんたの乱れる姿見たり、艶っぽい声聞くのと同じくらいね」
「Ha!」
嘲笑を聞き流し、しかし佐助はふと黙り込む。
惹かれたかと聞かれれば、間違いなく惹かれている。
惚れているかと聞かれれば、それは分からない。
胸を掻き立てるこの感情と衝動は、果たしてその程度なのか。
いや、答えはきっと知っている。
「あんたのこと、守ってあげたい」
「……」
「意地っ張りで強情っぱりで人のこと馬鹿にしてばっかなのに、
実は寂しがりやでさ」
「…殺すぞ」
寂しがりやの一言に政宗はあからさまに不愉快そうに眉を顰めるが、
佐助は構わず続ける。
「そういうとこ、すげー放っとけなくなるよ。
でもね、」
途切れた言葉の続きを期待してか、政宗は佐助に顔を向けた。
佐助は少しうっとりした様子でその顔に笑みを張り付けた。
「そういうとこ踏みにじってさ、ぐしゃぐしゃに壊してもやりたい」
再び声音の変わった佐助を政宗も無表情に見遣る。
「…………Ha」
ややあって、不意に政宗は笑みを零し、
「Ha!It's so cool!!」
そして高らかに笑った。





















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捻くれもんの二人は大概こんな感じ。