真田と虎騒動

朝昼の部





 ある清々しい日の朝、突如聞こえた奇声めいた悲鳴で、政宗は飛び起きた。
何だどうした何があった。ていうか今何時だよ。ちくしょうまだ起床時刻じゃねぇじゃねぇか。
と、ひとしきり吐き捨てた後で、仕方がないので小姓に身支度をさせ、
その間に先程の奇声の正体を調べさせるよう言い付ける。
まあ半ば予想はついているのだが。
「ま、政宗様!」
ひととおり身支度も終わった頃合いに、小姓の代わりに、珍しくも慌てた様子で小十郎がやってきた。
「よお小十郎、アレが今度は何をやらかした?」
「いえ、その、真田が……何と申し上げますか……」
歯切れの悪い小十郎に政宗も眉を寄せたが、行けば分かるだろうと政宗は部屋を出た。




 奥州での滞在中、武田の使者でもある幸村には、城の一室が与えられている。
結果的に普段より早い時間に起きることとなった政宗は、
欠伸を噛み殺しながら若干不機嫌そうに廊下を進み、幸村の部屋へ向かった。
辿り着いた彼の部屋は障子がぴったりと閉められていたが、まさか寝ているはずもない。
「おい幸村、開けるぞ」
幸村からの返事を待つでもなく、政宗は障子を引く。
ぱっと見誰もいなかったが、すぐに部屋の隅で布団を被っている物体を見つけ、政宗はそれに近付く。
「アンタ何してんだよ、ガキか」
物体の前でしゃがみ声を掛けると、幸村は布団から顔だけ覗かせた。
「な、何でもございませぬ」
律儀に挨拶を返した後、明らかに何でも無くは無い様子でそう答えた。
「んなわけねぇだろ。朝っぱらから何騒いでくれてんだ、コラ」
「……ね、寝ぼけ申した……」
目を泳がせた後に政宗を見ずに答える様子は、実に言い訳らしい。
「……」
言い返そうかと思ったが、不毛になりそうなのでそこで止め、
政宗は幸村にとりあえず布団から出ろと言う。
「……そ、それは些か、都合が宜しくなく……」
そこで言い淀んで固まってしまい、幸村は出て来ない。
コイツといい小十郎といい、どうしてこうも歯切れが悪いのか。
「あーもう!いいから出てこい!」
元々気が短い政宗だ。緒が切れたらしく、政宗は幸村が被っている布団を引っ掴む。
それを見るがいなや、幸村は慌ててそれを振り払った。
「だ、駄目でござるううぅぅっ!」
そして頭から被った布団を押さえたまま、幸村は部屋から逃げ出してしまった。
「え、ちょ、てめぇっ」
まさか逃げ出されるとは思わなかったので、一瞬呆気に取られるが、
すぐに政宗は廊下に顔だけ出して、幸村の姿を探す。
喧しい叫び声と騒がしい物音を立てながら実に賑やかに逃亡している幸村を視界に捉えたが、
その姿は既に小さくなっている。
「おい、誰か!そいつ捕まえろ!」
その後を追いながら家臣たちにそう命じるものの、
真田幸村はとにかく足が速く、政宗ですら追い付くのに骨を折るのだ。
まして常人もといモブ達なら尚更だ。
全力疾走する幸村の前に立ちはだかるものは、人も物も例外なく跳ね飛ばされてしまう。
「アイツめんどくせえぇぇっ!」
朝餉も前の内から、幸村と同じく全力疾走させられる羽目になった政宗は、
幸村を追いかけながら、心からそう叫んだ。




 結果としては、幸村が廊下から庭に飛び出し、屋敷の外へまで逃げ出してしまったので、
政宗は馬まで持ち出して何とかそれを捕まえた。
と言うよりも腹いせにそのまま跳ね飛ばした。
吹っ飛ばされた幸村は勿論そのまま転倒したので、彼の被っていた布団も吹き飛ばされた。
そして政宗は、小十郎や幸村が言い淀んでいた理由を知ることとなった。




 先程から抱腹絶倒している政宗とは対照的に、幸村は正座したまま顔を真っ赤にして俯いている。
穴があれば今すぐにでも入りたいが、残念ながら知っている穴蔵は此処よりはるか南の地だ。
被れる布団も政宗に取り上げられてしまった。
故に、この情けない姿を晒すしかないのだ。
「……うう、某一生の不覚……」
「いや、そんなことは、無いと、思うぜ」
何に対して不覚と言っているかは知らないが、独りごちる幸村に政宗はそう声を掛ける。
言葉が途切れるのは、未だ笑いが収まらないからだ。
「……ひどうござる……あんまりでござる……」
しくしくとむせび泣く幸村に、笑いすぎて涙目になった政宗が、その目を擦りながら応える。
「Sorry、悪かったって」
素直に詫びてはいるが、幸村に同情している訳ではない。その証拠にまだ笑っている。
若干恨みがましい目で政宗を睨む幸村だが、政宗はその迫力を感じるどころか、
そこから滲み出るちぐはぐさに、また吹き出してしまう始末だ。
「まあいいじゃねぇか。結構似合ってるぜ」
そう言い、政宗は笑いを堪えながら、幸村に、正確には幸村の頭に目を向けた。
いつもの赤く長いあの鉢巻は、今は身につけていない。
しかし、幸村の頭には茶に近い彼の髪以外の色がある。
黒地に白斑の丸みを帯びた獣の耳が、政宗の視線に気付いてピクと動き、
薄い黄と黒の縞模様の尾が背後で揺れた。
当然ながらそれが幸村の身動ぎとシンクロしていたので、存外可愛らしいと政宗はまた笑ってしまう。
「政宗殿!」
流石に幸村も怒り出した。
「悪ぃ、いや、でも、ムリ…」
謝るそばから吹き出しているので、その言葉に全く説得力は無い。
これ程屈託無く笑っている政宗も珍しいのだが、
その原因が己のこの情けない姿であると思うと、素直に喜べない。
「……で、そのcoolな耳と尾以外に、変わったとこはねぇのかい?」
「……いえ、特には」
まだ笑い混じりなのが癪だったので、幸村は愛想無くそう答えた。
目が覚めてから、この身に起こった現象が信じられずに、何度も己の身体を確認したのだ。
細かいものはいくつかあるにはあるのだが、さして言う程のものでもないし、
この様子では言ったところで笑われるだけだろう。
「そう怒るなって。それ、虎の耳と尾だろ?
 これ以上アンタに相応しいもんもねぇじゃねぇか」
武田の若虎と称される真田幸村だ。
どうせ生えるなら確かに犬猫よりも余程いいかも知れぬ。
政宗の言葉にうっかりそう思い直しかけるが、
彼の言葉にからかいが含まれていることに気付き、
幸村は釈然とせぬまま黙り込んでしまった。
「拗ねんなって。悪かった」
やっと込み上げる笑いが落ち着いたらしく、声音を和らげて政宗はきちんと謝った。
そうして立ち上がると、上座から幸村のいる方へ近付いて来た。
何事かと虎の耳が立ち、幸村は眉を寄せ政宗を見つめる。
幸村のすぐ側まで辿り着いた政宗は、微かに笑うと彼の正面に座り直した。
「なあそれ、触ってもいいか?」
まず虎の耳を指し、次に尾を指して一応問いかける。
その手を半ばまで伸ばしウズウズした様子から察するに、
実際触りたくて仕方がないのだろう。
「……駄目でござる」
気恥ずかしいのもあるが、ささやかな仕返しを込め、幸村は首を振った。
断られるとは思っていなかったらしく、触る気満々だった政宗は何度か目を瞬かせる。
「……何だよ、少しぐらい良いじゃねぇか」
唇を尖らせ睨んでみるものの、当の幸村はそっぽを向いてしまう。
にも拘わらず、耳と尻尾は相変わらず動いて、政宗を誘惑してくる。
触ってみたい。ものすごく触りたい。
「Shit!真田のくせに生意気だぞ!」
理不尽極まる暴言を吐く政宗だが、幸村はそっぽを向いたままだ。
場の空気が不穏なものになってきたのに気付き、傍らで控えていた竜の右目が間に入った。
「政宗様、お戯れは程ほどに為さいますよう」
「……」
政宗としては既に戯れでは無くなっていたのだが、戯れの延長のような些事には違いない。
そう釘を刺されれば、怒りの矛先も無くなる。
露骨な舌打ちをして、政宗は文句を言いながらも引き下がった。
しかし、諦めたわけでは無い。
後で再チャレンジしようと密かに決意しながら、幸村にそれとは別のことを尋ねる。
「にしてもだ、アンタ、何か思い当たることはねぇのかい?
 どこかで虎の恨みでも買ったとか」
流石にこれ以上幸村を怒らせる気はないらしく、
笑い出さぬよう顔を引き締めて、政宗はしげしげと虎の耳と尾を眺めながら、
ただし問い自体には上の空の様子で幸村に尋ねてみた。
そこに原因自体に余り関心は無いという政宗の本音が滲み出ていたが、
幸村はそれに気付かずに腕を組み、大真面目に考え込む。
「……しかし、甲斐には虎はおりませぬし……無論、お館様は別でいらっしゃいますぞ!
 ……はっ、もしや某、知らぬ間にお館様にご無礼を働いたのでは……!?」
「もしそうなら呪いの前にまず拳骨だろ」
途端に深刻な顔になった幸村に、政宗は言い捨てる。
確かにそうだと大仰に納得し、幸村は再び考え込む。
拍子に虎の尻尾が疑問符を形作るのを目撃し、政宗は思わず吹き出した。
「……政宗殿」
「いや、今のはアンタが悪いだろ」
また笑われたのが癇に触れたらしく、幸村が憮然とした顔になる。
その幸村に政宗は言い返すが、言わんとする意味が通じなかったらしく、
己の何が悪いのかと問い返してきた。どうやら無意識らしい。
指摘しようかとも思ったが、
どちらにしろ幸村が怒り出すであろうことに変わりはなかったので止めておいた。
ついでに、自分で聞いておきながら飽きてきていた。
「……まあ、明日になったら元に戻ってんじゃねーの?それでも戻んねぇ時は……
 そうだなぁ、小十郎に祈祷でもさせてやるよ」
「……政宗様、小十郎にその才は受け継がれておりません……」
確かに、今は亡き小十郎の父親は神職に従事していた。
だがそれを足にいきなり問題を丸投げされては、流石の小十郎と言えど困惑する。
それを適当に聞き流しつつ、政宗はあからさまに興味の失せた様子で話を打ち切った。
そして唖然としている幸村が怒り出す前に、政宗は声を掛ける。
「とりあえず朝餉だ。腹が減っては何とやら、だろ?」
流石に幸村の扱いは心得たものらしい。
朝餉と聞いて、幸村の目が輝き、耳と尻尾がまた動くのを政宗は微笑ましそうに眺めるのだった。








 意外にも労せずして、政宗のささやかな野望は叶えられた。
 触れると、耳がピクリと動く。面白くてもう一度触ると、またピクリと動いた。
楽しくなって、もう一度触れようとした時、声が掛かる。
「……政宗殿」
「……Ah、悪ぃ、つい面白くてな……」
上の空でそう返し、謝りつつも政宗はその手を止めない。
何度か続けると耳の動きが止まってしまったので、今度はもう片方の耳を突っつき始めた。
「くすぐったいでござる!」
我慢できずに、幸村は首を振って後ずさり、政宗と距離を取る。
警戒しているせいか、若干耳が後ろを向き、虎耳の白斑がよく見える。
しかし、それ故に政宗には逆効果だった。
政宗は目を輝かせながら四つ足で近付くと、更に後ずさる幸村を壁際に追い詰めた。
「安心しろ、もう耳には触らねぇから」
笑顔でそう言われるが、嫌な予感がする。
警戒もあらわに威嚇混じりで耳を立てる幸村を、宥めるように撫でた後、
政宗は唐突に彼の尻尾を引っ張った。
「ぎゃっ!」
「Oh、Sorry」
強く引っ張りすぎたのか幸村が悲鳴を上げたので、とりあえず謝る。
若干力を弱めつつも、虎の尾を己の方に引き寄せ、
政宗は興味深げに突ついたり撫でたりして、そのモフモフ具合を堪能している。
だが、掴んでいた尻尾が政宗の手からするりと抜け、幸村の後ろへ隠れてしまった。
「……もう、ご勘弁下され……」
政宗は不満そうだが、幸村はどうやらむず痒さに堪えられなくなったらしい。
眉尻を下げ、情けない顔をしている幸村を見ると、
流石の政宗も絆されてしまう。
「……ってんなら、次はこっちだな!」
こともなく、政宗は嬉々として再び幸村の耳を触り始めた。
「うひゃああぁぁっ!」
笑いと悲鳴の中間のような間抜けた声を上げるが、
時折申し訳程度に頭を撫でられるぐらいで、
幸村はこの後も、政務を放り出している主君に気付いた小十郎が政宗を連れ戻しに来るまで、
虎の耳と尾とを触り倒されるのだった。

























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BSR3で虎が仲間になって、あまりの可愛さにハァハァして、
せっかくなんで伊達を絡めてみようとしたら何故かこうなりました。
伊達が大爆笑しつつ虎耳尻尾をムチャクチャ触りたいモフモフしたい
ってだけなので、オチはありません。

いやでもほら真田って虎若子ってか若虎言われてるし、
いつも犬扱いしていたので、たまには初心に返ろうかと。
まあ結局いつも通りでした。

どうでもいいですが、虎の仕草はあくまでもネタなので実際そんな動きするかっていうと、たぶんしないです。
耳触るとピクピク動くってやつは、我が家で飼っていた犬がそんな感じで、
そらもう可愛かったので、虎真田にもさせてみました。
あれ、やっぱ犬?