もしも幻想





 月が無い夜だった。
深い闇に閉ざされた空間の中でそれに溶け込んでいる佐助は、忍んでいる天井からじっと眼下の部屋を見つめる。
闇は佐助が属するものであるから、佐助を敵から隠してくれることはあっても、己の障りとなることなどなかった。
よって、眼下の部屋にいる人物が何をしているかなどすぐに分かるのだ。
「……」
若いねぇ。音に出さずにそう呟く。
衣擦れの音と共に湿った息と掠れた呻きが時折漏れる。
確か年は十二だったか。
この年で元服をとうに済ませ、愛らしい奥方までいるのだというのだから、まあ確かに早熟なのかもしれない。
しかしその奥方も、色小姓すら呼びつけずに拙い手つきで己を慰めている若様のこの姿は、
年相応の背伸び具合を見せているようで、存外見ていて微笑ましい。
とはいえ、この出歯亀は流石に仕事とは関係ない。
ならばこの部屋には用はないと見切りをつけ、他の部屋へ向かおうとした時だった。
「……っく、」
苦痛が込められた音に眉を寄せ、佐助は再び彼に目を向ける。
若さ故に加減を知らぬのか、そう思ったが何やら様子が違う。
どうも慰めるというよりはわざと己の一物を痛めつけているようで、佐助は眉の皺を深くした。




 欲しい。欲しい。あの一瞬が。
人の生に、殺す瞬間に似たあの恍惚の刹那。
溢れ出した先走りが自身を扱く手にとろりと絡みつく。
浅ましくも求める身体を嘲笑し、扱いていた手で強く自身を握り込んだ。
走った痛みに思わず声が漏れたものの、だからこそ心地よい。
このままこれを潰してしまえば、どれだけ痛いのだろう。
どれほど気持ちいいのだろう。
喘ぎに交えて虚しく笑い、更に手の力を強めていく。
「――若様は激しいのがお好み?」
突然の背後からの声に束の間身体が硬直した。
その隙に背後から抱え込まれ、抱きすくめた手が先程の痛みと今の驚愕に萎えかけた己の一物を包み込んだ。
背筋に走った寒気が逆に硬直した身体を動かした。
振り返りざまに懐刀を抜こうとするが、振り返る前に目を覆われ有無を言わさぬ力で再び前を向かされた。
知らぬ間に刀まで取り上げられている。
声を出そうとすれば目を覆っていた手が口元を塞ぐ。
己でさえ分かる無駄の無い動きだった。
「……でも加減しないとね。これじゃあ痛いだけだろうに」
包み込まれたままのそこを労るように撫でられる。
それに応え身体がびくついたが、それ以上を堪え身体の力を抜く。
並の腕ではないことに加え、この体勢では抵抗するだけ無駄というものだ。
騒ぐつもりがないと判断したのか、口を塞いでいた手が離れた。
代わりかその手は身体中をさすり始める。
その感触は親が幼子に触れるのと似ていて、その懐かしさに危うく身を任せそうになった。
「……お前、どこの忍だ?」
慌てて抱いた感情を奥に押し込み、代わりに藤次郎は尊大な口調で尋ねた。
何が可笑しかったのか、耳元でくすりと笑うと佐助は口を開いた。
「……賢い若様なら、忍が正直に話すわけないってことぐらい分かるよね」
皮肉を交えてそう言うと、それもそうだ、と存外素直な答えが返ってきた。
しかし流石に腹は立っているらしい。
拗ねて黙り込んでしまったであろう藤次郎に、佐助は声をかける。
「……ねぇ、若様、怒らないでよ」
同時に身体をさすっていた手に、別の意味を加えて撫でてやる。
「……っ」
びくりと強張る身体に纏われた寝着の衿から右の手を差し入れ、するりと着物をずらしていく。
もう一方の手で勃ち上がり始めたそこを探りながら扱き始めた。
若さ故か文字通り佐助の手腕か、堪えきれず零れる吐息は色を孕み、
扱かれ続け欲に駆られた身体は手を濡らす粘液となって手の動きに更なる滑りを与えた。
「ほら、これぐらいで十分気持ちよくなれるんだからさ」
藤次郎とは違い、痛めつけるだけではないように先端を引っ掻いてやる。
喉をひくつかせ、小刻みに震えだしたので、手でそこを包み込んでやると、佐助の手の平に勢いよく精を吐き出した。
己自身でした時は達せなかったのだろう、量も少なくはない。
「……っあ、あ、っ…」
己の拙い手つきが与えるものとは比べものにならぬ程の快楽に、掠れた悲鳴を上げた後、
藤次郎は吐精後の脱力のまま佐助に身体を預けた。
「ね、わざわざ痛くしなくたって、大丈夫でしょ?」
精液の絡みつく手でゆるゆると萎えたそこを撫でながら、佐助は彼の耳に息を吹きかける。
舌で耳を侵すと、また肩がびくついた。
指を滑らせ、ゆっくりと袋を揉みしだくと、堪えかねて背中を丸めるので代わりに腰を引き寄せる。
「…う、あっ…あ…」
敷布を握り締め、欲に駆られ乱れる藤次郎だが、佐助に翻弄されるままで抵抗の様子はない。
余程の好き者か、それとも。
 腕の中で震えている藤次郎に微笑し、佐助は耳元で囁いた。
「ねぇ、若様、何で抵抗しないの? そんなに気持ちいい?」
「……っ」
囁かれた耳に再び舌が入ってくる。
吐息に混じった嘲笑と頭に直接響く水音に、あれが脳裏をよぎった。
唇を噛み締め、乱れた呼吸を出来るだけ押さえ込んだ。
「……抵抗、しても…無駄だから…」
絞り出された言の葉は存外冷静で、それに佐助は幾分眉を寄せるが、
藤次郎が背後の佐助の様子に気付くはずもなく、
前を向かせたままの藤次郎の表情もまた佐助には見えなかった。
「どうして?」
それでも、佐助は己を表に出してしまう程未熟ではなかったから、変わらず藤次郎を乱しながらそう問う。
藤次郎はうまく回らぬ舌で必死に言葉を紡いだ。
「……っ、忍に、後ろ取られてっ、だから俺が、俺の、責任だ…っ」
「ふうん…」
成程、やはり後者の方か。
佐助は薄く笑うと、引き寄せていた腰を離し、代わりに藤次郎の右脚を掴み、引き上げた。
自然身体が仰向いた藤次郎の目を隠し、再び勃ち上がり始めたそこを指でなぞりながら後方へと動かし、
辿り着いた菊門を指で侵し始める。
「ひっ…あ…」
侵入してきた異物に悲鳴を上げ、捩ろうとする藤次郎の身体を押さえ、佐助は微笑する。
「…やっぱり、若様はそういう質か…」
冷笑した後、挿れた指で中を掻き回し始めた。
成長半ばの子供の身体だ。
一回り大きな大人の身体に押さえ込まれれば身動きすら取れなくなる。
反射的な僅かな抵抗と性欲と恐怖でただ小さく震えるだけの藤次郎から容赦なく嬌声を引き出し、
彼の感じる部分を責め立てた。
「……ならさ、俺様だって少しは楽しんでもいいよね」
指を抜き、掴んでいた右脚を離した。
代わりに仰向いていた藤次郎の身体を起こし、四つ這いにさせた。
 異物が侵入ってくる。
挿出を繰り返す度に更に奥へと入り込んでくる。
敷布を握り顔をそこに押し付け、異物感とそれが与える悦楽を懸命に堪えるが、
堪えきれずにくぐもった嬌声が時折漏れる。
的確に藤次郎の感じる部分を抉りながら、佐助は藤次郎に声をかけた。
「……ねぇ、若様ってさぁ、こっちも、初めてじゃあないよねぇ…?」
「ぅあっ…」
咄嗟に否定しようとしたが、粘液の擦れ合う音を立てて奥を突かれ、
否定の言葉の代わりに喉が引きつっただけだった。
「どのお小姓にさせたの?
 それとも……されちゃった?」
「――っ」
佐助の律動に伴うものではない藤次郎の肩の揺れに、佐助はそれが事実と悟る。
そんな情報は気配すら全く入っていなかったはずだから、隠す類の方というわけだ。
 身体を繋げたまま、四つ這いにさせていた藤次郎を引き寄せ、佐助は彼を膝の上に載せ座った。
「……ひっ…ああぁっ!」
重力に従い今まで以上に深く貫かれ、藤次郎は悲鳴を上げた。
反射的に逃れようと身を捩るが動けば更に挿れられたそれに抉られるだけで、
目の前で火花が散っているような感覚と、瞳の奥から込み上げてきた水に視界が霞んだ。
その霞んだ視界に映るのは脳に刻みつけられた過去だ。
感情に任せ行動し、故に起こった事実だ。
全て己の浅慮と油断と未熟が生んだ結果なのだ。
血肉、冷水、粘液、快楽、恐怖、本能、全て。
あの時も今も、その場合を考えねばならぬ立場であったのに。
 不規則に喘ぎ、身体を痙攣させる藤次郎の左目からは止めどなく涙が溢れ、零れる呻きは悲哀に満ちている。
だがそこまで表に出しておきながら、彼は誰にも助けを求めない。
その相手に気付かないのか相手すらいないのか、
そこまで思い佐助は苦笑した。
「……ねぇ、若様、一つだけ良いこと教えてあげるよ」
「あっ…」
痙攣する身体に合わせて震えるそこに再び触れる。
その先端から溢れ出した液を指に絡め、くすぐるように撫で始めた。
「…っ…」
貫かれた後ろは激しく揺すぶられ、前は焦れったい程の刺激しか与えられず、
その差に藤次郎は頭を振る。
足りない。後ろと同じぐらい、強い刺激がもっと欲しい。
口をついて出てしまいそうで、藤次郎は必死に堪える。
その様子に佐助は口だけで笑った。
「……ほら、もっと欲しいなら素直に言わなきゃ」
「…や…っ…」
促すように一度握り込まれ、それから手が離れた。
濡れた指が頬や唇をなぞり、吐息が零れる唇の隙間から入り込んだ。
「…ん…っ」
身体中が侵されていく感触がする。
それなのに、前だけは触れてくれない。
触って欲しい。
もっと握り締めて、さっきのように動かして、
そして、楽になってしまいたい。
頭がうまく働かず、意識と理性が遠のく中、最早思うのはそれだけだった。
「…っ、…たい…」
一度たがが外れれば呆気なかった。
譫言のように堪えていたものを言の葉に乗せるだけだった。
懇願し、何度も訴えると、漸く待ちかねていた刺激が与えられた。
もう嬌声を上げているのかも自覚できなかった。
身の内の欲望を全て晒して、それが叶うのを願って、
そのまま果てた。
「……若様はさ、こういう質だから、これからもきっと、
 自分の意思に関係なく、いっそ死んだ方が楽なぐらいしんどい目に遭うよ」
涙と遠のく意識で、もう何も見えない。
「…それでその度に、みんな若様を悪く言うんだろうね」
己のものか相手のものか、吐き出された精液の感触が気持ち悪い。
「……だからね、若様、わざわざ自分で責めなくたっていいんだよ……」
呪詛と諭しをどこか遠くで耳にしながら、藤次郎は意識を手放した。








 晴天の夜。
雲は無く、三日目の月が淡く眩しい光をたたえていた。
酒で幾らか火照った身体には冷えた風が心地よい。
その風に乗せ、政宗は闇に向かって呟いた。
「……忍が何の用だ?」
やすやすと気配を悟らせる真似などしないはずだから、わざわざ気づかせたのだろう。
「あら、よく分かったね〜」
緊張とはかけ離れた口調でしらじらしくもそう答え、その忍は政宗の傍らに現れる。
それを一瞥した後、政宗は眉間の皺を深くした。
「……誰かと思えば、武田の忍か」
「へぇ、覚えててくれたんだ」
「……」
忘れるはずもない。
数月前の武田との戦の際、初めて出会った好敵手との死合いに水を差した張本人だ。
刀に手を伸ばした政宗を宥めるように、佐助は両手を振った。
「まあまあ、ほら、丸腰でしょ? 今回はあくまでも偵察」
忍が保証する丸腰ほど信用できないものもない。
「それに、殺すつもりならわざわざ独眼竜の旦那の前に現れたりしないしね」
確かに、暗殺を命じられてきたのなら、わざわざ気配に気付かせずに、事を運べば済む話だ。
家臣どころか黒脛巾たちの目までかいくぐり、城主の部屋まで辿り着ける程の実力なのだから。
「で、忍び込んだら殿様が寂しく一人酒してるからさ、付き合ってあげようかと思って」
ぶっちゃけ殿様が飲むお酒を一度でいいから飲んでみたいんだよね。
といけしゃあしゃあと言うものの、本気でそう思っているはずはない。
「……」
ならば、何を企んでいるのかと思うが、言ったところで無意味だろう。
暫く沈黙していたが、政宗は別の杯を取り出し、佐助に放った。
それから徳利を手に取り、杯を出すよう佐助に促す。
「……あれ、ホントにくれるの?」
少々面食らった佐助に微かな笑みを零した後、出された杯に酒を注ぎながら政宗は偉そうに言った。
「竜がわざわざ酌してやってんだ。ありがたく頂戴しな」
尊大に見せる物言いは変わってないな、と佐助は懐かしみ、微笑した。
杯の酒を一気に煽る。
「何だ、ニヤニヤしやがって気色悪ぃ」
「いや、酒が美味しいせいだって。
 やっぱり殿様ともなれば良いの飲んでるね」
「……」
どのみち空にするつもりもなかった酒だ。
政宗は徳利を持った手を伸ばし、再び佐助を促した。
「あ、どうもどうも」
佐助の知る独眼竜とはかけ離れた優しさに内心驚きつつも、
佐助は促されるまま政宗の酌を受ける。
酒をつぎながら、今度は酔いのせいか若干据わった目で佐助をじっと見てくる政宗が気になるのは気になるのだが。
「……昔…愛が米沢に来て間もない頃、忍に侵入されたことがあってな」
唐突な政宗の言葉とその内容に佐助は政宗に目を向けるが、
心中の驚愕を相手に悟らせることはしなかった。
「へぇ、なかなか腕の立つ忍だね。
 ってか、旦那、そういうこと俺様に言っちゃっていいの?」
「昔の話だ。いいから付き合え」
はぐらかそうとした佐助を制し、政宗は相変わらず佐助を睨みながら続けた。
「そいつに説教されて、しかもそいつときたら、やるだけやって逃げやがった」
「……説教って、独眼竜の旦那に? それは命知らずな忍だね〜」
顔は見せなかったから、ばれることはないだろうが、
何故いきなり独眼竜がこんな話を始めたのか、その目的がいまいち掴めない。
酔った勢いだけだったらいいんだけど。
「……てめぇみたいな話し方で、思い出したらムカついてきてな」
「ちょ、旦那。あんた飲み過ぎ。目据わってるって」
悪酔いの方だった。
不穏な空気を感じ逃げようとした佐助だが、政宗に腕を掴まれ叶わなかった。
「とりあえず、てめぇでいいから一発殴らせろ、本気で」
「冗談! 俺様全く関係ないでしょ!!」
関係ないどころか張本人なのだが、正直に白状する程佐助も愚かではない。
というよりも、酔っ払いに付き合うことこそが愚の骨頂だ。
尚も逃げようとする佐助だが、流石は六爪を操る独眼竜。
その握力はハンパない。

「礼代わりだ、受け取っとけ」

実は佐助だと気付いていたのか、それとも本当にただの悪酔いだったのか、
真実は政宗の胸の中であり佐助には確かめるべくもなかったが、
どちらにしても政宗は見事に本人に二、三矢は報いたのだった。

























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佐助はたぶん年をとらない。
忍だから。